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51. 血の味のキスをしよう
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再び会場内が食事&トークタイムに入ったところで、詩日さんが外の空気を吸いたいと言いだした。
「暉隆くんも来てるのにすまない、輝くん」
詩日さんはそう謝ったが、俺は笑顔で詩日さんと共に会場を出て、並びの空き部屋に入った。
ワーオ、フツーにキングサイズのベッドだしフツーに数部屋あるっぽいしフツーに照明は瀟洒なシャンデリアだし。
「随分と煌びやかな部屋だねぇ」
詩日さんもそう言うほど何だかぴかぴかした空間だった。
「リラックスできそうですか?」
「とりあえずそこの大きなベッドに座らせてもらう。きみが横に座ってくれれば幸い也」
「了解です」
俺はベッドサイドにちょこんと腰を下ろした詩日さんの隣に、なるべくマットが揺れないよう注意しながら着座した。
「輝くん、ちょっとこっちを向いてくれるかな」
「はい」
俺は言われた通り、左に座る詩日さんの方に顔を向けた。
その次の瞬間。
ガツンッ!
「いっ、いってえ!! う、詩日さん何を?!」
詩日さんは、自分の口を、頭突きするように俺の口周辺に叩きつけてきたのだ。
「ふむ……ちょっとズレたな」
詩日さんはそう言ってもう一度頭を振りかぶり、パニクってる俺の鼻の下辺りに勢いよく口をぶつけてきた。
「いいいいっってえ!! 切れた! 唇の裏切れました!! 詩日さん!? 何がしたいんですか?!?!」
俺の質問には答えず、詩日さんは俺の顔を近付いて見たり遠のいて見たりして、また口を開けずに「んー」と唸っている。
「案外難しいもんだな」
「何がですか!」
「いや、今日私は人生で初めて、まともにメイクというものをしてだね、ルージュというものも初体験で、この青白い顔もこの色を載せればなかなか映えると思ったんだ。だから、輝くんにも同じ色を塗ってみたくて今の行為に及んだんだが、思ったようにはいかないものだね」
呆然。いや、慣れてるけど。
「え? でも今、唇触れ合ってましたよね?」
「だねぇ」
「え、え、え、付き合う前のあのキスをノーカンにするなら、え、さっきのが俺たちの、その、ファーストキスに……?!」
「ああ、そうか、言われてみればそうなるねぇ」
ノォォォォォォォ!!!!
「詩日さん、仕切り直しましょう。詩日さんのルージュを俺の唇に効率的に塗れると共に、痛みを伴わない解決法があります」
「ほう。じゃあ、それを頼む」
俺は詩日さんの華奢な肩に手を添えて触れるだけのキスをした。途中で切れた唇の裏から少し出血してしまったが、数回繰り返したら気にならなくなった。
「どうですか、塗れてますか」
「……口の中で鉄の味がする……」
そこかよ。
「おお! 輝くんも綺麗になった!」
「詩日さんが喜んでくれたなら何よりです……」
やはり詩日さんは変な人だ。それは受け入れなければなるまい。今後も何か突拍子もないこと言ったりやったりするかもしれないなぁ、と考えて、何故か『トホホ……』という前時代的な言葉が脳内に浮かんだ。だけど、心のどこかでは、それすら楽しみにしている俺がいて、それでも俺は、詩日さんをずっと好きでいるだろうと思った。
そうこうしている内に、黒服の暉隆がやってきて、リッチーが羽田に向かうから見送りを、と言われた。一応トイレで洗ったけど、暉隆は俺の唇の出血とルージュの跡に気づいただろうか、あいつめざどいからな。
廊下に出ると、ちょうどリッチーが会場から出てきたところだった。
『テル、少し話そうか』
『え? もうフライトの時間じゃ……』
『いざとなればプライベートなもので帰る』
流石っすオスカー俳優。
リッチーはマネージャーと思われる、俺の高校に来ていたあの男性に耳打ちし、すぐに戻ってきて俺を廊下の端まで連行した。
一体なんだ、と思っていると、リッチーはこう切り出した。
『テル、ルーシーとシウくんのことを頼む、と言いたいのが一番なんだが、ミチルのせいで事態が変わった』
『ああ、リッチーごめんね、ご存知の通り親父はサプライズ好きで……』
俺が言い終える前に、リッチーがガッと俺の肩を掴み、真顔で俺の目を真っ直ぐに見詰めてきた。
『そうじゃない。アレは俺だけじゃない。ミチルもそうだってことを、俺は、おまえに伝えなくては、と思った』
『え、「アレ」って何が?』
『ミセス・ナカヤマが俺を見て頑張れて、辛い時も俺を応援してくれて、エネルギーを得られた、という部分だ』
眼を見開く。
『ミチル・アカツキは、ジェンダーレスという意味で様々なセクシャルマイノリティやクロスドレッサーに大きな影響を与えた。そしてそれはハリウッドの歴史に深く刻まれた。その点で言えば、俺より影響力は大きいと思う。つまり、セクシャリティのみならず、スカートを穿いてみたい男の子や、メンズの服の方がクールだと考える女の子たちに、ミチルは「着たきゃ着ろ、俺は自分が美しいと思ったものは何でも着る」というスタンスを提示した。それに励まされた人間が、世界中に何万人、何十万人、何百万人いるか、想像できるか?』
俺は口を半開きにしたまま、何も言えずにいた。
『もちろん、アクターとしてのミチルが類い希なるスキルを持っていることは言うまでもない。流石の俺も、女性役は無理だろうしな。だけどテル、忘れるな。おまえの父親は、同業者の俺から見ても尊敬に値する人物で、おまえはその血を受け継いでいる。別に役者になれなんてことは言わないし、おまえはおまえがやりたいことをやればいい。でも、おまえが何をするにしろ、ずっとミチルを誇りに思っていて欲しい。おまえの父親は、腹立たしいほどファッキン・アメイジングな人間だ』
リッチーはそう言うと俺の肩から腕を放し、エレベーターホールの方へ向かっていった。
俺は、何故か分からないけど、鼻の奥にツンとした感覚が走って、次の瞬間には落涙していた。
「暉隆くんも来てるのにすまない、輝くん」
詩日さんはそう謝ったが、俺は笑顔で詩日さんと共に会場を出て、並びの空き部屋に入った。
ワーオ、フツーにキングサイズのベッドだしフツーに数部屋あるっぽいしフツーに照明は瀟洒なシャンデリアだし。
「随分と煌びやかな部屋だねぇ」
詩日さんもそう言うほど何だかぴかぴかした空間だった。
「リラックスできそうですか?」
「とりあえずそこの大きなベッドに座らせてもらう。きみが横に座ってくれれば幸い也」
「了解です」
俺はベッドサイドにちょこんと腰を下ろした詩日さんの隣に、なるべくマットが揺れないよう注意しながら着座した。
「輝くん、ちょっとこっちを向いてくれるかな」
「はい」
俺は言われた通り、左に座る詩日さんの方に顔を向けた。
その次の瞬間。
ガツンッ!
「いっ、いってえ!! う、詩日さん何を?!」
詩日さんは、自分の口を、頭突きするように俺の口周辺に叩きつけてきたのだ。
「ふむ……ちょっとズレたな」
詩日さんはそう言ってもう一度頭を振りかぶり、パニクってる俺の鼻の下辺りに勢いよく口をぶつけてきた。
「いいいいっってえ!! 切れた! 唇の裏切れました!! 詩日さん!? 何がしたいんですか?!?!」
俺の質問には答えず、詩日さんは俺の顔を近付いて見たり遠のいて見たりして、また口を開けずに「んー」と唸っている。
「案外難しいもんだな」
「何がですか!」
「いや、今日私は人生で初めて、まともにメイクというものをしてだね、ルージュというものも初体験で、この青白い顔もこの色を載せればなかなか映えると思ったんだ。だから、輝くんにも同じ色を塗ってみたくて今の行為に及んだんだが、思ったようにはいかないものだね」
呆然。いや、慣れてるけど。
「え? でも今、唇触れ合ってましたよね?」
「だねぇ」
「え、え、え、付き合う前のあのキスをノーカンにするなら、え、さっきのが俺たちの、その、ファーストキスに……?!」
「ああ、そうか、言われてみればそうなるねぇ」
ノォォォォォォォ!!!!
