たかが番

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ハロウィンの番たち

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「頼む!助けてくれっ、レイジ様!!」

10月も終わろうかという今日この頃。
シンのバイト先に訪れていた俺は、女性が着るには大きすぎるメイド服と猫耳カチューシャを持って頭を抱えていた。


ことの始まりは数日前。
「バイトしているバーでハロウィンイベントをするから遊びに来ないか」とシンから誘われて、飯を奢るという話にホイホイやってきたーーーそして現在。
スタッフの欠勤があり、代わりを頼めないかと土下座されている俺がいた。
100歩譲って代役をするのはいい。
バイト先のマスターは、コウキの従兄弟で顔馴染みだし、困っているなら助けたい。

だが、しかし。

「なんで、猫耳メイド服を着なきゃなんねぇんだ!!!」

思わず叫んだ俺に、シンが申し訳なさそうに言った。

「スタッフ全員、動物の耳カチューシャつけて仮装することになったんだよ」

正座しているシンの頭にはウサギ耳がついていて、どんなに神妙な顔をされても真剣さが伝わってこない。

「だったら!俺もお前と同じバーテンダーの制服でいいじゃねぇか!」

ハロウィン限定の制服だと言われて渡されたメイド服を突きだす。

「置いてあったヤツ全部着られてて、メイド服しか残ってないんだよ」
「よし。じゃあ、お前が脱げ」

俺は笑顔でメイド服を押し付けようとするが、シンは困り顔で自分のサックスを指差す。

「えぇ~っと、俺は演奏しないとだから!メイド服は邪魔になるしっ!」
「んなこと知るか!」

俺たちが取っ組み合いでメイド服を押し付け合っていると、カシャッとシャッターを切る音がした。

「浮気はっけ~ん」

音がした方を見ると、犬耳をつけてメイド服を着たヤチヨが俺たちをバックに自撮り写真を撮っていた。
ヤチヨはここの従業員で、俺やコウキとも友人だ。

「ヤチヨ、てめぇ何撮ってんだ」
「あらま。お口悪~い」

すこぶる不機嫌な顔で睨むが、こちらを無視して電子タバコを吸いながら携帯を操作している。

「いいじゃん、俺とおそろで。レイちゃん絶対メイドの方が似合うし」

狐目でピアスだらけの耳と色素の薄い短髪というパンチがある容姿のヤチヨだが、華奢な体つきのせいか、見事にメイド服を着こなしていた。

「どこ見て似合うと思うんだよ。ヒゲ生やした筋肉質の男だぞ?それに俺が着たら破けるだろうが」
「破けない破けない。それにオスくさい奴が可愛い服着てるのがいいんじゃない」
「お前の性癖に俺を当てはめるな!」
「さぁて。需要があるのは俺だけかなぁ~?」

ニヤニヤしているヤチヨを無視してシンに向きなおると、俺たちのやりとりはガン無視で拝みまくっていた。
そんな姿を見てしまっては、断れなくなってしまう。

渡されたメイド服は、胸元を大きな襟とリボンで覆われていて、スカートの長さも膝下丈。
肌の露出がほとんどないクラシックタイプの服で、可笑しくはあっても下品にはならなさそうだ。

俺はメイド服を握りしめ、大きくため息をつくと、覚悟を決めたのだった。




*****



開店から数時間。
ネコ耳メイド(アゴ髭・筋肉つき)な俺が笑い者にされることもなく。
いつもより客が溢れた店内で、動物耳をつけたスタッフたちと一緒に接客をしていた。
シンがサックスを持って小さなステージに立つと、それを目当てに来ている一部の客がステージの周りに集まりだす。
その中の1人になる予定だったのに、と少し残念に思いながらシンの演奏をBGMに店内を動き回る。

「君、見ない顔だね」

客のグラスを回収していた俺は、スーツ姿の30代くらいの男性から声をかけられた。

「あ、はい。今日はヘルプで入っていますので」
「へぇ。そうなんだ」

相手は品定めするように俺を見ると、にこりと微笑んだ。
・・・嫌な目だ。
俺は無意識に自分の首の後ろに触れていた。

「よく似合っているね、身体鍛えてるの?」

お世辞だとわかっているが、この服装が似合ってると言われて微妙な気持ちになる。

「えぇ、まぁ」
「ねぇ、せっかくだし、一緒に呑まない?」

歯切れ悪く答える俺にも動じず、誘ってくる。
マスターがチラリと俺の方を伺ってきたので、大丈夫だとアイコンタクトを送る。

「いえ、仕事中ですので。お客様はゆっくり店内でお楽しみください」
そう言って足早に立ち去ろうとする、が。

「奢るからさ、一杯くらい付き合ってよ」

急に腕を引かれて、ヒールを履いていた俺はバランスを崩した。

やべ・・・倒れる!!

と、思って身構えるが、気がついたら誰かに腰を引き寄せられ、抱きとめられていた。

「びっくりした、大丈夫?」
「え?コウキ!?」

俺を抱えたままカウンター台に持たれて、転倒をかろうじて堪えたコウキがいた。
いつもと違って髪を後ろに撫でつけ、スーツを着ているせいか、一瞬誰だかわからなかった。

「なんでここに?」
「それはーーー」

コウキが口を開く前に、店内から大きな歓声と拍手が鳴り響いた。
驚いてステージの方を見ると、背の高い外国人がピアノの椅子に腰掛けたところだった。
ピアノの伴奏が流れ、それに寄り添うようにサックスの音が響く。

「もしかして、あの人がシンの番?」
「そう。俺は付き添い。・・・ねぇレージ、一旦離れない?」

そろそろ限界かも・・・と弱音を吐かれて、自分の全体重をコウキに預けていたことに気がついて慌てて離れた。

「悪いっ!気づかなくて」
「待って。それは離れすぎ」

色素が薄い髪と碧眼を持つコウキのスーツ姿が、あまりにも似合いすぎていて思わず見惚れてしまっていた。
俺は恥ずかしさもあって、慌ててコウキから距離を取った。
だけど、コウキの手が俺の手を掴んで、ゆっくり俺の頭を引き寄せる。
コウキの匂いに包まれて、安心した俺は動けなくなってしまった。

いつの間にか俺に声をかけた男はいなくなり、店内に流れるピアノとサックスのジャズソングが俺の心を穏やかにしてくれる。

「落ち着いた?」
「・・・ああ、ありがとう」

もう平気なのに、コウキは心配そうに俺を見つめて頭を撫でてくる。
その手が時々、猫耳カチューシャにあたるので、俺は自分の格好の酷さに何も言えなくなった。

「コウキ、いらっしゃい」

しばらくして、マスターが声をかけてきた。

「レイジ君、今日はありがとう。お店はもう大丈夫だから、着替えておいで」

そういうと、俺の足元をチラリと見る。

「足も痛いでしょ。コウキ、レイジ君のこと見てあげて」

俺は礼を言ってバックヤードへ向かった。
一緒についてきたコウキに足をみせてと言われ、ヒールを脱ぐと薄皮が剥けて真っ赤になっていた。
どこからか救急箱を探し出してきたコウキが、俺の足を手当してくれる。

「痛そうだね。おぶって帰れるかな、俺」
「ばぁか。こんくらい平気だよ、歩けるって」

どうすれば俺を背負えるのか真剣に考えているが、俺にはコウキが腰を痛める未来しか見えない。俺は話題を変えることにした。

「会うとは思わなかった。店に行くなんて言ってなかったのに」
「驚かそうと思って言ってなかったんだ」

「ロルフ・・・シンの番と行動するからちょっといいスーツ着るなー、と思って。突然見たらかっこいいって、ときめいてもらえるかと・・・」

いや、突然じゃなくても、しっかりときめいたわ。

「だけど、俺の方が驚いたよ。だって、こんなエッチな格好してるとは思わなかったから」
「エッ・・・!?」

こんな筋肉質な男の女装を見て、どうしてそんな感想が出るんだ!
俺が言葉を紡げずにいると、拗ねたような顔で見上げられる。

「シンに押し付けられたんだろ?アイツ、自分がロルフの前でいいカッコしたいからって」

なるほど。妙に嫌がっていたのは、番が来るせいだったのか。
必死に頼み込んむシンの姿を思い出し、ようやく合点が入った。
番から子供扱いされたり可愛いと言われるのが嫌なんだと、シンから聞いたことがある。
番とセッションしていたシンは確かにカッコよかった。

「ならしゃーねぇな、許してやるか」
「え~~。レージってば、シンに甘いんだから」

コウキは不服そうに口を尖らせたが、俺をチラリと見るとため息をついた。

「でも、まぁ。猫のメイドさんなレージが見られて俺も嬉しかったので、今回は不問とします」

改めて言われると、自分がとんでもない格好をしている実感が湧いてくる。
俺は開いていた足を静かに閉じ、短めのスカートを伸ばして太ももを隠した。
俯いた俺をどう思ったのか。
ソファーの前で膝をついていたコウキは、俺の隣に座り直すと、スカートから生えた尻尾を弄び始めた。

「せっかくだから、猫ちゃんと遊んじゃおうかな」
「は?・・・いやいやいや!誰か来るかもしれないだろ!?」

コウキの顔が近づいてきて俺は焦った。

「マスターから許可もらったから、汚さなければ大丈夫だよ」
いつの間に?・・・もしかして、俺のこと見てあげてって、そういう意味だったの!?

「レージにネコ耳ってこんなに似合うんだね」
「ちょっ、それちがッ・・・俺の耳!」

ネコ耳の話をしながら俺の耳をいじり始める。
耳元にキスされて、ゾクっとした感覚に思わず目を瞑った。
コウキの唇が俺の顔に降ってくる。
頭を撫でられて見つめられると、俺はたまらなくなってコウキの背中に腕を回した。

「俺、コスプレとかそういうの興味なかったんだけど」
「え?」
「・・・新しい扉開いちゃいそう」
ひぃ~!頼むから閉じててくれ、一生!

