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第1回「月代慎哉という事件」

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 彼が逮捕されるまで、『月代慎哉』という名前を聞いた人々が想起するのは以下のようなイメージだった。

「売れっ子イケメンモデル」
「予備校に行かず、モデルの仕事をしながら東大法学部に受かった人」
「たまにテレビにも出る人気モデル」
「色んなSNSやネット上で引っ張りだこな人」
「来年ブレイクすること間違いなしの存在」

 幸か不幸か、月代慎哉がブレイクすることはなかった。
 少なくとも、モデルとしては。
 だが、その名と所業が日本列島全土に広まり、国中を衝撃と恐怖の坩堝に叩き落とした、と言う意味では、彼は『大ブレイク』したのかもしれない。

 この『誰もが憧れる二十七歳の男』というフレーズは、月代慎哉という人間の表層だけをなぞったものにすぎない。
『誰もが憧れる二十七歳の男』の正体は『バケモノ』だったと、ほぼ全てのメディアが報道した。

 月代慎哉は、日本犯罪史上初、最長最多の、連続猟奇殺人犯である。 

 その犯行期間は実に十五年間に及び、犠牲者は立件されているだけで十六名。
 月代本人が記憶していない犯行、発見されていない犠牲者を加味すればそれ以上となる。
 最初の犯行が十二歳の時分であったという事実も背筋が凍る話だ。ディティールは時系列を追って書いていくが、それから十五年間、月代慎哉は人を殺め、解体し、血液やその『破片』に、本人の言葉で言うところの『本当のぬくもり』を感じて悦に入り、その明晰な頭脳で以て警察の捜査を撹乱し犯行に及び続けた。


 そして、最初の二名を除く三人目、四人目、五人目の犠牲者が発見されて初めて、これらが連続殺人だと警察は認識した。
 何故ここまで判断できなかったのか。
 これは月代が、三人目の被害者・水沢基樹さん(21歳)を殺害した際、当時大学で軽音部所属だった水沢さんがギターを所持しており、所持品の中に多数のティアドロップ型のギターピックを発見したことに起因する。
 月代は水沢さんの頭部周辺にそのピックを撒き散らして現場を去り、続く四人目の被害者・夏川秀子さん(37歳)、五人目の岩田隆二さん(26歳)の頭部にも同じ形、同じ模様のピックをばらまいて遺棄したのだ。

『特に意図はなかったけどね、最初は』

 月代慎哉本人は、逮捕後にこう証言しているが、続けてこうも言っている。

『自己顕示欲や承認欲求はなかったよ。ただ、コピーキャットが出てきてくれたらラッキーかなとは思ってた。最初の彼は見事に失敗したけど、あとの二人は成功したしね』

 これに関しては後述するが、「連続殺人が日本全国で発生していて、ギターピックを頭部にばらまいているらしい」という情報が漏洩すれば、模倣犯が現れる可能性は当然ゼロではない。

 事実、月代が七人目の犠牲者、森田とわさん(58歳)を屠った直後、千葉県松戸市で、当時七十一歳の女性が頭部を殴打されて殺害される事件が発生し、頭部周辺にギターのピックが蒔いてあったが、これはティアドロップ型ではなく「おにぎり型」と呼ばれるものだったことと、殺害方法があまりにも『シンプル』だったことから同一犯ではないと判断され、真犯人である五十二歳の男性が逮捕されている。

 また、月代の証言にあるように、コピーキャットの成功例も二件存在した。これらは月代が逮捕され、自分の犯行ではないという主張と物的証拠を提示したことで初めて明らかになった事実だ。

 このように、月代慎哉は『思いつき』と『ひらめき』を同時に実行し、趣味として『一人旅』を公言しては全国各地に赴き、モデル業が軌道に乗ってからは撮影ロケの現場付近でも犯行に及ぶようになる。

「頭はいいですよ。うんざりするほどに、です」

 そう語るのは、月代慎哉の逮捕後、カウンセリングを担当していた臨床心理士の山寺文弥氏だ。

「WAIS-Ⅳという検査では、総合IQは155という極めて高い数値を出していますし、言語性IQと動作性IQのバランスも良い。ワーキングメモリーや処理速度にも問題は見受けられなかった。つまり、発達障害を患ってもいない」

 これは、月代慎哉逮捕直後に拡散・錯綜した様々なデマのひとつに対する訂正である。「月代は発達障害者だった」というまことしやかなデマのせいで、多くの善良な発達障害当事者が糾弾されるという悲劇が主にインターネット上で発生していたのだ。

 ちなみに、山寺氏は月代慎哉の精神性については以下のように語っている。

「あくまでも私個人の見解ですが、彼はいかなる精神疾患も罹患していないように思います。ただ、パーソナリティの傾向として、本来成長と共に消えていくはずの『幼児的万能感』が強く残っていた。彼の不幸はそれを実践できる知能と行動力があったことです。私が彼を刑務所の独房ではなく医療機関に収監するよう主張したのは、月代慎哉という人間の倫理観の誤作動、ざっくばらんに言ってしまえば『正気か狂気か』というところにあります」

 他にも、月代慎哉に関するデマや勘違いは数多と流布した。
「家族からDVを受けていた」、「学校でいじめに遭っていた」、「ネグレクトされていた」、「精神障害を抱えていた」といったものから、「三郷市立第二小学校五年生の時の担任教師の義田宏道(28)に、夏休み中(八月十三日午後二時)に体育倉庫にひとり呼び出され、性的虐待を受けた」というディティールまで仔細に書かれたもの、もしくは「私は広島県呉市の竹林で月代に殺されかけました!」と涙ながらに告発するフルメイクの女性が動画をアップロードするなど、あたかも信憑性の高いように見えるデマまででっち上げられた。

 これらに巻き込まれた大多数の無実の人々は(悲しいかな事実も混ざっていたのだ)、インターネットのみならず、電話番号やメールアドレス、住所、各種SNSのID、勤務先ないし所属教育機関まですべて晒され、マスコミは『どこまで切り込むか』と眼をギラつかせながら、慎重に、しかしセンセーショナルに月代慎哉について報道した。

 ではそんなデマで塗り固められてしまった月代慎哉はどのような家庭に生まれ、どのように育てられ、どのように成長していったのか。
 次回は月代慎哉の生育歴について言及していきたい。
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