50 / 67
50. PART TILL YOU PUKE
しおりを挟む
「うわぁ……」
遠慮のない我が母の次に入室した詩雨が、震える小声でそう漏らした。詩日さんもいつもより目がちょっと開いてる。
それもそのはず。この部屋は最上階ではないものの、天井が高く、キャパシティで言えば200人くらいは余裕で入りそうな広さで、壁や天井、随所に展示されている様々な品はおそらくすべて相当な値段、そして中央には超一流と素人目に見ても分かる料理が並んだテーブルが複数。
そして何より。
「オーゥ! コバンワ、エブリワン! Thanks a lot for coming!!」
フードテーブルの奥の王座のような椅子に座っていたのは、もちろんあのリチャード・ダンスタン、そしてその脇には丈の短い純白のドレスを艶やかに着こなしたルーシー・ダンスタンが立っていた。
「あ! りちゃー! 久しぶり~!!」
フリーダムな我が母は、おそらくアメリカで面識があったのだろう、リッチーに駆け寄りそう声をかけた。
「サーチヨーサーン!!」
リッチーの破顔一笑で誰か意識を失わないかと心配になったが、どちらかというと某花魁の方が危険か、と考え直した。
するとその花魁が奥から現れ、日本語と英語両方で、リチャード・ダンスタンの見送り会の主旨を簡単に説明し始めた。
「輝くん……」
俺の横に立っていた詩日さんが、声をかけてきた。
「あの主催者らしき人物がきみのお父さん、つまり暁みちる氏で間違いないかな」
「え? そうですけど……」
「負けている」
「は?」
「私はきみのお父さんにヴィジュアルの面ですべて負けている。確か年齢は39歳とのことだったが、その年齢であれだけの美しさを保つには、並大抵の努力では叶わない。今自分の39歳の姿を想像してみたが、ミイラのような老女が頭に浮かんだ。それは正直本意ではない」
「いや、詩日さん、あの親父はバケモノですよ。比較対象にしちゃダメです」
すると詩日さんは少し鼻を鳴らし、むすっとした。可愛い。
それにしても意外だったのは、メンツが香坂家と中山家の人々だけだったことだ。
主役であるリッチーが先に会場入りしているのも何だか不自然だし、何よりもリッチーはすでにかなり飲んでいるように見えた。
もしかして、映画業界関係のパーティをした二次会的に、親父がこの場をセッティングしたのかな、と推測した。
「それでは皆さま、ご起立の上グラスを。リチャード・ダンスタンに乾杯!」
「オゥイェーカンパーイ!! ハハハハ!」
各々がグラスを掲げ、ルーシーは詩雨の元にダッシュしてリッチーに紹介し始め、親父は黒服のウエイターに何やらオーダーしている。フリーダムな我が母は黙々と食事を開始した。
俺と詩日さんは正直どうしたもんか、と顔を見合わせた。
その時。
「お客様、暁みちる様からこちらを」
長身の黒服が頭を下げて俺と詩日さんにサーブしてくれたのは、ノンアルコールのシャンパンか何かだった。
のだが。
「えっ?!」
その兄ちゃんが頭を上げた瞬間、俺はグラスを落としそうになった。
「暉隆! てめえ何やってんだよこんな所で!!」
「仕方ねえじゃん! みちる殿下にお呼ばれされたら断れないだろ!!」
「だからってなんでウエイター?! ゲストじゃねえの?!?!」
「あ、分かった。輝くんの相方の何とかコンビくんだね?」
「詩日さん微妙に違います!!」
そんな言い合いをしていると、花魁親父の声がマイクを通して聞こえてきた。
「紳士淑女の皆さま、こちらのテーブルにご注目ください」
親父が示したのは、リッチーの王座に一番近い比較的小さなテーブルで、ルーシーと美々子さんが立ち上がったところだった。そういやさっき美々子さんは何故か泣いていらしたけど、何かあったんだろうか。
ご注目、と言われても、人数が少ないのでほとんどのメンツが問題のテーブル周辺を囲む形となった。
「お母様、リラックスされてください。父はきっと喜びます」
「そ、そう、ね……! ここまで来たらもう、やるっきゃないわよね……!」
