ドラゴンの言霊を巡る物語

しづクロ

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前編

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レダ・シュトレインの人生はついていない。

生まれて間もなく、人の言葉より先に魔獣の言葉を理解した。
それを気味悪がった親から捨てられて以来、1人で生きてきた。

赤子の時は野良の魔獣が世話を焼いてくれたが、ある程度大きくなると、レダを保護する魔獣はいなくなった。
そこからは、親切な大人や利己的な大人を利用して生きてきた。
10代の初めには傭兵の真似事をし始め、それが性に合って現在も続けている。
魔獣の言葉がわかる特技を活かして、小型の魔獣を追い払ったり、ドラゴンのような大型獣を宥めたり、騙し討ちにして狩りを行ったり、そこそこ名が知られるようになっていた。
・・・・のだが。



******



事の発端は5年前。

雇われ傭兵として、郊外の害獣駆除の仕事をしていた頃。
その時は、暴走するメスドラゴンの対応に当たっていた。
ドラゴンのような知性の高い魔獣なら、交渉してお帰りいただくのだが。
そのドラゴンは言葉が理解できないほど錯乱し暴れていた。
手を焼いたレダは、彼女を駆除することを決断した。
ブレスを吐き、周囲のものを焼き尽くさんとする彼女を剣で薙ぎ倒す。
レダの剣には雷撃魔法の効果を付けているので、ドラゴンは衝撃波で吹っ飛ばされる。
多くの木々を下敷きにして倒れ込んだドラゴンに素早く飛び乗る。
喉元に跨り、大きく剣を振りかぶると、喉をひと突きした。
ドラゴンの雄叫びが大きく長く響き渡り、振り落とされそうなところを必死で剣にしがみ付き、深く深く刺す。
血溜まりが大きくなって、叫び声が小さくなっていき、最後には荒い息づかいがするだけになった。
なかなか絶命しないドラゴンが苦しそうにうめく。
(早く楽にしてやりたい)
レダは、周囲に人がいないことを確認すると、能力を使うことにした。

レダには魔獣と会話できる他に、もう一つ持っている特技がある。
それは、手から不思議な炎を出すというもので、温度のない炎は塵も残さず触ったものを跡形もなく消失させる。
消失したものがどこにいくのか、レダにもわからない。
役に立つ場面の少ない力だし、人からは気味悪がられるので、滅多に使うことはない。

手のひらが強く発光して白い炎に包まれる。
炎を移すようにドラゴンに触れると、炎はどんどん大きくなり、ドラゴンを包み込んでいく。
炎がドラゴンの体を覆いつくすと、荒く苦しそうな息づかいが穏やかなものに変わっていく。
ドラゴンはゆっくりと目を開き、レダを見た。その目が大きく見開かれた。
今まで焦点が合わず、理解し合える気配すらなかったが、表情が落ち着きを取り戻し、会話できそうな雰囲気がして、レダは思わず声をかけた。

「おい・・・・」

と、その瞬間。
ドラゴンの体から光る文字が螺旋状に放たれ、レダの体に巻き付いた。
レダはぎょっとしてドラゴンの体から手を離そうとするが、体が石のように動かない。
そのうちドラゴンの体が炎と共に粒子になって消えていく。
ドラゴンを包む炎が消えた後、レダに巻き付く文字も消えてなくなってしまった。



その後、ドラゴン駆除の報奨金をもらい、次の害獣駆除に向かう日常を送っていたのだが。
「やっぱり・・・勃たない」
あれ以来、喉に圧迫感を感じるようになり、味覚も鈍くなってしまった。
ついには、自分のモノが勃起しなくなった。
仕方なく、魔術や呪いを専門に扱う魔術医に相談に行くことにした。

「言霊の呪いやも知れぬな」

魔術医の老婆は、古い本を片手に言った。

「解けるのか?」
「難しいじゃろう。言霊の呪いは太古の技法でな。
今じゃ使えるものもおらんじゃろうて」
「どうすれば解ける?」
「解呪の条件が揃えば呪いは解ける。
言霊の呪いは、呪いというても伝書鳩にされるようなものでな。
伝えたい言葉を対象者に届ける魔術じゃ。
対象者に会えば自然と解けるじゃろう」

(殺される間際の伝言なんて。
人間への復讐の依頼とか、人間への恨み言だろうか。
いずれにしろ、ろくなモンじゃねぇことは確かだ)

