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第八章 気の持ちよう
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しおりを挟む「ねえタイジさん?」
「ん? どうしたい」
「さらわれてきた女たちが、どこに連れて行かれるか知りませんか?」
「さらわれてきた女たち?」
「ええ。化け物たちの生贄のために街の外から連れてこられた女たちです。僕の……、大事な人が、その中にいるのかも知れないんです」
「うーーーん……」そう言ってタイジさんは頭をひねった。「あんまり詳しくはねーがな、そいつらは恐らく平城宮の方だと思う。ここいらをうろつく化け物が口にするのは街の住人だ。そもそも化け物ってーのは、頭が良くねえ。こちらが嘘をつけば、簡単に騙されて姿を消しちまうくらいだ。街の外から生贄を連れてこさせるような知恵はねえ。だがあそこにいるのは別もんだ。人を騙し、弱みに付け込み、人の心を操ってしまう。それどころか、同じ仲間の化け物でさえ、馬牛のような扱いでいいように使う。羅城門にいた衛士を見ただろう。あいつらだって人間だ。ここから逃げ出したいに決まってる。あいつらだけじゃなく、ここに住む住人はみんなだ。だがそうさせないのが奴らだ」
太陽が西に傾くと、タイジさんはまだ明るいうちから家の鍵をかけ、入り口と言う入り口を塞ぎ始めた。
「おいあんたら、中に入りな」タイジさんにそう言われたが、スサノオは「俺たちが中に入っちゃ戦えんよ。気にすんな、俺たちゃ外で過ごす。化け物たちの様子も見たいしな」と言って笑った。
タイジさんはしぶしぶと言った感じで僕たちを外に残したまま家の最後の入り口を塞いだ。
「で、これからどうするつもり?」僕は聞いた。
「まあ、化け物たちの出てくるのを待つさ」そう言ってスサノオは畑の隅の木陰で寝転がった。
僕は少し外の景色を見て見ようと通りに出てみたが、やはりタイジさんと同じようにみんな家に籠っているのか誰の姿も見つけることはできなかった。
昔テレビで観た西部劇映画のワンシーンのようだった。荒くれ者に襲われる街。みんな家々に身を隠し息を潜める中、街を歩く一人のガンマン。なーんて、できすぎじゃないか。と、僕は自分を笑った。
本当にこんな静かな場所で、スサノオでもかなわないような大きな戦いが起きると言うのだろうか。
僕はそんなことを考えながら色の薄くなった空を見上げた。
と、何かが聞こえたような気がして通りに目をやった。
シャン……、シャリーン……。
僕はまだ家のすぐ外にいた。
スサノオはまだ起きる様子はない。
何の音だろう?
小路から少し歩き、大通りに顔を出した。
シャーン……、シャリーン……。
やはり鈴の音だ。
けれど正体が見えない。
それは遠く、風に乗って聞こえてきた。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャンッ!!!
音が止まったその先を見ると、いつの間にやら僕のすぐ五メートルほど目の前に、鈴の付いた杖を持つ一人の坊主がこちらを向いて立っていた。
僕は目を凝らし、坊主の顔を見た。
近くなのによく見えない……、いや、違う。
坊主には顔が無かった。
あるはずの目も鼻も口も、のっぺらとした皮膚だけに覆われた顔だった。
「どうしましたかい?」と坊主はあるはずのない口で言った。
僕はあっけにとられ、何も言えなかった。
「どうしましたかい?」坊主はまた聞いた。
僕は背中に背負った天叢雲剣に手をかけた。
「どうしましたかい!?」坊主はそう聞きながら僕に近づいてきた。
「どうしましたかい!?」「どうしましたかい!?」「どう! しましたーかい!!!」
坊主は近づけば近づくほど背丈が伸びて巨大になり、僕の目の前に迫る頃には首がなくなり目鼻のない顔は胴と直接つながり三メートルはあろうかと言う巨大な化け物に変わっていた。
僕は驚きのあまり後ろに倒れそうになる反動を利用して大きく飛びのくと、そこにできた間合いに天叢雲剣を構え、突き上げるように坊主の腹に突き刺した。
が、坊主は一瞬怯んだ様子を見せたものの、苦しむ様子もなくまた「どーう、しーましたーかーい!!!」と聞いてきた。
「あっはっは! なんだ和也、もう始めてるのか!」と後ろでスサノオの声がした。
僕は「まあね!」と返事を返し、今度は天叢雲剣を自分が回転する反動を乗せて横に振るった。
天叢雲剣は坊主の体を半分は引き裂いたはずなのに、坊主はやはり何事もなかったかのように「どーおうしーまーしたーかーーーい!!!」と妙に間延びした口調でそう尋ねてきた。
「和也、それじゃあ駄目だ! 何度やっても切れねーよ!」
「じゃあ……、どうすればいいんだい!」僕は何度も天叢雲剣で坊主に切り込んだ。
だが坊主は一向に切れる様子はない。
それどころかさらに大きくなり、今では家の屋根より大きな化け物になっていた。
そして身のこなしは遅かったが、大きな手を振り上げ、僕を叩き潰そうとでも言うようにその手を振り下ろしてきた。
「自分を信じろ!」
「どこかで聞いたよ!」
「そうじゃない! 和也、お前さんはいつまで自分はただの子供だと思い込んでいるんだい!」
だって、だってそうじゃないか。
僕は一体じゃあ、何者だって言うんだい。
「心の疑念は隙となる」コトネの爺様の言葉が思い出された。
坊主が振り上げた右手は思わぬ動きを見せ僕の体を叩いた。
体がふわりと宙に浮き、横の家の壁に叩きつけられた。
「いいか、見てろ!?」そう言うとスサノオは、持っていた剣を構え、左の足を踏み込むと同時に坊主の横っ腹を切り裂いた。それはどう見ても僕より遅い動きだったし、剣先がほんのかする程度の攻撃でしかなかった。
けれど坊主はのけぞるように苦しみの声をあげ、後ろに倒れるとそのまま消し飛んでしまった。
スサノオの持つ剣からは、キラキラと金色の光の粒のようなものが舞っていた。
「今のいったい、どうやったんだい?」僕は聞いた。
「何もしていないさ。ただ俺は、神の力を持っている。それだけだ」
「そんなの、僕にどうしろってんだい」
「わかんねーやつだなあ。それを信じろと言ってるんだ」
「また言うの? 僕が神の力を持っているって」
「わかってんじゃねーか」
いったいどうやって、そんなことを信じればいいと言うんだろう。
「何を信じるか、何を信じないか、これは和也自身の問題だ。俺がいくら説明しようが説得しようがどうにもできるもんじゃねえ。だがな、もう気づき始めているだろう。少なくとも、今まで信じてきた自分とは何かが違うくらいには思っているはずだ」
「まあね……」
「それと一つだけ言えることがある。和也が自分の力を信じなければ、お前さんはこれから大事なものを守るどころか、自分の命さえ守ることができねえ。そのことから目を逸らしちゃいけねえぜ」
美津子……、僕は美津子を守らなくちