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11. 宣言

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 詩雨の家は、極々普通の一軒家だった。昔の新興住宅地にありがちな、似たり寄ったりの住居を並べて建てた中のひとつ、といった印象。
 詩雨によると、現在家にいるのは母親だけらしい。親父さんは仕事で多忙で、大学生の姉はどこかに遊びに行っているとのことだった。

 お邪魔します、と言って玄関で靴を脱いでいると、詩雨の母と思われる女性が廊下沿いのドアから顔を出し、満面の笑顔で出迎えてくれた。
「あなたが噂の輝くんね。息子がお世話になってます」
 そう言って、詩雨ママは深く頭を下げた。
「とんでもないです。詩雨くんはいつも僕によくしてくれて……」
「詩雨から輝くんはかっこいいって聞いてたけどホントにイケメンね~」
「母さん! とりあえず部屋に入ってもらおうよ」
 そう促され、リヴィングに入ってみた。ぱっと見、ウチと大差ない普通のリヴィングだ。テレビがあって、その向かいに古いソファがあって、窓からは庭を一望できる。
 カウンターキッチンの奥に詩雨ママは戻って、俺は詩雨に言われて食卓の椅子に落ち着いた。
「月並みで申し訳ないんだけど、ビーフカレーがちょうどできたから、もしお口に合えばいくらでも食べてね」
 俺は恐縮しきっていた。よくよく考えれば友人の家に初めて行くという行為は久方ぶりだ。暉隆んちは勝手知ったる我が家だし。しかしこの動揺を詩雨に悟られないよう、テーブルからちょうど見えるテレビを見ているふりをした。詩雨といえば俺以上に緊張しているのか、瞬きの回数が尋常でなく多い。
 出されたカレーは、香坂家のそれとは全く違うものだった。俺の母は、必要最低限の具材しか入れない。しかし俺の目の前に置かれた皿には、白米と、じゃがいもニンジンタマネギに加えて何かの豆が数種類、茄子、その他俺には判別不能の野菜が入ったカレールーが載っていた。
「輝くん、無理して食べなくていいからね」
 隣に座る詩雨が小声で言う。
 一方で俺は感動していた。よくよく考えれば、一般家庭(と言うと失礼だけど)の料理を食べるのも久々だし、なによりこの具だくさんのカレー、ウチでは絶対出ない。出るとしたらそれは親父がシェフを呼ぶ時くらいだろう。
 いただきます、と力強く言って、スプーンでカレーを口に運んでみると、これが滅茶苦茶美味かった。昼時で空腹だったし、俺は物凄い勢いで一皿食い切ってしまった。
「あら、いい食べっぷりね! おかわりもあるけど……」
「是非お願いします!」
 半分残っている詩雨の皿も見遣りながら、詩雨ママはおかわりを運んできてくれて、自分の分も手に食卓に向かった。
 それから詩雨ママは、詩雨がいかに俺が友人として理想的かを言っている、なんてことを話し始めた。
「輝くんほど本の話ができる人には会ったことがないって! 友達と本の貸し借りとか、ね? そういうことに無縁だったから詩雨は……」
「ちょ、ちょっと母さん! 輝くん困るよ!!」
 詩雨がそれを制した。悪い気はしなかった。

「あ」

 映像を垂れ流していたテレビのCMを見て、詩雨ママが声を上げた。つられて目を遣る。女性用シャンプーのコマーシャルだった。
 暁みちるの。
「この人また日本のCMに出るようになったのね~」
 テレビの画面では、俺の親父が伏し目がちに自慢の黒髪を掻き上げていた。
 瞬間、詩雨の顔が固まった。
「でもこの人いくつよ? 全然年取らないわよねぇ、正直恐いくらい綺麗。でもまあ、整形とか超してそうだけど」
「母さん……!」
 詩雨が震える声でそれだけ言った。
 パニクっているのがすぐに分かった。当然だ。そしておそらく、自分が『輝くんはこの人の息子だ』と言っていい権利が自分にあるか、判断できずにいる。唇が震えていた。
 俺はどうだ? 俺自身は?
 俺は、暁みちるの息子としてでなく、中山詩雨の友人として何ができる?
「三十九歳です」
 軽い動悸を覚えながら、少しばかりの勇気と共に、そう言った。
「え?」
 テレビはとっくに昼のバラエティ番組に戻っていたので、詩雨ママはぽかんとしている。
「暁みちるは三十九歳で、来年四十になります。常日頃から美容には細心の注意を払っていますが、整形はしていません。仕事のない時はメンズファッションよりレディースの服を着ることが多いですね。最近は海外での仕事が多いのでずっと一緒、というわけではありませんが、僕は役者としての父を尊敬しています」

「……え?」

 詩雨もママも呆然としていた。

「僕は、暁みちるの息子です」
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