勃起不全も、もしかしたら子孫を残させないという、怨念のような伝言に引きずられているのかもしれない。
レダは思わずため息をついた。
(とにかく、ドラゴンに会えば、何かわかるかもしれない)
そう考えたレダは、ドラゴンを探すことにした。




*****




こうして、レダのドラゴンを巡る旅が始まったのだが、予想以上に難航した。

ドラゴンに会えることなど、そうそうないため、魔獣に声をかけて足掛かりにすることにした。
久方ぶりに魔獣へ話しかけるが、長年彼らの声を無視して駆除し続けた代償か。
死臭がする、と逃げられてしまい話もできない。
仕方なく、出会い頭に一撃した後、捕縛して用件を伝えるが、なかなか取り合ってもらえない。
そこで人間と友好関係を築いているエルフやドワーフ、フェアリーにも尋ねてみるが、ドラゴンが独自のネットワークで動いているせいか、収穫はない。

困り果てていた時、逆さ吊りにしたサラマンダーから変わり者のドラゴンの話を聞いた。
そのドラゴンは、人間を研究するのが趣味で、200年以上、人型で生活しているという。
どこに住んでいるのかまではわからなかったが、人間社会に溶け込んで暮らしているなら、何か仕事をしているのかもしれない。
魔術師、魔導士や薬師、錬金術師など、思い当たる節に聞いてまわる。
すると、とある薬師が、珍しい薬草を持ち込んでくる男のことを教えてくれた。
男は190cmを超える長身で、ローブに身を包んでおり、人相はわからないが、肌が真っ白で鱗のような肌をしているのだとか。
男がよく来る日を教えてもらい、店の向かいで張り込んでいると、薬師の言っていた容姿の男が現れた。

「よぉ、お兄さん。ちょっといいかい?」
「金なら持っていないぞ」
「カツアゲじゃねぇよ、話を聞きたいだけだ」

店を出たところで声をかけると、警戒心全開で返される。

「言霊の呪いって知ってるか」
「・・・くだらないことを聞くのだな。子供が一番初めに学ぶ呪いだ」

(太古の魔術と言われているものだぞ?)
今まで聞いた中で、一番良好な反応を受けて期待が高まる。

「アンタ、それ解けるのか?」
「自分でかけたものならな。他人が施したものを解けるわけなかろう。常識を知らん奴だ」

暗にバカだと言われて癪にさわったが、グッと堪える。

「俺はレダ。言霊の呪いを受けちまって、解除方法を探しているんだ。力を貸して欲しい」
「かけた者を探すんだな、それしか方法はない」

男は、用は済んだというように歩き出した。
レダは慌てて後を追う。

「かけた奴は死んだ・・・もうこの世にはいない」
「では、伝言相手を探せ。それで解放される」
「それが誰かがわからないから困ってんだよ。なぁ、他に方法はねぇのか?」
「ないな」

男は歩くスピードを落とさず、バッサリと言い切る。
レダは小走りになって男の前に回り込み、行手を阻んだ。

「じゃあ、伝言相手を探す方法はあるのか」

何か手掛かりを掴むまでは逃さない、というレダの強い意志を感じ取ったのか。
男は面倒くさそうにため息をつくと、レダを見つめ返した。

「・・・私に何か見返りがあるのか」
「今アンタが困っていることで、俺にできることがあるなら協力しよう」

男は、もう一つため息をつくと、「ついて来い」と言って歩き出した。



*****



男が向かったのは、森の中にある簡素な家だった。
そこが男の生活拠点らしい。

男がローブを脱ぐと、真っ白な鱗肌のスレンダーな身体と、白銀の長髪が現れた。
この世のものとは思えない、信仰心の強い者が見たら“神様だ“と言い出しそうな姿だった。
思わず凝視していると視線を感じたのか、男がこちらを振り返った。
レダは慌てて視線を落とす。

「お前の力になるにしても、私では役不足かもしれんな」

男は自嘲気味に笑うと、頭の上を撫でた。
そこには、長髪に隠れてしまうくらい短い角があった。

「100年ほど前に不注意で角を折ってしまった。これでは能力の半分も使えない。
久しく獣型に戻れていないから、他のドラゴンを訪ね歩くのも難しいだろう」

(人型で暮らしていたのは、自分の意思じゃなかったのか)

