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クロヴィス視点


アナベルが屋敷に滞在し始めてから一週間がたった。
なんでも言うことを聞くと言質を取った私は調子に乗ってあれこれアナベルに『お願い』をしていた。

まあ彼女に嫌われては元も子もないので最初は一緒に食事がしたいとか彼女の好きな食べ物や花を教えてほしいといった会話のきっかけ程度にしか使っていない。
足の怪我が少し良くなり、散歩できるようになってからは手を取って散歩したいという願いを聞いてもらった。はにかんで了承する彼女は愛らしく、抱きしめてしまいたくなる。
今のところは手と髪に触れる許可をもらえている。もう少し踏み込んだお願いをするにはもっともっと自分に好意を持ってもらわないといけない。
彼女が感じている恩義と感謝に付け込んでいるのはもちろん自覚がある。
最初は照れの中に罪悪感を見せていた彼女にお願いと称したわがままを聞いてもらうことでその罪悪感を払拭させ、見かけだけは純粋な愛情を注ぎこむ。このどろりとした熱情はまだ見せられない。アナベルが私から離れては生きていけないと思うくらいに好きになってくれてからだ。
今はまだ、私がアナベルを溺愛していることだけを実感してもらおう。

アナベルの滞在している部屋の扉をノックすると、中からクロヴィス様?という声が返ってくる。メイドたちがノックしたときも同じ返答が返ってくるそうだ。私が来ることを期待しているのか、と思うと口元が緩む。入室すると嬉しそうな彼女の笑顔が迎えてくれた。

「調子はどうかな?」

「クロヴィス様のおかげで好調ですわ。ありがとうございます」

屋敷に来た当初に比べて明らかに砕けた態度をとってくれるようになった。これも始まりはお願いのひとつではあるのだが、律儀な彼女はいつも一生懸命に叶えようと努力してくれている。
するりと指通りのいい髪に触れて、きれいだとつぶやくと照れてメイドのおかげだとうつむいてしまった。

「アナベル、こっちを向いて?」

「は、恥ずかしいのでちょっと待ってください」

「いいよ。じゃあ待ってる間、髪に触れていてもいいかな?」

「お、お好きにどうぞ…!」

アナベルの髪はほんのりと花の香りがしてしっとりとうるおった手触りが気持ちよく、ずっと触っていたくなる。
心の準備をしているらしい彼女は気がついていないようだが、髪を撫でながらいつもより少し近い距離に立っている。普通は恋人同士でもないと近づかないような距離感に気づいたとき、彼女はどんな顔をするのだろうか。
アナベルがふう、と息を吐いたことで気配を察し、髪をひと房とって持ち上げる。そして、顔を上げた彼女と目が合った瞬間にチュッとリップ音をさせて髪に口づけた。
顔を真っ赤にさせて言葉を失う彼女に思わず自分の中の欲が暴走する。

「アナベル、嫌だったら正直に言って」

「え?」

さらりと前髪をかき分けて額に口づける。続けて鼻先にも口づけて、彼女の反応を待つ。真っ赤なアナベルはしゃべろうとしては失敗し、言葉を発することがままならない。嫌だと言わないことに付け込み、今度は頬に少し長めに口づける。
顎に手を伸ばし、無理やりにならないよう上を向かせるとクロヴィス様、と消え入りそうな小さな声で名前を呼ばれた。このタイミングで名前を呼ぶなんて、あおっているのと同じだよ。
触れるだけのキスをしてすぐにまた触れては離れる。ついばむように何度も繰り返していると彼女が両手で腕にしがみついてきた。小さな力のそれに目を開けるが、アナベルは目を閉じている。すがりつくようなつかみ方に拒否ではなく受け入れているのだと気づいた瞬間、強引に彼女を抱き寄せてまた唇をふさいだ。
舌をねじ込みアナベルの口中を堪能する。口の中はもちろん歯も舌も小さく声が漏れるたびに欲がどんどんあおられていく。
どんどん力が抜けていくアナベルを抱き上げ、ベッドに押し倒してさらに唇を味わう。
息苦しさで彼女の呼吸が限界を迎えてきたので名残惜しいが唇をゆっくり離す。荒い呼吸までもが扇情的で再び彼女の呼吸を奪いそうになるのを必死でこらえる。冷静なふりをしてこんなにもあっさり本性が顔を出してしまった。

「アナベル、好きだ。愛している」

「っ、」

「俺の妻になってくれ。一生離したくない。いや、違うな…悪いがもう一生離す気がない。アナベルを悲しませないよう努力はするが、嫌がっても君を逃がすつもりはない。俺と添い遂げてくれ。俺だけのものにしたい」

「クロ、ヴィス、さま…」

「アナベル」

「クロヴィス、さま…」

息が整うのを待っている間すら我慢できず、鼻や頬に口づける。アナベルに嫌われるのが怖かったが、唇の味を知ってしまった今、もし嫌われようと拒否されようともう手放さないと決めた。気の利いた口説き文句も浮かばずただひたすらに自分の想いを伝えることしかできない。我ながら情けないことだ。

「クロヴィスさま、一人称、おれなんですね…」

「あぁ、家を継いだ時に直したんだが、もともとは俺なんだ」

「おれっていうのも、似合ってて格好いいです」

「アナベル、俺をあおらないでくれ。どうなっても知らないぞ」

「本当のことを言ってるだけですよ?」

「アナベル…」

「私も、クロヴィス様のことが好きです」

無邪気な子供のように、無意識に言っているのだと思って自制していたが、彼女からの告白に思わず少し体を離して顔を見ると、初めて見る『女』の表情をしていた。

「てっきり婚約破棄されたかわいそうな女に、同情してくださっているのだと思っていました。それでもいいと思っていたんです。同情でも気まぐれでもなんでもいいから、おそばに置いてもらえないかなと思ったんです」

「アナベル」

「クロヴィス様は私があおってるって言いますけど、こんな風にしたのはクロヴィス様ですからね」

「俺?」

「そうですよ。今まで私は堅物の真面目な面白みのない女って言われてたんです。女らしさもなかったんですから、こんな風にしたのはクロヴィス様のせいです」

「そうか。なら俺が責任をとらないとな」

「お願いします」

ある意味で告白よりもすごいことを言っているアナベルに惚れ直してしまった。どこまでも彼女に溺れてしまいたい。それと同じくらい彼女にも溺れてもらわないと。


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