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第七章 アオイくんの思い
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しおりを挟む ベタウン子爵の居城には、大浴場があって、しかも源泉掛け流しだった。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
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