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29. 結託

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「えー、じゃあ俺が言うしかないんだけど、いや言うまでもないけど一応。こちら、俺の中学からの友人、早川暉隆くんです」
 駅前の閑散としたファミレスのテーブルに落ち着いた俺たちの『作戦会議』は、こんな調子で始まった。
「で、こちらが俺が一年の時から秘密の友情を築き上げてきた中山詩雨氏」
「悪いな中山、最近こいつの飼育係任せてて」
 飼育係て。
「い、いや、輝くんは本当に優しいし、いい友達なんだ。その輝くんが信頼してる早川くんとも、ぼくは話してみたかったんだよ」
 オイ詩雨よ、飼育係は否定しないのか。
 なんて脳内に漫才のステージをイメージしてツッコミに徹していた俺だが、本題はここからだ。俺は今、おそらく、詩雨が初めて俺に声をかけてくれた時と同じくらい緊張してる。動悸。耳鳴りまでする気がする。
「それで、今日は急なお誘いだったけど、どうかしたの? 単純にノリで輝くんがぼくたちを引き合わせてくれたのかな?」
「いや、おまえを呼ぼうって言いだしたのは俺」
「早川くんが?」
 詩雨がドリンクのグラスを手にしたまま驚いて目を大きく開いた。
「暉隆でいいよ。俺も詩雨でいい?」
「え、あ、うん。構わないよ」
……マズい、緊張が半端じゃない。そもそも惚れた相手がおまえの姉ですだなんて普通言うのか? 確かにさっきは暉隆の言葉、詩雨への信頼を確固たるものにした。はずだった。だけど実際に詩雨を目の前にしてみると、いつも通りメガネの奥には無垢な眼があって、詩日さんのことを言ったらその眼の色が変化してしまうような気がして。
「さてさて、輝くんよ。そろそろ本題に入ったらどうだい」
「本題?」
 暉隆の言葉に対して詩雨が首を傾いだ。
「こればかりは俺に頼るなよ、輝。おまえと詩雨の話だろうが」
「ぼく?」
 俺は真下を向いて必死で力を出そうとした。たったひとこと、『おまえの姉ちゃんを好きになった』、このセンテンスを、こんな簡単なことを言うのにここまで緊張しここまで圧倒されここまで気合いを入れないといけないなんて、恋というのは俺が考えてきたものより万倍タフなもんだ。つかコレ、実際の告白とかだったら緊張で死ねるんじゃないか? 俺が恋愛ビギナーだからなのか?
「輝くん、何かあったの? 顔色悪いよ?」
「……詩雨、俺は報告、いや、おまえに言いたいこと、いや、えっと、知らせておきたいことが、ある。もしかしたら、おまえはドン引きするかもしれない。だから恐い。俺は友人を失いたくない。今すげえ緊張してる。でも俺はおまえを信じてるんだ」
 そこまでは、テーブルの端に視線をうろうろさせながら言った。詩雨も詩雨で、ただごとじゃないと察したのだろう、若干表情が強ばった。
「詩雨さ、俺がその……は、はは初恋をしたら、応援してくれるって、あの、あの時言ってたよな?」
「うん! もちろん覚えてるし、今もその気持ちは変わらないよ?」
 俺は顔を上げて詩雨を見た。
 目元が少し、詩日さんに似ている。
 詩日さん。
 そうだ、俺は詩日さんが好きで、親父にまで『完落ち』認定されて、この気持ちは確かに初恋だと理解した。
 誰を好きになっても、恥じたり、罪悪感を覚えたり、そんなことをする必要はない。俺は、この詩日さんへの想いに、何の恥も罪悪感も躊躇も抱いていない。
「詩雨」
 ようやく、俺は詩雨の眼をしっかりと見ることができた。そして続けた。
「俺、初恋、した。いや、してる」
「ええ?!」
 詩雨はソファから転げ落ちるんじゃないかと思うほど喫驚していた。
「おめでとうって言うと変かな、なんかぼくまで嬉しいよ。あの時輝くん、凄く辛そうに見えたし、でも……」

「詩日さんなんだ」

 俺が言うと、詩雨はまるで一時停止ボタンを押された動画のように固まった。再生ボタンを押すべく、暉隆が詩雨の肩をぽんと叩く。
「え、ぇぇえええと、ごめん輝くん、もっかい言ってくれ、る、かな? 今ぼくなんか凄く珍妙なことを耳にした気がする……」
「ごめんな、姉弟とかに打ち明けるのは一般的じゃないかもしれないけど、俺は初恋だから全っっっっっ然勝手が分からない。だから言う。俺、詩日さんのこと好きになったみたいだ。いや、『みたい』じゃなくて、その、ガチで、好きだ」
「なっ……」
 詩雨は今にも過呼吸を起こしてぶっ倒れそうなくらい眼をぐるぐるさせて、暉隆はその背中にそっと手を添えていた。
 天井をしばし睨むように見て、今度はテーブルに突っ伏し、俺がマジでドン引きされたかと思っていると、突然詩雨はガバッと顔を上げた。
「輝くん、一個だけ確認させて」
「何?」
「輝くんにとっては、初恋、だよね? にわかには信じられないけどあの変な生物を好きになる男性が現れるなんて、ましてそれが他でもない輝くんだなんて、ホントにビックリしてる。でも」
 そこまで言い、詩雨は水を飲んだ。
「輝くんの気持ちは、本当にその、恋愛感情なのかな。ただあの変人に学術的興味を持ってそれを初恋と勘違いしてるという可能性は……」
「それはねえよ、詩雨」
 言葉を引き継いだのは暉隆だった。
「もうコイツ、バカみてえにベタ惚れだよ。それにあの暁みちる殿下のお墨付きだ」
「あ、あのみちる殿下が?!」
 暉隆につられて詩雨の語彙も崩壊し始めたようだ。
「ホントに俺も嬉しいんだよ、詩雨。コイツずっと、本当にずっと悩んでたから」
 暉隆が言い、俺が唇をぎゅっと閉じたまま詩雨を見ていると、詩雨は一度深呼吸して、力強い声で言った。
「分かった。ぼくに協力させて。学校の女子とかだったら何もできなかったかもしれないけど、弟として、ぼくはあの妙な生物のことはよく知ってる。だから、輝くんの初恋を応援できると思う。協力して、いいかな?」
 涙が出そうだった。
「もちろん、こっちこそ、よろしく頼む」
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