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二章〜冒険者は時に、資金稼ぎとして依頼も受ける〜

三十二話 大盗賊アンボス

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 宿で一泊し、次の日になったのでまたビヨンドを訪れた。
 店内は客から一人ーーロッドのみで、彼は呑気にモーニングを食して待っていた。

 昨日から思っていたが、依頼人として偉くえらっそうで呆れてしまう。
 依頼人ならやはり、依頼人らしく下手にいるべきだ。
 いや、下手も上手も関係なく、普通依頼を受けてくれたことに対して感謝の意くらい見せるべきだ。

「ーーおはようロッド。朝から呑気ね」

 私は皮肉混じりにそう挨拶してみる。

「何事も、素でいて成り立つのですよ」

「素ね……聞いている話とは別人格で私は困っていることに気づいてくれない?」

「作れと言うのですか? 人格を」

「期待を裏切った代償としてね。まあ、もう良いけど。それより早く行きましょうーー私はこの依頼をちゃっちゃと片付けたいのよ」

「そうですか、では行けましょう」

 ロッドはコーヒーを残したまま、またテーブルにお金を置いて店を出る。
 私達は後を追って外に出ると、ロッドは一人で郊外へ向かって歩き出していた。

「マジで腹立つ。殴っていいか、いや殴らせてもらっていいかなリリー?」

「落ち着きなさい。もう性格については気にしないようにしないとやってけないわ」

「あのう……私の家族は大丈夫なのか心配ですう」

 ベリアルが足を止め、小さく不安な声色を漏らした。

「……知らないわ。私達はあんたの家族のこと、何も知らないのよ当然でしょ?」

 辛辣とも思えるが、本当のことをベリアルに言うと小さく頷いて歩みを再開する。
 私達はロッドの背につき、街を出る。
 街を出て少し歩くと確かに森がそこにはあった。

 しかし、入り口からして生活痕が一切無い。
 誰かがここ数日踏み入った形跡が無いのだ。
 不自然過ぎると察した私とシュートは、警戒心を強め魔力で結界を張った。
 
「入りますかーー」

「そうね」

 ロッドは私にだけ微笑むと、森の中へ入っていく。
 一応、道はある。ちゃんと整備されている道ではなく、獣道が。
 私の後ろにベリアル、そしてシュートと一列に並んでおく。

 ベリアルを守ることもまた私の役目だ。
 シュートはこの森に入ってから、剣をいつでも抜けるように柄を握ったまま。
 やはり来た……私達に、安心安全の普通は無い。

「……ねえ、ロッド」

「どうしましたか」

 森の中腹辺りに着き、私は思わずロッドの服を掴んで止め、声を掛けてしまった。

「面白くないことを聞いてもいい?」

「どうぞ、面白いことでも何でも」

「……ここ、本当にゲット・アポンス・シティー郊外の森、鬼族の住む村がある森で間違いないのよね?」

「と、言いますと?」

「誰かが山を降りたり、登ったりした形跡が、ここ数日……いや、もっと言えば数週間以上無いんだけど。どう言うことか説明してくれる?」

「……さあ、分かりませんね。私は街から出ないーー」

「嘘つかないでくれる?」

 ロッドの言い訳を遮ると、眉がちょっと動いた。 

「嘘ついてるのバレバレよ」

「……人間、嘘をつかずに生きていけますか?」

「付くべき時と付いてはいけない時を、弁えた上での嘘ならね、つかずに生きていけるわ。ただあんたの嘘はーー付かなくてもいいような嘘を、付くべき時に間違って付いているらよ。言いなさい、この森はーー何処の森?」

「…………はあ」

 ロッドはため息を吐くと、眼鏡を外してレンズを拭いて掛け直す。
 如何にも嘘くさい、無駄な動きだった。

「何処の森かって、そりゃここは郊外の森ですよ。鬼族は基本、決めた住処から出てこない。食料は畑で野菜、米、肉は狩りーーそうして生計を立て、そして街に降りてくるのは上位の者のみ。それが鬼族の習性ですが……ねえ、ベリアルさん」

 ロッドに振られ、ベリアルは一瞬驚いたが頷いた。
 ーー話しが少しばかり、おかしい。
 鬼族も街に降りると聞く。それに、ここには鹿の一匹も居ない。
 動物が居ないのなら、肉は買いに街へ降りてこなくてはならない。

 鬼族の習性が実際そうだったとしても、矛盾している部分があるならやはり、この森はおかしい。
 そう、例えるなら別の森をコピーしたような感じだ。
 
「さあ、先に進みーー」

「ええ、そうね。なら先に進みましょうか」

「道は分かっているのですか?」

 私がロッドの前に出てみせると、少し焦りを見せた。
 森もおかしいが、この男も十分おかしい。

「分かってるわ。そうね、右ね!」

「そっちは違いますが?」

「良いのよ、行けるものーーほら、幻影魔法有効範囲外にね?」

「…………」

 私はあえて、道のない草村に足を踏みれた。
 すると、私達が居たはずの森の景色はすっかりと無くなり、平野が現れた。

「へ、平野……?」

「で、でもこの場所には確かに森があったですう」

「どうなってんだ」

「……ハハッ! フハハハハハハッ!! リリーさん、あなたが私の嘘を見破り一人で幻影魔法の有効範囲外に出ることはお見通し済みでしたよ。ですから二重掛けしたのですよ」

「あんた……何者?」

 ロッドは素早く私達に振り返ると、両手を天に向けて突き上げ、笑った。
 私とシュートが臨戦態勢に入り、ベリアルを背に回すとロッドは服を脱ぎ捨て宙に投げた。

 するとそこにはーー大男。
 右目を閉じて傷を負っている男ーー指名手配犯アンボスと一致した。
 
「俺はアンボス、大盗賊。俺は変装を得意とし、そして幻影魔法の使い手」

「幻影魔法で威張るのは、幼稚園児のすることと教えてあげる」

「肝が座っているな娘。普通は、正体を明かせば瞳孔開いて固まるのだがな」

「そう? 私が瞳孔開けて固まる時は世界滅亡の時くらいよ。それに、途中からあんたがロッドでない可能性を実は脳の片隅に置いて会話していたのよね」

 そう、私が驚かずにすぐに臨戦態勢に移れたのは、予想ができていたからだった。
 ロッドとは対象的な性格であってくれて、助かった。
 性格まで完全にコピーされていたら、私は気付けなかった。

「勘が良いのか、観察力と調査能力が長けているのか。どっちにしろ、無駄なことだーーお前達はここで死ぬ。つまり、幻影の中で誰にも見つけられず骨となる」

「それはどっちかしらねーー骨どころか、土に還ることになるわよアンボス」

「お前達のことは知っている。闘技場で大暴れしたリリーとシュート。いや、シュートではなくアリアータとかいう小娘がアルラーネを倒したのだったな。さてさて、それを知った上で俺が戦うと言う意味を理解しているな」

「……もちろんよ」

 アンボスは私達の噂を耳にしていながらもやけに強気だ。
 謎だーーまた謎だらけだ。
 アルラーネとアルバータとは違い、絶対的優位にある者が強気であることと訳が違い、その反対でもあるのに、何故アンボスはこうも強気に……。

 私は魔法陣を展開しておき、いつでも三人同時に移動できるようにしておく。
 そうでもしないと、ベリアルを守れない。
 ただ、ここに来てベリアルがお荷物ーーなんて言いたくはないが、そう言うしかない。
 宿にでも置いてくるべきだったと後悔する。

「ーー来い」

「シュート!」

「おう! ーー風車!!」

 シュートは駆け出すと、すぐに宙へ飛び回転を付けた。
 何回ても回るにつれ、速度は増す。

「死ねや!!」

「ーー雑魚い!!」

「なに!?」

 しかし、アンボスは右腕一本でシュートを止めた。

「ーーちっ! なんだありゃ!」

 後退したシュートは、舌打ちする。
 たった一回の攻撃では、何も得れる情報が無かったようだ。
 と、なればアンボスは多分ーー防御型戦闘を得意としていてそれに特化している。
 だから私達の見たことない、珍しい魔法か何かで防いだはず。

「次は私が行くわーー憤怒の鉄槌!!」

「……! 良い攻撃だ!」

「これも防ぐ……のねっ! …………もしかしてーー」

 魔法陣をシュートとベリアルの元に残したまま、私は別の魔法陣を展開してそこから大きな鉄槌を取り出して攻撃してみた。
 また右腕一本で防がれ、私は後退する。

 自分で攻撃してみて、なんとなく分かった気がした。
 アンボスの防御は、魔力を感じられないがその代わりに波動を感じた。
 波動をぶつけて攻撃を跳ね返している可能性が高い。
 ただそれには、それだけ強力な波動を生み出す生まれ持った素質が必要となる。

 アンボスは、完全に進む道を外れた。
 冒険者になればそれこそ、もっと強くそして有名になれただろうにーー。
 彼こそが、本当の宝の持ち腐れと言われるに相応しい男だった。
 
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