巣づくり品評会

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8、品評会ー王子谷の巣

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『さて、トリを飾るのは、剣道部部長・王子谷君です!それではご覧くださいっ!』

やけにテンション高く紹介した後に映し出されたのは、シンプルな部屋のベッドに作られた、ドーナッツ状の巣だった。

今まで紹介された巣とは、明らかに雰囲気が違う写真だ。
ホテルの一室のような綺麗に整頓された部屋のせいか、人の気配が感じられない。
部屋全体から無機質な空気が漂っていた。

『これはまた、キレイな部屋にシンプルな巣ですね』

無個性な巣を見て感想を述べた会永が次の言葉を紡ぐ前に、姫野が王子谷に歩み寄り胸ぐらを掴んだ。
「お前、これフリー素材じゃねぇか!」

その言葉に会場がざわめいた。

姫野は怒りに満ちていた。
自分がこの会を開くために奔走していたのを、間近で見ていたはずなのに。
勝負しようと言ったのに。
「最低!」
姫野が真剣勝負で打ち負かそうとしていたのに、当の王子谷は適当に誤魔化すつもりだったなんて。
王子谷に裏切られた気がした。

『え~、皆様にお詫び申し上げます。
今回、王子谷君の巣として紹介した画像は、ご指摘の通りフリー画像です』

穴井の言葉に観覧席から非難の声が上がる。

『王子谷くんから画像の提出がありましたが、内容に問題があったため差し替えさせていただきました』

その言葉に、会場全体が困惑していた。
ステージ上の姫野たちも互いの顔を見合わせ、王子谷の様子を伺う。
対する王子谷は無表情で、何か覚悟を感じさせるような眼差しで姫野を見つめていた。

『皆様の前で発表するにはいささかグロテスクな・・・苦手な方もいるかと思いますので、一部モザイクをかけて発表させていただきます』

突然の不穏なアナウンスに、先ほどとは別のどよめきが起こった。

『王子谷くんのイメージを損なう可能性もありましたので、本人に再三画像の再提出を提案いたしましたが、これでいい、ということでした。それでは、ご覧ください』

画像が切り替わり、会場内は騒然となった。

ブルーシートの上に大量のジッパー袋やタッパーが並べられていた。
前置き通り、中身は判別できないようにモザイクがかけられているものがほとんどだが、お菓子のパッケージがいくつかあるのを見るに、全て食品だと推測される。
中にはモザイクの上からも変色しているのがわかるくらい、年季が入っているものもある。

『う~ん、これは・・・確かに巣というより・・』

解説の会永も言い淀む。
どう見ても警察の押収物展示である。
誰もが反応に困っていると、王子谷が口を開いた。

「・・・作れない」

王子谷が姫野を見て搾り出すように言う。

「巣なんて作れない。俺がもらったものは全部大切な宝物なんだ。
そんな大事なものを、乱雑に並べるなんて、俺にはできない」

胸ぐらを掴まれたまま吐き出されたその言葉に、姫野は衝撃を受けた。

(これは、架空の番に対して作られたんじゃない。
王子谷が“好意を抱いている誰か“のために作った巣なんだ。そんな相手がいたなんて)

その巣よりも、想い人がいたことにショックを受けている自分に動揺していた。

「おい。よく見ろ、姫野。あのリボン包装、お前のバレンタインチョコじゃねぇのか?」

表情を固くして何も喋れなくなってしまった姫野に、見かねた長内が声をかけた。
指摘されて画像の右端を見ると、同じ色のリボン包装をされた茶色い袋が5つ並んでいる。

「あ・・・」

たしかに、毎年クラスメイトに渡している、ばらまき用の手作りチョコの包装だ。
他のお菓子を見ると、姫野の好きなお菓子や姫野が買ったことのあるお土産の包装ばかりが並んでいた。

「もしかして、僕があげたものなの?」
王子谷の顔が真っ赤に染まる。
「うそ・・・」
(王子谷の好きな人って・・・僕!?)
姫野は驚きのあまり、王子谷から手を離した。