「それでも、アンタはドラゴンなんだろう?
俺に呪いをかけたのはドラゴンだった。
同族だからこそ、わかることがあるかも知れない」

根拠はないレダだったが、目の前のドラゴン以外に頼れるものはない。
このドラゴンに縋るしか道はないのだ。

「俺の呪いを解いてくれるなら、
アンタの角が元に戻るように協力するぜ」



******



ドラゴン男・ヨルムドは、ドラゴンになら伝言相手がわかるだろう、と言った。
ただ、今のヨルムドにはわからないという。
ヨルムドが、協力してくれるドラゴンを探してくれることになった。


連絡を待つ間、レダはヨルムドの家に居候することになった。
ずっと1人で生活してきたので、他人がいる生活に最初は戸惑った。
それはヨルムドも同じだったようで。
衝突することも多かったが、だんだんと、お互いのいい距離を見つけていった。

「おい、ヨルムド!飯にすると言っただろ!机の上片付けろよ」
「今やると言った」

〈口うるさい奴め、忌々しい〉
〈口が悪いお前よりマシだろ〉

ドラゴンの言葉で言われた嫌味に、同じ言葉で返すと、ヨルムドは目を丸くして驚いていた。
その顔がなんとも滑稽で、レダは思わず吹き出した。

〈ドラゴンの言葉を操れるのか〉
〈魔獣の言葉を理解できるからな、似たようなもんだろ〉
〈そうか。それは、・・・すごいな〉

初めてヨルムドから褒められたレダは、反応に困って頭を掻いた。


*****


生活を共にして思ったが、研究しているだけあって、ヨルムドは人間の暮らしに詳しかった。
だからと言って、友好的な態度をとって円滑に交流を図っているか、と言われればそうとは言い難い。

「なんで人間を研究してるんだ。別に人間が好きってわけでもなさそうなのに」
「番のためだ」
「番?お前パートナーがいるのか」
「あぁ、この世界のどこかにな」

レダが首を傾げると、ヨルムドが語り始める。

「300年近く前のことだ。
なかなか番に巡り会えない私は、大樹へ予言を授かりに行った。
そこで、私の番は『種族の違う、太陽の子である』という予言を受けた。
以来、私は人間や他の魔族に化けて生活している」

まぁ、最近は戻れなくなっていただけだがな、と皮肉な笑みを浮かべる。

「まだ会えていないのか?」
レダは、死んでいるんじゃないか、という言葉を飲み込んだ。

「まだな。私は諦めるつもりはない。死ぬ間際に顔を拝めたらそれで満足だ」

ヨルムドはまだ見ぬ番に思いを馳せているのか、遠くを見つめた。
その表情は見たこともないくらい穏やかで、愛おしむような眼差しをしている。
300年も1人の相手を探し続ける執念と愛情に、レダは怖気を感じた。



*****



ヨルムドとの生活にも慣れ始めた頃、一頭のドラゴンから会っても良いという返事がきた。

指定された森の奥地へ向かうと、赤銅色のドラゴンが一頭現れた。
おどおどと落ち着かない様子のドラゴンは、レダを見てびくりと大きく身体を震わせると、木の陰に隠れてしまう。

「デジレ」

ヨルムドが声をかけると、デジレと呼ばれたドラゴンは、ホッとしたように駆け寄ってきた。

「き、きみ、ヨルムドかい?獣化してないから、わからなかったよ。
それにしてもオーラが薄いね、身体は、大丈夫なのかい?」
「色々あってな。今は人型のままで失礼するよ」

デジレは、ヨルムドにドラゴンの気配を感じ取れず、不安そうに観察した。

「警戒心の強い君から返事が来るとは、意外だったが・・・そうか」

ヨルムドは1人納得したようにデジレを見つめる。
デジレは視線を落とすと、ヨルムドの目を避けるように前で手を組んだ。

「手紙で伝えた通り、この人間は言霊の呪いを受けている。伝言先がわかるか?」
「もちろん、わかるよ・・・。でも。君、本当にわからないのかい?」
デジレは、レダをじっと見つめた後、チラリとヨルムドを伺う。

「手紙の通りだよ。今はとある実験中でね、力を封じている」
「相変わらずの研究好きだね」

ここに来る前、ヨルムドから自分が角を折ってしまったことは口外しないで欲しいと念を押された。
人間の自分にはあっさりと伝えたくせに、何を今更と思ったが、
『ドラゴンは個人主義だ。互いの弱みは決して見せない』と言われて納得した。
ドラゴン界の常識なら、ドラゴンの言い分に従っておいた方がいい。