『ん? ミチル? 何が始まるんだ?』
王座のリッチーがきょとんとしているので、親父は付け足した。
『そうだな、おまえ次第でもあるが、悪いことは起きない』
「俺、『ファイト』結構好きで何回か見たけど、あんなにかっこいいアクションする人がここまできょとん顔してると頭混乱するわ」
暉隆がぼそっと言った。
次の瞬間、美々子さんは古びた便箋と、白い紙を持って、王座に向かって一歩踏み出した。ルーシーはもっと前に出るようにと目配せをし、リッチーに通訳できる距離まで寄った。
一度咳払いをしてから、美々子さんは、つたない英語だが一生懸命の形相で、カンペと思われる紙を見ながら、語り始めた。
『親愛なるリチャード・ダンスタン様。
この度は私の息子と貴方の美しいお嬢さんに良いご縁があり、まずは母として大変嬉しく思っています。
しかし、私はそれ以前に、俳優としての貴方の大ファンです。
貴方が初めてNBCのドラマシリーズでレギュラーとして出演されたシチュエーション・コメディ「Nick」を偶然目にした瞬間、私はファンになりました。私は貴方と同い年で、当時私は精神的に大変辛い時期にありました。しかし、海の向こうで頑張っている貴方を知り、私は勇気づけられたのです。その後、貴方が初めてテレビドラマで主演を勝ち取った時はひとりで祝杯を挙げ、映画にも出演し始めた時は、まるで我がごとのように応援し、そして私自身も新しいことに挑戦する力を受け取ったのです。
暁みちる様がいらっしゃるこの場で言うのも大変失礼ですが、貴方がアカデミー賞を獲った時、この国のメディアは、「暁みちる、受賞ならず!」という報道の仕方しかされませんでした。実は、私はそれが悔しくてたまらなかったのです。
だって、貴方がどれだけ努力して、「スモール&ヴェイグ」のエイドリアン役を演じたか、ファンは知っていたからです』
つまづきながらも、少し涙も流しながらも、美々子さんはそこまで言って水を飲んだ。
ぜえはあと言いながら続きを読もうと美々子さんが紙を手に取ると、王座のリッチーが立ち上がり、ゆっくりと美々子さんの方へ歩み寄って、腰を落として美々子さんの視線に自分の目線を合わせた。
『ルーシー、このレディに伝えてくれ、是非続きを聞かせて欲しい、と』
すぐさまルーシーがそう伝えると、美々子さんは顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて続けた。
『私は一応大学で英語を学びました。しかしそれも大昔の話で、英作文などしたことがありませんでした。
しかし、貴方がオスカーを受賞した時に、三日ほど不眠不休で、初めてファンレターというものを書いてみたんです。結局勇気が出ず送付はできませんでしたが、えっと、今、ここに……』
美々子さんが取り出したのは、白いカンペと一緒に持っていた便箋だった。
『ミセス・ナカヤマ、受け取っても?』
『イ、イエス!』
リチャードは両手で受け取り、上半身を戻して眉間の辺りを押さえて目を閉じた。
『やってくれたな、ミチル。おまえ俺がこういうのに弱いって知ってるだろ?』
『さあ?』
『ミセス・ナカヤマ、貴方のようなファンが応援してくださるからこそ、僕は役者としてここまでやってこれた。「Nick」からのファンだなんて、アメリカにもそうはいません。そんな方のご子息が、ルーシーと……。感無量です』
そう言うと、リチャードは美々子さんの手を取り、甲にナイトの如くキスをした。美々子さんは真っ赤な顔で目を回している。
「何だか……完全に母さんが主演女優賞だねぇ、このパーティ」
「そうですね……結果的には」
俺と詩日さんはそう言い合って、美々子さんとリチャードに惜しみない拍手を送った。
遠慮のない我が母の次に入室した詩雨が、震える小声でそう漏らした。詩日さんもいつもより目がちょっと開いてる。
それもそのはず。この部屋は最上階ではないものの、天井が高く、キャパシティで言えば200人くらいは余裕で入りそうな広さで、壁や天井、随所に展示されている様々な品はおそらくすべて相当な値段、そして中央には超一流と素人目に見ても分かる料理が並んだテーブルが複数。
