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第十三章 過去

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 眩しい光に包まれた後、ハヅキくんは病院の一室で目が覚めたらしい。
 目の前には、お腹の大きなお母さんが気持ちよさそうにベットで眠っていた。繋がれた点滴は痛々しかったけれど、寝顔が幸せそうだったと、思い出しながら優しく微笑んだ。
 声がなかなか出てこなくて、ようやく震える声で「お母さん」と一言発することが出来ると、寝ていたお母さんがゆっくり目を覚ましたそうだ。

「病室には誰もいなくて、まだ明るい時間だし、親父は仕事なんだろうと思った。多分、俺のことは見えていなかったと思う。だけど、話せたんだよ。なんか、お腹の中にいる俺と寝ぼけて勘違いでもしたんじゃないかな。大事そうにお腹に向かって、俺が話したことに、全部、答えてくれた」

 ハヅキくんの足取りがゆっくりになるから、自然とみんなもゆっくりと高見公園までの階段を進む。

「どうしてお母さんは病気なんだ、とか。俺を産むことで病気が悪化するかもしれないんだぞ、とか。俺なんか産まなくてもいいから病気治せ、とか。お母さんに生きてほしいから伝えにきたのに、それ全部に首を振るんだ。俺のためじゃないって。自分のために俺のことを産むんだって。だから、俺はなんも心配いらないって。お父さんと仲良くしてねって……」

 グッと握られた拳が震えている。きっと、泣くのを必死に我慢しているのかもしれない。

「親父がしっかりしてないからイライラするんだよ。なんであんなやつと結婚したんだよって聞いたら、お母さんのことを、一番愛してくれたからだって。だから、俺のことも必ず愛してくれる。俺のお父さんは世界一優しくて、強くて、頼り甲斐があるんだって、お母さんが保証するからって、言われた……」

 消えそうになっていく声に不安になる。キカくんとアオイくんも心配そうに振り返ってハヅキくんのことを見守っている。
 泣いていると思っていたハヅキくんが顔を上げると、その顔は泣いてなんかいなくて、歯を見せてニカっと笑った。

「俺の親父は寂しがりやらしい。絶対にひとりぼっちにすんなってさ。俺を守ってくれるのは親父だから、親父を守ってあげられるのは、俺の役目だって。ずっと、俺が親父からお母さんのこと奪ったんじゃないかなって、俺が産まれなければよかったんじゃないかなって、思ったりしていたんだ。お母さんは、ずっと俺と親父のこと見守っていてくれるって言ってた。俺が生まれたことで、お母さんが生きた証になるんだって。だから、俺、これからは生まれてきてよかったって思うことにする!」

 晴れやかなハヅキくんの笑顔に、キカくんもアオイくんも、あたしも笑顔になった。
 自分のことよりも大切な人のことを思う優しい人。ハヅキくんのお母さんは、やっぱり素敵な人なんだと思った。

 ハヅキくんを産んで、しっかりと抱き止めたその夜、病状が悪化したお母さんは、次の日には帰らぬ人となったって、ハヅキくんは寂しそうに呟いた。
 きっと、ブランコでハヅキくんが泣いていたのは、それを知っていたからだったのかもしれない。

 病室に立った時に、懐かしい匂いがしたって、ハヅキくんが言っていた。
 きっと、生まれた時に感じたお母さんの温もりを知っていたから、それを、思い出したんじゃないかな。
 あたしがこの町の冬の寒さも、春の暖かさもなにも感じなかったのは、それを知らないからだと思った。ハズキくんには、お母さんとの思い出が、生まれた時にちゃんと感じられていたんだ。

 それを思うと、キカくんは少しでも冬の寒さを感じていたのかもしれない。それなのに、半袖短パンであの大雪の中を歩いていたのかと思うと、考えただけで身震いしてしまう。どんなに寒いのかは経験がないから分からないけれど。
 ようやくたどり着いた高見公園。
 枝垂れ桜の木の下に、また、あの男の子が立っていた。

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