「相手は誰だ?」

ヨルムドの質問にデジレは答えない。
ただ、じっと何かを待っていた。


風が強くなってきた。
強い風の音と木々が擦れる音がレダたちを囲んでいた。
彼らの間には、異様な緊張感と沈黙が流れていた。

「・・・デジレ。何を連れてきた?」

沈黙を破ったのは、ヨルムドだった。
レダも気になっていた。
風の音に紛れる、たくさんの息遣いを。
自分たちを取り囲む、無数の視線を。
デジレはビクビクしながら後退り、レダたちから距離をとった。

「ご苦労だったな、デジレ」

デジレの対面から現れたのは、1匹のオークだった。
オークは、簡易な甲冑を身につけており、ならず者というより戦士のような身なりをしていた。

「やはり、我々を謀ったのか」
「そう責めてやるな、デジレは俺に雇われただけだ」

そういうと、オークは胸元から赤い宝石を取り出すと、デジレに向かって投げる。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

投げられた宝石をキャッチしたデジレは、謝りながら飛び立っていく。

『ドラゴンは個人主義』を身を持って知ることになるとは。
レダは自分の運の無さを嘆いた。

オークはレダを見ると目を細めて睨んだ。

「そこの人間、お前は俺の兄を殺した。覚えているか?」
「さぁてな。星の数ほど殺してきたんで、わからんな」

煽っているように聞こえるが、真実なので仕方ない。

「兄は俺たちの希望だった。人間に侵された村を奪い返す力があったのに」
「悪いが俺も雇われの身でね、文句は雇い先に言ってくれや」
「落とし前はつけてきた」

オークは大きな鉈のような武器を構える。

「お前を殺せば終わる。お前を殺して、俺は兄に代わっておさになる」
「世代交代のお披露目会ってか?」

(なるほど、周囲の連中が出てこないのは、観戦してるからか)

「ちょうどいい、身体が鈍って困ってたんだ」

レダは、剣を抜くとオークに対して構えた。

「ヨルムド、手を出すなよ」
「言われずとも、そんなつもりは毛頭ない」

2人の間に風が吹く。
オークがレダに向かって鉈を大きく振り下ろす。
レダはそれを避けると、体勢を低くしてオークの脇に入り、斬りつけようとするが、オークに蹴り飛ばされる。
身を丸めて地面を転がったレダは、次のオークの動きに備えて剣を構えた。
オークが鉈をレダの方向へ振り下ろすと、かまいたちのような風の刃が発生した。
レダが、襲ってきた風を避けた先にいたヨルムドは、2歩横にずれてそれを避ける。
風の刃は、ヨルムドの横にあった木に大きな傷をつけた。

「魔獣殺しになれているな」

オークが構えを崩さず言う。

「伝言を受けた、そのドラゴンも殺しただろ」
「だとしたら?」

オークが突進しながら鉈を横に振り抜く。
レダはオークを飛び越え、振り向きざまに剣を振るう。
オークがその剣を鉈で受け止める。

「ドラゴンよ、コイツはドラゴン殺しの悪党だ。お前の首も狙っているぞ」

動揺を誘おうというのか、オークはヨルムドに向かって叫んだ。
腕を組んで木にもたれて観戦していたヨルムドは、興味なさげに答えた。

「この男が多くの命を奪っているのは知っている。
だが、それはこの男だけではない」

それに、とヨルムドは続けた。

「生まれ出たものは、いずれ尽きるもの。
この世のことわり 則のっとり死を迎えただけのこと。
何を恨む必要がある」

剣が離れると、オークは力任せにレダに向かって何度も鉈を振り下ろした。
力で押されるレダは、剣で受け止めることしかできない。
どんどん体勢を崩して、膝をついてしまった。
剣を落としたレダに、オークの鉈が振り下ろされる。
レダは、地面についた手で土をつかむと、オークの顔面に叩きつけた。
素早く剣を握ると、怯んだオークに突き刺した。
大きな叫び声をあげて、オークが倒れ込む。
急所を突かれたオークは、しばらく痙攣した後、動かなくなった。

