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48. 宴の前の嵐
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「輝くん!」
翌朝、駅で詩雨が猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「おう、おはよ。ルーシーは?」
「今日は別行動なんだ。ルーシーはルーシーで友達ができてきてるしね。それに、今日は輝くんと個人的に、二人だけで話したいことがあって」
「お、なんだ、ナイショ話か」
「そんな感じ。昼休み、いい?」
「今じゃないのか?」
「しっかり時間を取りたいことなんだ。落ち着いた場所でね」
そう言う詩雨をの眼を見て俺は確信する。
詩雨は強くなった。
『自信』とまではかなくても、『自負』みたいなものが詩雨の中で芽生えたような。
それが何故かとても嬉しかった。以前暉隆が、俺が詩雨を変えた、と言っていたが、まあ確かにきっかけは俺だったかもしれない。だけどこの眼は違う。ルーシーも一役買ってるのかもしれないが、詩雨はもうワンステップ、自力で登ったように見受けられた。
「父さんも母さんも毎晩ビックリしてるけど、姉さんってばもう、輝くんのことしか話さなくなったんだよ? っていうか今までは何も話さなかったのに、ようやく口を開いたかと思えば、のろけ話で」
「はぁ?! お、俺の話題が中山家で?!」
「当然だよ! 姉さんも初恋で初彼氏だからさ、相変わらず変は変だけど、のぼせ具合が常人のそれと同じ感じで、そこは正直安堵したよ。だからこう言うと変だけど、相手が輝くんでよかった」
「そ、そそそう言われるとありがたいけど迂闊なことはできなくなるな……」
「大丈夫大丈夫。輝くんは、その、姉さんの話を、あか……ご両親に、話したりは……?」
詩雨が『暁みちる』を飲み込んだことはスルーして応える。
「恥ずかしくて何も言ってない……。でも親父は早くウチに連れてこいって言う。自分が日本にいる間に絶対お招きしろって言いながら地方に撮影行ったりするっぽいから困るよ」
なんて言っていたらスマホが着信を告げた。取り出して見ると、親父からだった。
「もしもし親父? 今東京じゃなかったっけ?」
『てるるん! リッチーが今日の深夜の便でアメリカに帰るんだ。そこでお見送りのパーティを開催しようと思ってさ! その時に羽田近くのホテルに皆をお招きしようと思って!』
……なんかまた面倒なこと言いだしたぞこのバケモノ。
『ルーシーは当然来るし、詩雨くんも一緒でしょ? あとてるるんと詩日さんも! そして何より、お二人のご両親! 特にお母様! リッチーの長年のファンらしいじゃないか!』
「え、ぼくと家族もですか?」
詩雨が呆然と言うので驚いたのも一瞬、スピーカーモードになっていたことに気づいた。
『あ、詩雨くん? おはよー! 今の話どう? 今夜空いてる?』
「あ、あの、はい、空いてますし、ルーシーのお父さんには改めてご挨拶にとは考えてましたが……残念ながら父は今地方に出張中で、母はその、ものすっごい大ファンですが大丈夫でしょうか……?」
『平気平気、リッチーはどんなファンでも大事にするからね』
「ちょっと待てよ、なんでそこで俺と詩日さんまで!」
『え~、揃った方が面白いじゃ~ん』
こんのクソ親父が!
