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番外篇「暁みちる、紅の青春」

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「おーい、おまえら、拍手で迎えてやれ。期待の新人、入部希望者だ」
 日向先輩はそう言って、演劇部の部室を開いた。さっき聞いた通り、後者の反対側にある、一番奥の多目的教室だった。
「お、日向、またナンパか」
「やっぱ西側にも『演劇部は反対側』って紙でも貼った方が——」

「あの、はじめまして」

 日向先輩に背中を押され、俺が一歩前に出ると、広い室内にいた10人弱の内10人弱が、申し訳ないほどにフリーズした。
「き、きみ、入部希望、者?」
「はい」
「えーと、い、一年、だよね、そりゃそうだ入部希望者だもんな」
「ええ」
「あー、日向、おまえのナンパ史上最強だわ」
「なにおまえら固くなってんだよ、もっと穏やかに歓迎してやれよ。この子、相当演技に対する熱意があるぜ」
 それから先輩方が落ち着くまで若干時間がかかったが、一応会話が可能になった状態で、俺は日向先輩に用意された椅子に座った。
「じゃあ、名前から聞こうか」
「はい。1年B組の香坂将彦です」

「……は?」

「だからおまえら、いちいち過剰反応すんなって。よく見ればかわいい男の子だって分かるだろ?」
 カチンときた。俺は『かわいい』といわれるのが何よりも嫌いだった。
 昨今、男も女も何を見ても『かわいい』と言う。『かわいい』の飽和状態だ。その上『グロかわいい』とか『病みかわいい』とか、わけの分からない亜種まで誕生している。
 俺は、美しく在りたい。
「えっと、じゃあ香坂くん、演技の経験は?」
「我流ですが、中学の頃から、好きな映画やドラマの真似をしていました。男性役も、女性役も。自分は見た目がこうなので、両方演じることが可能です」
「すげえな」
 一番がたいのいい先輩が、後方の窓際でそう漏らしたのが聞こえた。後に、その人が三年の現部長だと知った。
「将彦くんは、具体的にどのくらいのレベルで演劇をしたい? あくまでも学校生活の一部? 将来的にどこかの劇団に入ったりしたい? それとも——」
 日向先輩が薄い笑みをたたえたまま俺の顔を覗き込む。
「頂点に立ちます」
 俺は即答した。
 すると先輩は興味深そうにさらに口角を上げ、他の部員達はきょとんとした。
 俺は続ける。
「テレビも舞台も映画も、男性役も女性役も、全部演じて全てで頂点に立ちます。また、活動を日本に留める気もありません。少し前から、英会話の勉強も始めました」
 ジョークだと思ったのか、窓辺にいた部長がぷっと吹き出した。それを皮切りに、他の先輩達もくすくすと笑い始め、
「いやぁ、意識高くていいね!」
「じゃあもうアカデミー賞獲っちゃうか!」
「主演女優? 男優?」
 とか何とか茶化してきた。
 しかし日向先輩だけは違った。

「あのー山浦先輩、ちょっとこの子拉致っていいすか」

 山浦と呼ばれた窓辺の部長は首を傾いで、
「入部届はちゃんと書かせろよ? したらいいよ、どうせおまえがナンパしてきたんだし」
 と言った。
 日向先輩は俺に薄っぺらい入部届とシャープペンシルを寄越し、書くよう促した。俺がさっと書いて渡すと、
「はい、入部おめでとう。おまえら拍手!」
 先輩達の拍手を背に俺は日向先輩に連れられ部室をあとにした。


「悪いねぇ、ウチの馬鹿共が不快な思いさせちゃって」 
 がらんとした2年F組の教室には俺と日向先輩しかおらず、俺は椅子に座っていて、先輩は前の席の椅子に後ろ向きで腰掛けていた。
「別に、不快じゃないですよ。理解されないのには慣れてますから。こんなガキがあんな大口叩いたって、誰も本気にしません」
「誰も? 俺は本気だなって思ったけど、本気じゃないの?」
 俺は一瞬、日向先輩の眼を見た。黒くて大きな瞳が印象的だ。この人は舞台に立ったら観客の目を引くだろうと、本能的に察した。まだ舞台に立ったことすらない俺がそう思うほど、日向先輩は役者としての『なにか』を持っていた。
「もちろん、本気です」
「日本アカデミー賞も?」
「獲ります」
「オスカーも?」
「獲ります」
「男女両方の役を演じて?」
「ジェンダーレス俳優になります」
「気に入った」
 日向先輩は顔をくしゃっとさせて笑い、そう言った。
「決めたよ、将彦。俺がおまえに演技のいろはを叩き込んでやる。こう見えても俺、子供の頃から地方局で役者やっててね、芸歴はウチの部の誰よりも長いし、自分で言うのもおこがましいけど、ぶっちゃけ高校の演劇部レベルじゃつまらないよ、俺にとっては、ね」
 呼び捨てにされたことにも気づかないほど、俺は爛々と光る先輩の眼に全神経を奪われていた。
「おまえとなら本気で演技ができそうな気がする。よろしくな、将彦」
「こちらこそ、よろしく、お願いします、先輩」
 そしてその翌日の放課後から、日向一将先輩による地獄の演技レッスンが開始された。
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