周囲から地響きのような咆哮が轟いた。
その叫びはしばらく続いたが、波のように消えていった。

レダは、周囲を警戒し観戦客が出てくるのを待ったが、彼らはそのまま去っていった。
これが、長おさになれなかった魔獣の最後なのか、とレダはオークの亡骸を見つめた。

「後ろだ!馬鹿者!!」

ヨルムドの叫びとレダが振り返ったのは、ほぼ同時だった。
1匹のオークが放った矢は、レダの前に立ちはだかったヨルムドに命中する。
バランスを崩したヨルムドにのしかかられて、2人して倒れ込んだ。
その隙に、2匹のオークが現れ、死んだオークの亡骸を回収していく。

「おいっ!何してんだ!しっかりしろ!!」

自分が庇われたことに動揺したレダが、ヨルムドを見ると、彼の方が驚いた顔をしていた。
傷は小さく、急所を外されているのに、みるみるうちに衰弱していく。
毒か、それとも呪いか。
レダには判別がつかず、どうすることもできない。
苦しそうに、ヒューヒューと喉を鳴らすヨルムドは、死を悟ったのか。
止血しようと傷口を押さえているレダの手に触れる。
そうして目を閉じて、苦しさを紛らわすようにその時を待った。

「ヨルムド、・・・すまねぇ」

せめて安らかに逝けるように。
レダは、傷口を抑えていた手に力を込めた。
手のひらから白い炎が燃え広がり、ヨルムドの身体を包み込む。

「・・・!?なんだ、これは」

いつもなら、炎が包み込んだモノは、火の粉と共に粒子になって空へと消えていくのだが。
炎は消えることなく燃え広がり、レダの体まで覆ってしまった。
よく見ると、レダからヨルムドへ炎が吸い上げられているようだ。
ヨルムドの身体が炎を吸収していくと、流れ出ていた血は止まり、そしてーーーー。

「角が・・・・」

炎が吸い尽くされた後、ヨルムドの身体には立派な角が生えていた。





「どうなった?私は、生きているのか」
炎が消えてあたりが鎮まりかえると、ゆっくりとヨルムドが目を開けた。
痛みも苦しみも無くなった身体を触り、レダを見ると驚いたように目を見開いた。

〈キミが・・・〉

ヨルムドは呼吸を忘れたようにレダを見つめた。

〈キミが・・・そうなのか?〉

ドラゴンの言葉でそういうと、レダの頬に触れる。
レダが言葉の意味を聞こうとして口を開いた時。

勝手に口が動いた。

『貴方の番を見つけた』

それはレダの声ではなかった。
ハスキーな女性の声だった。
途端に、レダの体から光る文字が溢れ出して空へと消えていく。

言霊の呪いが解けたのだ。

「い、今のは・・・一体」

体が軽くなり、ずっと煩わしかった喉の違和感はなくなっていた。

「ナラヤ・・・私の姉だ。君に呪いをかけたのはナラヤだったのか」
「あの、ドラゴンが・・・」

ヨルムドが、自分が殺したドラゴンの身内だと知って、レダは身を固くして彼から距離を取った。
すると、ヨルムドが体を引き寄せてくる。

「なぜ離れる?」
「や、お前。俺はお前の姉貴を殺したんだぞ、何も思わないのか」
「ナラヤは病んでいた。番を失ってから狂気に狩られていた」

ヨルムドは何か思い出したのか、複雑そうに顔を顰めた。

「君が救ってくれたんだ、むしろ礼を言いたいくらいだ」

ヨルムドがレダを抱きしめる。
突然距離が近くなったヨルムドに違和感を覚えて、腕の中から逃れると不服そうな顔をされる。

「なぜ逃げる」
「聞きたいのはこっちの方だ!なんだよ急にベタベタしやがって」
「ナラヤの言葉を聞いていなかったのか。そんなバカなところも愛おしいが」
「あ゛あ?喧嘩売ってんのか?」

“貴方の番を見つけた"

(あの声の主はそう言っていた。
伝言相手がヨルムドであったことも驚きだが。
俺にそれを託した・・・ということは。いや、考えたくないが)

「番ってのは、まさか俺じゃないよな?」
「そのまさかだ。鈍感で間抜けなところも可愛く思えるから不思議だ」
「お前さ。罵りたいのか褒めたいのか、どっちかにしろよ」

ヨルムドは角を取り戻して完全体になったせいなのか、番フィルターを通してしか、レダを見れなくなっているらしい。

「もちろん、褒めているに決まっている」
「なら、お前下手すぎだよ」
「照れているのか?素直に喜べ」

ヨルムドに抱き寄せられて。
レダは傲慢な物言いに呆れながら、足を思いきり踏んづけた。
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