と内心で毒づくと、詩雨が小声で、
「ごめん、輝くんが来てくれた方がぼくも心強い」
と言うので、了承して通話を終了した。詳細は追ってたぐたぐから連絡が来るとのことだった。
「なんかぼくの話が掻き消されそうなことになっちゃったね」
「そうはさせるかよ! 昼休み、楽しみにしてるからな」
四限終了のチャイムが鳴り始めた瞬間、俺は立ち上がった。
とりあえず暉隆に声をかける。
「暉隆、ちょっと今日は詩雨と二人でメシ食うから、おまえは例の先輩んとこ行けよな」
「お、おう……」
複雑な表情を浮かべて、暉隆はうめくように言った。
あの水泳部の先輩は、暉隆の告白を『保留』した後に、『お試し交際』なる珍妙な期間を設けたのだ。期間は一か月。『ここでしくじったら終わり、と思うと素直にフラれた方が楽だったかも……』と言うが、大会で好成績を残したこともあり、その意味ではプレッシャーの数は減ったはずだ。
それに俺は嬉しかった。暉隆が事後報告を辞めて、色々なことをリアルタイムで話してくれることが。
「輝くん!」
詩雨に呼ばれ、俺らは校舎裏に向かった。
薄暗くて湿っぽい空間の段差に腰を下ろすと、詩雨が力強い声で言った。
「読んで欲しいんだ」
「へ? またオススメ本見つけてくれたのか?」
俺が間抜けな声で聞き返すと詩雨は首を横に振り、鞄からA4サイズの茶封筒を取り出した。
「書けたんだ、小説。初めて、自分で納得できるものが」
「えっ」
思わず目を見開くと、詩雨は封筒から白い原稿を取り出し、俺に手渡してきた。有り難く両手で受け取った。
「輝くんには、一番に読んで欲しかったから、姉さんにもルーシーにも見せてない。初めて完結して推敲もできたものだから、破綻してたりするかもしれないけど、率直な意見を聞きたいんだ」
「えっと」
まだ驚いている俺は、それでも言葉を探した。
「まず、おめでとうって言いたい。それから、ありがとうとも。今読んでいいのか?」
「うん、短いし、輝くん読むの早いから、五限までには読了できると思う」
「分かった」
俺は深く息を吸い、吐き出して、右上をダブルクリップで留めてある原稿に目を落とした。
タイトルは、「雲空と悪魔」。
若い男性が主人公で、三人称。文章は流れるように美しく、すっとその物語の世界観に入り込めた。純文学テイストだが、冗長ではなく、淡々と進む物語はしかし、ラストの主人公の心理描写で緊張感がクライマックスに達し、最後はまるでオーケストラの指揮者が最後の一音の後タクトを下ろすような印象を抱かせた。
しかし読んでいる間、俺の中では、普段小説を読む時とはまったく別種の『現象』が勃発していた。
見えるのだ。
主人公が友人にバーで話しかけるシーン、そのバーの喧噪、鳴っている音楽、主人公が肘をつくカウンター、友人が吸うタバコの煙……。
悪魔と対峙した主人公が自らこそが悪魔ではないかと自問自答を繰り広げる心理描写のイメージ。ショッキングピンクの渦、下は漆黒で、上には光がある。主人公は必死に手を伸ばす。その光源。主人公の指先。ラストはカメラがターンして……。
「輝くん……?」
「すげえよ、詩雨……」
俺は、気づかない内に涙を流していたらしい。
「凄い、凄すぎてすげえとしか言えない自分が情けないけど、処女作でこれって、いや、俺は他の人のレベルとか基準とか知らねえけど、これは、マジでヤバい、すげえよ!」
「ホントに?! うわぁ、嬉しい! でも輝くん、なんでその、涙が……?」
俺はまだ、「雲空と悪魔」の世界観から抜けきってなかったかもしれない。
「詩雨、これは俺の主観で、勝手な妄想なんだけど……」
「うん、何でも聞くよ」