そして何より。
「オーゥ! コバンワ、エブリワン! Thanks a lot for coming!!」
フードテーブルの奥の王座のような椅子に座っていたのは、もちろんあのリチャード・ダンスタン、そしてその脇には丈の短い純白のドレスを艶やかに着こなしたルーシー・ダンスタンが立っていた。
「あ! りちゃー! 久しぶり~!!」
フリーダムな我が母は、おそらくアメリカで面識があったのだろう、リッチーに駆け寄りそう声をかけた。
「サーチヨーサーン!!」
リッチーの破顔一笑で誰か意識を失わないかと心配になったが、どちらかというと某花魁の方が危険か、と考え直した。
するとその花魁が奥から現れ、日本語と英語両方で、リチャード・ダンスタンの見送り会の主旨を簡単に説明し始めた。
「輝くん……」
俺の横に立っていた詩日さんが、声をかけてきた。
「あの主催者らしき人物がきみのお父さん、つまり暁みちる氏で間違いないかな」
「え? そうですけど……」
「負けている」
「は?」
「私はきみのお父さんにヴィジュアルの面ですべて負けている。確か年齢は39歳とのことだったが、その年齢であれだけの美しさを保つには、並大抵の努力では叶わない。今自分の39歳の姿を想像してみたが、ミイラのような老女が頭に浮かんだ。それは正直本意ではない」
「いや、詩日さん、あの親父はバケモノですよ。比較対象にしちゃダメです」
すると詩日さんは少し鼻を鳴らし、むすっとした。可愛い。
それにしても意外だったのは、メンツが香坂家と中山家の人々だけだったことだ。
主役であるリッチーが先に会場入りしているのも何だか不自然だし、何よりもリッチーはすでにかなり飲んでいるように見えた。
もしかして、映画業界関係のパーティをした二次会的に、親父がこの場をセッティングしたのかな、と推測した。
「それでは皆さま、ご起立の上グラスを。リチャード・ダンスタンに乾杯!」
「オゥイェーカンパーイ!! ハハハハ!」
各々がグラスを掲げ、ルーシーは詩雨の元にダッシュしてリッチーに紹介し始め、親父は黒服のウエイターに何やらオーダーしている。フリーダムな我が母は黙々と食事を開始した。
俺と詩日さんは正直どうしたもんか、と顔を見合わせた。
その時。
「お客様、暁みちる様からこちらを」
長身の黒服が頭を下げて俺と詩日さんにサーブしてくれたのは、ノンアルコールのシャンパンか何かだった。
のだが。
「えっ?!」
その兄ちゃんが頭を上げた瞬間、俺はグラスを落としそうになった。
「暉隆! てめえ何やってんだよこんな所で!!」
「仕方ねえじゃん! みちる殿下にお呼ばれされたら断れないだろ!!」
「だからってなんでウエイター?! ゲストじゃねえの?!?!」
「あ、分かった。輝くんの相方の何とかコンビくんだね?」
「詩日さん微妙に違います!!」
そんな言い合いをしていると、花魁親父の声がマイクを通して聞こえてきた。
「紳士淑女の皆さま、こちらのテーブルにご注目ください」
親父が示したのは、リッチーの王座に一番近い比較的小さなテーブルで、ルーシーと美々子さんが立ち上がったところだった。そういやさっき美々子さんは何故か泣いていらしたけど、何かあったんだろうか。
ご注目、と言われても、人数が少ないのでほとんどのメンツが問題のテーブル周辺を囲む形となった。
「お母様、リラックスされてください。父はきっと喜びます」
「そ、そう、ね……! ここまで来たらもう、やるっきゃないわよね……!」
『ん? ミチル? 何が始まるんだ?』
王座のリッチーがきょとんとしているので、親父は付け足した。
『そうだな、おまえ次第でもあるが、悪いことは起きない』
「俺、『ファイト』結構好きで何回か見たけど、あんなにかっこいいアクションする人がここまできょとん顔してると頭混乱するわ」
暉隆がぼそっと言った。
次の瞬間、美々子さんは古びた便箋と、白い紙を持って、王座に向かって一歩踏み出した。ルーシーはもっと前に出るようにと目配せをし、リッチーに通訳できる距離まで寄った。
