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第一章 はじまり
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お昼ご飯をご馳走になってから、パパと一緒に洋さんの書斎にお邪魔した。
縁側を通ると、さきほど強くなった雨はだいぶ弱まって、見上げた空には灰色の雲から所々青が見えた。障子戸を引いて中に入る。畳の部屋の壁に棚があって、隙間なくびっしりと並ぶ本。重厚な机に社長が座っていそうな立派な椅子があって、洋さんはさっき会った時にはかけていなかったメガネをしてそこに座っていた。
あたしが入ってきたことに気がつくと、ずらしたメガネの縁から目を覗かせて、洋さんが無言のまま手招きをする。
「ミナに読んでほしい本があるんだって」
「え……」
パパの耳打ちに胸が弾む。
ゆっくり洋さんのそばまで近付くと、メガネをはずして手にしていた本をあたしに差し出してくれた。それは、小さな文庫本だった。
「この町には、秘密があるんだ」
「……え?」
急に、それまで無言だった洋さんがあたしをまっすぐに見つめて話し出した。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
急に、窓が開いているわけでもないのに、あたしの横を突風が通り抜けた気がした。
「この本には、実在する場所が書かれているんだ。完結しているんだが、どうも私には気に入らない。この本を、過去の私に返してきてほしい」
「……え?」
真剣に真っ直ぐあたしのことを見て話す洋さん。だけど。
え? 過去の洋さんに返してきてほしい? どういうこと? 詩人の言うことは、やっぱり難しい。
混乱してしまってパパの方を振り返ると、パパも困ったように笑っているだけ。ほら、パパもなんのこっちゃと思っているよね?
返答に困っていたあたしの手に本を持たせて、洋さんは「頼んだ」と言ってゆっくり立ち上がり、部屋から出るようにと障子戸を開けた。
リビングに戻ってきて、パパに「どういうことだろう?」と聞いてみても、パパは困ったように首を傾げるだけ。
「洋さんはパパよりもミナに用事があったみたいだね。とりあえず、その本読んでみなよ」
そう言われて、頷いた。
あたしとパパ用の部屋として用意してもらえた一間で座布団に座り、本を持った腕をテーブルに伸ばす。そして、手にしていた本を開いて見た。
すっかり晴れた空には日差しが戻り、すぐ裏の杉林にいる蝉が鳴き始めた。扇風機の生ぬるい風を浴びながら、額に滲んでくる汗も気にならないほどに、あたしは一行目から本の世界観に魅了された。
縁側を通ると、さきほど強くなった雨はだいぶ弱まって、見上げた空には灰色の雲から所々青が見えた。障子戸を引いて中に入る。畳の部屋の壁に棚があって、隙間なくびっしりと並ぶ本。重厚な机に社長が座っていそうな立派な椅子があって、洋さんはさっき会った時にはかけていなかったメガネをしてそこに座っていた。
あたしが入ってきたことに気がつくと、ずらしたメガネの縁から目を覗かせて、洋さんが無言のまま手招きをする。
「ミナに読んでほしい本があるんだって」
「え……」
パパの耳打ちに胸が弾む。
ゆっくり洋さんのそばまで近付くと、メガネをはずして手にしていた本をあたしに差し出してくれた。それは、小さな文庫本だった。
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「……え?」
急に、それまで無言だった洋さんがあたしをまっすぐに見つめて話し出した。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
急に、窓が開いているわけでもないのに、あたしの横を突風が通り抜けた気がした。
「この本には、実在する場所が書かれているんだ。完結しているんだが、どうも私には気に入らない。この本を、過去の私に返してきてほしい」
「……え?」
真剣に真っ直ぐあたしのことを見て話す洋さん。だけど。
え? 過去の洋さんに返してきてほしい? どういうこと? 詩人の言うことは、やっぱり難しい。
混乱してしまってパパの方を振り返ると、パパも困ったように笑っているだけ。ほら、パパもなんのこっちゃと思っているよね?
返答に困っていたあたしの手に本を持たせて、洋さんは「頼んだ」と言ってゆっくり立ち上がり、部屋から出るようにと障子戸を開けた。
リビングに戻ってきて、パパに「どういうことだろう?」と聞いてみても、パパは困ったように首を傾げるだけ。
「洋さんはパパよりもミナに用事があったみたいだね。とりあえず、その本読んでみなよ」
そう言われて、頷いた。
あたしとパパ用の部屋として用意してもらえた一間で座布団に座り、本を持った腕をテーブルに伸ばす。そして、手にしていた本を開いて見た。
すっかり晴れた空には日差しが戻り、すぐ裏の杉林にいる蝉が鳴き始めた。扇風機の生ぬるい風を浴びながら、額に滲んでくる汗も気にならないほどに、あたしは一行目から本の世界観に魅了された。
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