「詩日さん、仕切り直しましょう。詩日さんのルージュを俺の唇に効率的に塗れると共に、痛みを伴わない解決法があります」
「ほう。じゃあ、それを頼む」
俺は詩日さんの華奢な肩に手を添えて触れるだけのキスをした。途中で切れた唇の裏から少し出血してしまったが、数回繰り返したら気にならなくなった。
「どうですか、塗れてますか」
「……口の中で鉄の味がする……」
そこかよ。
「おお! 輝くんも綺麗になった!」
「詩日さんが喜んでくれたなら何よりです……」
やはり詩日さんは変な人だ。それは受け入れなければなるまい。今後も何か突拍子もないこと言ったりやったりするかもしれないなぁ、と考えて、何故か『トホホ……』という前時代的な言葉が脳内に浮かんだ。だけど、心のどこかでは、それすら楽しみにしている俺がいて、それでも俺は、詩日さんをずっと好きでいるだろうと思った。
そうこうしている内に、黒服の暉隆がやってきて、リッチーが羽田に向かうから見送りを、と言われた。一応トイレで洗ったけど、暉隆は俺の唇の出血とルージュの跡に気づいただろうか、あいつめざどいからな。
廊下に出ると、ちょうどリッチーが会場から出てきたところだった。
『テル、少し話そうか』
『え? もうフライトの時間じゃ……』
『いざとなればプライベートなもので帰る』
流石っすオスカー俳優。
リッチーはマネージャーと思われる、俺の高校に来ていたあの男性に耳打ちし、すぐに戻ってきて俺を廊下の端まで連行した。
一体なんだ、と思っていると、リッチーはこう切り出した。
『テル、ルーシーとシウくんのことを頼む、と言いたいのが一番なんだが、ミチルのせいで事態が変わった』
『ああ、リッチーごめんね、ご存知の通り親父はサプライズ好きで……』
俺が言い終える前に、リッチーがガッと俺の肩を掴み、真顔で俺の目を真っ直ぐに見詰めてきた。
『そうじゃない。アレは俺だけじゃない。ミチルもそうだってことを、俺は、おまえに伝えなくては、と思った』
『え、「アレ」って何が?』
『ミセス・ナカヤマが俺を見て頑張れて、辛い時も俺を応援してくれて、エネルギーを得られた、という部分だ』
眼を見開く。
『ミチル・アカツキは、ジェンダーレスという意味で様々なセクシャルマイノリティやクロスドレッサーに大きな影響を与えた。そしてそれはハリウッドの歴史に深く刻まれた。その点で言えば、俺より影響力は大きいと思う。つまり、セクシャリティのみならず、スカートを穿いてみたい男の子や、メンズの服の方がクールだと考える女の子たちに、ミチルは「着たきゃ着ろ、俺は自分が美しいと思ったものは何でも着る」というスタンスを提示した。それに励まされた人間が、世界中に何万人、何十万人、何百万人いるか、想像できるか?』
俺は口を半開きにしたまま、何も言えずにいた。
『もちろん、アクターとしてのミチルが類い希なるスキルを持っていることは言うまでもない。流石の俺も、女性役は無理だろうしな。だけどテル、忘れるな。おまえの父親は、同業者の俺から見ても尊敬に値する人物で、おまえはその血を受け継いでいる。別に役者になれなんてことは言わないし、おまえはおまえがやりたいことをやればいい。でも、おまえが何をするにしろ、ずっとミチルを誇りに思っていて欲しい。おまえの父親は、腹立たしいほどファッキン・アメイジングな人間だ』
リッチーはそう言うと俺の肩から腕を放し、エレベーターホールの方へ向かっていった。
俺は、何故か分からないけど、鼻の奥にツンとした感覚が走って、次の瞬間には落涙していた。
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