「読んでる間、俺、映像が見えたんだ、くっきりと。それは普段小説を読む時にふんわり想像する情景とは段違いの解像度で、クリアで、音まで聞こえるほどで、リアルだった。もちろん、おまえの筆力がずば抜けてるってのが一番だけど、この小説、おこがましいけど、映像化したら別の良さが出るんじゃないかって、思ったんだ。さらに言えば、『俺だったらこう演出したい』とまで思った」
「え、映像化?! 演出?!」
「詩雨、これ、脚本にしてもいいか?」
翌朝、駅で詩雨が猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「おう、おはよ。ルーシーは?」
「今日は別行動なんだ。ルーシーはルーシーで友達ができてきてるしね。それに、今日は輝くんと個人的に、二人だけで話したいことがあって」
「お、なんだ、ナイショ話か」
「そんな感じ。昼休み、いい?」
「今じゃないのか?」
「しっかり時間を取りたいことなんだ。落ち着いた場所でね」
そう言う詩雨をの眼を見て俺は確信する。
詩雨は強くなった。
『自信』とまではかなくても、『自負』みたいなものが詩雨の中で芽生えたような。
それが何故かとても嬉しかった。以前暉隆が、俺が詩雨を変えた、と言っていたが、まあ確かにきっかけは俺だったかもしれない。だけどこの眼は違う。ルーシーも一役買ってるのかもしれないが、詩雨はもうワンステップ、自力で登ったように見受けられた。
「父さんも母さんも毎晩ビックリしてるけど、姉さんってばもう、輝くんのことしか話さなくなったんだよ? っていうか今までは何も話さなかったのに、ようやく口を開いたかと思えば、のろけ話で」
「はぁ?! お、俺の話題が中山家で?!」
「当然だよ! 姉さんも初恋で初彼氏だからさ、相変わらず変は変だけど、のぼせ具合が常人のそれと同じ感じで、そこは正直安堵したよ。だからこう言うと変だけど、相手が輝くんでよかった」
「そ、そそそう言われるとありがたいけど迂闊なことはできなくなるな……」
「大丈夫大丈夫。輝くんは、その、姉さんの話を、あか……ご両親に、話したりは……?」
詩雨が『暁みちる』を飲み込んだことはスルーして応える。
「恥ずかしくて何も言ってない……。でも親父は早くウチに連れてこいって言う。自分が日本にいる間に絶対お招きしろって言いながら地方に撮影行ったりするっぽいから困るよ」
なんて言っていたらスマホが着信を告げた。取り出して見ると、親父からだった。
「もしもし親父? 今東京じゃなかったっけ?」
『てるるん! リッチーが今日の深夜の便でアメリカに帰るんだ。そこでお見送りのパーティを開催しようと思ってさ! その時に羽田近くのホテルに皆をお招きしようと思って!』
……なんかまた面倒なこと言いだしたぞこのバケモノ。
『ルーシーは当然来るし、詩雨くんも一緒でしょ? あとてるるんと詩日さんも! そして何より、お二人のご両親! 特にお母様! リッチーの長年のファンらしいじゃないか!』
「え、ぼくと家族もですか?」
詩雨が呆然と言うので驚いたのも一瞬、スピーカーモードになっていたことに気づいた。
『あ、詩雨くん? おはよー! 今の話どう? 今夜空いてる?』
「あ、あの、はい、空いてますし、ルーシーのお父さんには改めてご挨拶にとは考えてましたが……残念ながら父は今地方に出張中で、母はその、ものすっごい大ファンですが大丈夫でしょうか……?」
『平気平気、リッチーはどんなファンでも大事にするからね』
「ちょっと待てよ、なんでそこで俺と詩日さんまで!」
『え~、揃った方が面白いじゃ~ん』
こんのクソ親父が!
と内心で毒づくと、詩雨が小声で、
「ごめん、輝くんが来てくれた方がぼくも心強い」
と言うので、了承して通話を終了した。詳細は追ってたぐたぐから連絡が来るとのことだった。
「なんかぼくの話が掻き消されそうなことになっちゃったね」
「そうはさせるかよ! 昼休み、楽しみにしてるからな」
四限終了のチャイムが鳴り始めた瞬間、俺は立ち上がった。
とりあえず暉隆に声をかける。
「暉隆、ちょっと今日は詩雨と二人でメシ食うから、おまえは例の先輩んとこ行けよな」
「お、おう……」
複雑な表情を浮かべて、暉隆はうめくように言った。
あの水泳部の先輩は、暉隆の告白を『保留』した後に、『お試し交際』なる珍妙な期間を設けたのだ。期間は一か月。『ここでしくじったら終わり、と思うと素直にフラれた方が楽だったかも……』と言うが、大会で好成績を残したこともあり、その意味ではプレッシャーの数は減ったはずだ。
それに俺は嬉しかった。暉隆が事後報告を辞めて、色々なことをリアルタイムで話してくれることが。
「輝くん!」
詩雨に呼ばれ、俺らは校舎裏に向かった。
薄暗くて湿っぽい空間の段差に腰を下ろすと、詩雨が力強い声で言った。
「読んで欲しいんだ」
「へ? またオススメ本見つけてくれたのか?」
俺が間抜けな声で聞き返すと詩雨は首を横に振り、鞄からA4サイズの茶封筒を取り出した。
「書けたんだ、小説。初めて、自分で納得できるものが」
「えっ」
思わず目を見開くと、詩雨は封筒から白い原稿を取り出し、俺に手渡してきた。有り難く両手で受け取った。
「輝くんには、一番に読んで欲しかったから、姉さんにもルーシーにも見せてない。初めて完結して推敲もできたものだから、破綻してたりするかもしれないけど、率直な意見を聞きたいんだ」
「えっと」
まだ驚いている俺は、それでも言葉を探した。
「まず、おめでとうって言いたい。それから、ありがとうとも。今読んでいいのか?」
「うん、短いし、輝くん読むの早いから、五限までには読了できると思う」
「分かった」
俺は深く息を吸い、吐き出して、右上をダブルクリップで留めてある原稿に目を落とした。
タイトルは、「雲空と悪魔」。
若い男性が主人公で、三人称。文章は流れるように美しく、すっとその物語の世界観に入り込めた。純文学テイストだが、冗長ではなく、淡々と進む物語はしかし、ラストの主人公の心理描写で緊張感がクライマックスに達し、最後はまるでオーケストラの指揮者が最後の一音の後タクトを下ろすような印象を抱かせた。
しかし読んでいる間、俺の中では、普段小説を読む時とはまったく別種の『現象』が勃発していた。
見えるのだ。
主人公が友人にバーで話しかけるシーン、そのバーの喧噪、鳴っている音楽、主人公が肘をつくカウンター、友人が吸うタバコの煙……。
悪魔と対峙した主人公が自らこそが悪魔ではないかと自問自答を繰り広げる心理描写のイメージ。ショッキングピンクの渦、下は漆黒で、上には光がある。主人公は必死に手を伸ばす。その光源。主人公の指先。ラストはカメラがターンして……。
「輝くん……?」
「すげえよ、詩雨……」
俺は、気づかない内に涙を流していたらしい。
「凄い、凄すぎてすげえとしか言えない自分が情けないけど、処女作でこれって、いや、俺は他の人のレベルとか基準とか知らねえけど、これは、マジでヤバい、すげえよ!」
「ホントに?! うわぁ、嬉しい! でも輝くん、なんでその、涙が……?」
俺はまだ、「雲空と悪魔」の世界観から抜けきってなかったかもしれない。
「詩雨、これは俺の主観で、勝手な妄想なんだけど……」
「うん、何でも聞くよ」
「読んでる間、俺、映像が見えたんだ、くっきりと。それは普段小説を読む時にふんわり想像する情景とは段違いの解像度で、クリアで、音まで聞こえるほどで、リアルだった。もちろん、おまえの筆力がずば抜けてるってのが一番だけど、この小説、おこがましいけど、映像化したら別の良さが出るんじゃないかって、思ったんだ。さらに言えば、『俺だったらこう演出したい』とまで思った」
「え、映像化?! 演出?!」
「詩雨、これ、脚本にしてもいいか?」
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