「もらったものと言ったらチョコとか、クッキーとか。食べ物ばかりで・・・食べたらなくなってしまうし。ずっと、食べれなかった」
「あげたんだから食べろよ!あ、いやもう食べるな!捨てろ!」
「い、いやだ!俺がもらったんだからずっと俺のものだ」

王子谷の片想いの相手が自分であるという衝撃の事実と、それを嬉しいと思っている自分自身に、姫野は混乱していた。

「お、俺は!・・・お前の巣を見るのは、俺だけがよかった」

俯いていた王子谷の表情はわからないが、声が震えていて泣いているのかと思った。

「・・・王子谷?」

王子谷は顔を上げると、姫野をしっかりと見つめた。

「姫野の下着姿のような服を着ている写真も、美味しそうに食べている写真も。毎日おはようとおやすみを呟く投稿も。全部全部。俺だけが見ていたかった」

「めちゃくちゃチェックしてるじゃん」と長内が小声でツッコミを入れる。

王子谷の本音を聞いて、自分がSNSを始めたきっかけを思い出す。

「僕だって、見てもらいたかったんだもん。王子谷に言って欲しかった」

クラスメイトの飼い猫の画像を見ていた時、王子谷が可愛いと言って微笑んだ。
その猫が羨ましかった。

「・・・かわいいって」

思いの外拗ねたような声になって、姫野は急に恥ずかしくなる。
対する王子谷は、目を丸くして驚いていた。

「俺、言ったことなかったか?」
「ないよ!全然ない!いっつも文句ばっか言うじゃん」
「悪かった。当たり前すぎて口に出していなかった」

すまない、と頭を下げられる。

「・・・いつから?」
「え?」
「いつから僕のこと好きだったの?」

ストレートな姫野の質問に、一瞬詰まった王子谷だったが、ポケットから携帯を取り出してカバーを外した。
中から小さな紙を取り出すと姫野に差し出す。
それは、初めて剣道の試合を見に行った時に撮ったツーショットだった。
中学に上がったばかりの二人は、まだ子供っぽさが残っている。

「ちょっと!持ち歩くならもっとかわいい写真にしてよ!」
「お前に可愛くない瞬間があるわけないだろ!」
「なにそれ!?だからそう思ってんなら毎分毎秒かわいいって言えよ、ばーか!」
「そんなの無理に決まってる、時間が足りないだろう」

2人の喧嘩は、幼稚な口喧嘩からどんどん惚気に発展していく。
意外なカップル誕生に最初は祝福モードだった観客たちも、終わらない2人のやりとりに困惑し始めていた。


長内は大きくため息をつくと「誰か、マイク貸せ」と指示する。
会永がすぐさま自分のマイクを持って、長内の元に馳せ参じる。
長内は剣城に縄を解かせて、会永のマイクを奪い取り『かいさーん』と叫んだ。

『えーっと、投票結果の発表がまだなんですが・・・』
『あー、あれだ、あれ。みんな違ってみんな良いってやつ。Ωの生徒諸君!どんな巣でも相手を想って作れば、それが最高の巣だから!自信を持つように!以上!』
どう収拾をつけようか、と戸惑う穴井を置いてきぼりにして、長内は無理矢理まとめて終わらせる。
会永が片膝立ちのまま拍手を送り、ソレに同調するように拍手が広がって終演の雰囲気が流れた。
長内は会永にマイクを返すと、解放された腕で大きく伸びをする。

「あー終わった終わったぁ。かえるぞ、喜録。剣城ーーは、岸屋んとこ行ってこい」
カメラを構えて2人の痴話喧嘩を撮影している岸屋を見て、長内が剣城の背中を押す。
「長内くーん!俺は誘ってくれないのー?」
長内は会永の声を無視して、この茶番劇の舞台を後にした。



本日誕生したバカップルに、これ以上巻き込まれないよう祈りながら。
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