一度咳払いをしてから、美々子さんは、つたない英語だが一生懸命の形相で、カンペと思われる紙を見ながら、語り始めた。
『親愛なるリチャード・ダンスタン様。
この度は私の息子と貴方の美しいお嬢さんに良いご縁があり、まずは母として大変嬉しく思っています。
しかし、私はそれ以前に、俳優としての貴方の大ファンです。
貴方が初めてNBCのドラマシリーズでレギュラーとして出演されたシチュエーション・コメディ「Nick」を偶然目にした瞬間、私はファンになりました。私は貴方と同い年で、当時私は精神的に大変辛い時期にありました。しかし、海の向こうで頑張っている貴方を知り、私は勇気づけられたのです。その後、貴方が初めてテレビドラマで主演を勝ち取った時はひとりで祝杯を挙げ、映画にも出演し始めた時は、まるで我がごとのように応援し、そして私自身も新しいことに挑戦する力を受け取ったのです。
暁みちる様がいらっしゃるこの場で言うのも大変失礼ですが、貴方がアカデミー賞を獲った時、この国のメディアは、「暁みちる、受賞ならず!」という報道の仕方しかされませんでした。実は、私はそれが悔しくてたまらなかったのです。
だって、貴方がどれだけ努力して、「スモール&ヴェイグ」のエイドリアン役を演じたか、ファンは知っていたからです』
つまづきながらも、少し涙も流しながらも、美々子さんはそこまで言って水を飲んだ。
ぜえはあと言いながら続きを読もうと美々子さんが紙を手に取ると、王座のリッチーが立ち上がり、ゆっくりと美々子さんの方へ歩み寄って、腰を落として美々子さんの視線に自分の目線を合わせた。
『ルーシー、このレディに伝えてくれ、是非続きを聞かせて欲しい、と』
すぐさまルーシーがそう伝えると、美々子さんは顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて続けた。
『私は一応大学で英語を学びました。しかしそれも大昔の話で、英作文などしたことがありませんでした。
しかし、貴方がオスカーを受賞した時に、三日ほど不眠不休で、初めてファンレターというものを書いてみたんです。結局勇気が出ず送付はできませんでしたが、えっと、今、ここに……』
美々子さんが取り出したのは、白いカンペと一緒に持っていた便箋だった。
『ミセス・ナカヤマ、受け取っても?』
『イ、イエス!』
リチャードは両手で受け取り、上半身を戻して眉間の辺りを押さえて目を閉じた。
『やってくれたな、ミチル。おまえ俺がこういうのに弱いって知ってるだろ?』
『さあ?』
『ミセス・ナカヤマ、貴方のようなファンが応援してくださるからこそ、僕は役者としてここまでやってこれた。「Nick」からのファンだなんて、アメリカにもそうはいません。そんな方のご子息が、ルーシーと……。感無量です』
そう言うと、リチャードは美々子さんの手を取り、甲にナイトの如くキスをした。美々子さんは真っ赤な顔で目を回している。
「何だか……完全に母さんが主演女優賞だねぇ、このパーティ」
「そうですね……結果的には」
俺と詩日さんはそう言い合って、美々子さんとリチャードに惜しみない拍手を送った。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~
菱沼あゆ
キャラ文芸
「この俺が結婚してやると言ってるんだ。
必ず、幸運をもたらせよ」
入社したての桐島葉名は、幸運をもたらすというペペロミア・ジェイドという観葉植物を上手く育てていた罪で(?)、悪王子という異名を持つ社長、東雲准に目をつけられる。
グループ内の派閥争いで勝ち抜きたい准は、俺に必要なのは、あとは運だけだ、と言う。
いやいやいや、王子様っ。
どうか私を選ばないでください~っ。
観葉植物とお片づけで、運気を上げようとする葉名と准の婚約生活。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる