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32. 神様女神様親父様
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あれ?
我に返った俺は、いや、我に返れてなくて、目の前に詩日さんの顔があって、互いの吐息が交わるレベルの距離で、いや待て、俺は今……
「え? あれ? 俺、は? 今俺……」
「うん、よく分かった。ありがとう」
詩日さんはまったく動じることなくそう言って、俺との唇の距離約4.5センチのまま”th”の発音を反復し始めた。
いやいやいやいやいやいや待て待て待て待て!!
「詩日さんすみません! 俺は、なんてことを……!」
俺は弾かれたように身を引き、無意味に教材を開いたり閉じたりした。
「ごめんなさい! 本当に申し訳ないです! 俺、か、帰ります!」
「え? なんで?」
「なんでって……、俺、すみません! もう二度とこんなことはしないので……」
「え? しないの?」
は?
「ん? すまん、私がおかしいのかな? 別にさっきの行為はきみがそんなに狼狽するほどのことではないと思うけど。きみはちゃんと舌の位置を教えてくれたし」
「いや! でも詩日さん、俺はその、詩日さんにキ、キキキスを……」
「ああ、それを気にしているのか。大丈夫、減るもんじゃない」
「減ります!!」
「またきみが減るのか」
「いいえ、詩日さんが減ります!」
「私は別に減っても構わない」
「俺が構います!!」
「意味が分からない」
「俺も分かりません!」
「ははっ」
平行線というか線すら描けていないこの会話に、詩日さんが笑い出した。
……神様女神様親父様、世の女性はいきなり弟の友人にベロチューかまされてもこんな風に笑える生き物なのでしょうか?
「あ、あのー」
俺は畳の上に正座し、右腕を上げた。
「ん?」
「詩日さんは、その、嫌、ではなかった、んですか? 俺なんかがその、あの……」
「別に」
「でも普通キスという行為は恋人同士ないしは夫婦が行うもの、とされているように俺は認識しているのですが」
「そうなの?」
「違いますか」
「ふむ……分からない。でもそういう公的な規律はないはず」
「じゃあもし俺が詩日さんの目の前で別の女性とキスしたらどうなりますか」
「んー……吹き矢?」
「は?」
その時だった。
「姉さん、輝くん、レッスンどう?」
詩雨が満面の笑みで障子を開いた。
「上々だよ。輝くんが発音のコツのために私の口の——」
「バッチリだよ詩雨! 詩日さんは教え甲斐のある生徒さんって感じだ!!」
俺は詩日さんを遮って、少々声を張り上げて今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「ならよかった」
詩雨はそう言って、俺の方を一瞬見て軽く頷いた。あたかも『ふたりっきりになれてよかったね』的な祝辞を述べるかのように。
……いや、違うんだ、詩雨。俺は、俺は……!!
「じゃあまたレッスンをお願いしたいから連絡先、教えて」
「あ、はい」
「輝くん、母さんがまた夕飯を食べていかないかって言ってるけどどう?」
「あー悪い、申し訳ないけど、親父がそろそろ帰ってくるんだ。だからなるべく食事は家でしたい。でなきゃあの放浪バケモノ親父と揃ってメシは無理なんだ」
「あー、そかそか。分かった。じゃあ駅まで送るよ」
「いや、いい。ちょっと急いで帰るから」
俺がバタバタとバッグに教材やら何やらを詰め込んで立ち上がると、そこには詩日さんが仁王立ちしていた。
「連絡先」
「あ、えーとすみません、詩雨からライン聞いてください!」
俺はそう言い放って和室を出、詩雨ママへの挨拶もそこそこに中山家を後にした。
我に返った俺は、いや、我に返れてなくて、目の前に詩日さんの顔があって、互いの吐息が交わるレベルの距離で、いや待て、俺は今……
「え? あれ? 俺、は? 今俺……」
「うん、よく分かった。ありがとう」
詩日さんはまったく動じることなくそう言って、俺との唇の距離約4.5センチのまま”th”の発音を反復し始めた。
いやいやいやいやいやいや待て待て待て待て!!
「詩日さんすみません! 俺は、なんてことを……!」
俺は弾かれたように身を引き、無意味に教材を開いたり閉じたりした。
「ごめんなさい! 本当に申し訳ないです! 俺、か、帰ります!」
「え? なんで?」
「なんでって……、俺、すみません! もう二度とこんなことはしないので……」
「え? しないの?」
は?
「ん? すまん、私がおかしいのかな? 別にさっきの行為はきみがそんなに狼狽するほどのことではないと思うけど。きみはちゃんと舌の位置を教えてくれたし」
「いや! でも詩日さん、俺はその、詩日さんにキ、キキキスを……」
「ああ、それを気にしているのか。大丈夫、減るもんじゃない」
「減ります!!」
「またきみが減るのか」
「いいえ、詩日さんが減ります!」
「私は別に減っても構わない」
「俺が構います!!」
「意味が分からない」
「俺も分かりません!」
「ははっ」
平行線というか線すら描けていないこの会話に、詩日さんが笑い出した。
……神様女神様親父様、世の女性はいきなり弟の友人にベロチューかまされてもこんな風に笑える生き物なのでしょうか?
「あ、あのー」
俺は畳の上に正座し、右腕を上げた。
「ん?」
「詩日さんは、その、嫌、ではなかった、んですか? 俺なんかがその、あの……」
「別に」
「でも普通キスという行為は恋人同士ないしは夫婦が行うもの、とされているように俺は認識しているのですが」
「そうなの?」
「違いますか」
「ふむ……分からない。でもそういう公的な規律はないはず」
「じゃあもし俺が詩日さんの目の前で別の女性とキスしたらどうなりますか」
「んー……吹き矢?」
「は?」
その時だった。
「姉さん、輝くん、レッスンどう?」
詩雨が満面の笑みで障子を開いた。
「上々だよ。輝くんが発音のコツのために私の口の——」
「バッチリだよ詩雨! 詩日さんは教え甲斐のある生徒さんって感じだ!!」
俺は詩日さんを遮って、少々声を張り上げて今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「ならよかった」
詩雨はそう言って、俺の方を一瞬見て軽く頷いた。あたかも『ふたりっきりになれてよかったね』的な祝辞を述べるかのように。
……いや、違うんだ、詩雨。俺は、俺は……!!
「じゃあまたレッスンをお願いしたいから連絡先、教えて」
「あ、はい」
「輝くん、母さんがまた夕飯を食べていかないかって言ってるけどどう?」
「あー悪い、申し訳ないけど、親父がそろそろ帰ってくるんだ。だからなるべく食事は家でしたい。でなきゃあの放浪バケモノ親父と揃ってメシは無理なんだ」
「あー、そかそか。分かった。じゃあ駅まで送るよ」
「いや、いい。ちょっと急いで帰るから」
俺がバタバタとバッグに教材やら何やらを詰め込んで立ち上がると、そこには詩日さんが仁王立ちしていた。
「連絡先」
「あ、えーとすみません、詩雨からライン聞いてください!」
俺はそう言い放って和室を出、詩雨ママへの挨拶もそこそこに中山家を後にした。
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