青ざめてコウキから距離を取ろうと、ソファーの端に寄るが、追いかけるように覆い被さってくる。

「メイドって奉仕してくれるもんだけど、俺がしてあげたくなっちゃうな」

スカートの下から手を入れられて、すでに盛り上がっている俺のモノを布越しに触られる。
そんなことされたら、もっと欲しくなっちまうじゃねぇか!
思わず腰を擦り付けてしまう自分が恥ずかしくて顔を背けた。
そんな俺を見てコウキが囁く。

「猫ちゃんは発情期みたいだね」
「ち、がう」

反応してしまう俺を嬉しそうに見つめて、フェロモンを確認するように俺の頸に顔を寄せてくる。

「コウキじゃないと、こんな風になんねぇよ」
「本当にレージは。そんなに可愛いと狼に食べられるからね」
「こんなゲテモノ、お前くらいしか食べたいと思わないだろ」
「わかってないなぁ。自分がどれほど魅力的なのか、もっと自覚してくれないと」

ブラウスの上から、パツパツになっている俺の胸筋が揉むように触られる。
だけどフリルをふんだんに使った服の上からでは、コウキの手の温もりも感じられない。
俺はもどかしくて、恥ずかしい欲望が口から溢れ出しそうなのをグッと堪える。

「うーん、どうやって脱がすんだろう」
「後ろにエプロンのリボンがあるから、それ外して」
「ん~ここかな?」

俺の背中に回した手が、リボンの下にある尻を触ってくる。

「・・っ、お、お前わざとだろ!ちゃんと見ろって!」

俺はコウキに背を向けて尻を突き出すような格好になり、結んであるリボンを見せつける。

「レージってば、大胆だな~。そんなに俺に脱がせて欲しいの?」
「!・・・もういい!自分でやる!!」

言われてみれば、その通りで。
自分で脱げばいいのに空気に流されて、俺は何をしているんだ。
背を向けたまま、エプロンのリボンを解くと乱暴に脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外して腕を抜こうとすると、後ろから抱きしめられて、頸の噛み跡に唇で触れられる。

「やっ・・・、なにすんだ」
「そっちこそ。番に噛み跡を見せつけて、どういうつもりなの?」

密着したコウキの体の一部が反応していた。
こんな格好の俺でも、欲情してくれてるのか。
今すぐ抱いて欲しい気持ちと、こんな場所ではダメだという理性の天秤が、俺の中でグラグラと揺れていた。

「・・・なんてね。レージの嫌がることはしないよ。続きは帰ってからね」

俺が困っているのを察したのか。
コウキが俺から離れていく。
それがすごく寂しくて、思わず腕を掴んだ。

「俺も、コウキが欲しい」

気がついた時には自分からコウキにキスをして舌を絡めていた。
足を開いてスカートを捲り上げて、濡れて湿っているパンツを見せつけるように脱ごうとした。


コンコン。


「従業員控室での淫らな行為はお控えくださーい」

ドアの向こうからヤチヨの声がする。

「空気読めよ、ヤチヨ」
「そっちこそ、場を弁えなよ。発情サル。マスターに言いつけるぞ」
「え、マスターの許可とったって」

強気に言い返したのにマスターの名前が出た途端、表情を固くしたコウキを見て思わず口に出す。
大きなため息と共にドアを開けたヤチヨが呆れた顔で言う。

「んなわけねぇだろ。いくら身内だからってそんなこと許すわけあるか」

そりゃそうだ。
急に冷静になった俺は、今の状況に火が出るほど恥ずかしくなって、思わず突っ伏した。
本当に。何をやっているんだ、俺は。
他人の店で、みんなが使っている公共の場で。
発情期でも無いのに。
コウキに求められるのが嬉しくて、コウキが欲しくて。
あのままヤチヨが乱入してこなければどうなっていただろう。

自分が今座っているソファーの上で、コウキと繋がっている姿を想像して青ざめる。
そんな俺を見たコウキが慌てたように取り繕う。

「レージ、ご、ごめんね。あんまり可愛くて我慢できなくなっちゃって」
「俺の~~~!大バカヤロォォォ!!!」

俺は乱れたメイド服もネコ耳も何もかもそのままで、夜の街へ駆け出した。

「え、ちょっ、ちょっと待ってよ!その格好はマズいって!レージ!」

すれ違う人が俺を見てギョッとするけど、俺にはそんなことを気にする余裕はなく。
足の痛みで走れてなくなり、コウキに捕獲されるまで、ハロウィンで盛り上がる街を駆け回ったのだった。

その後、反省と称して1ヶ月間、禁欲生活を送り、コウキに泣いて土下座されることになるのだが、それはまた別の話。
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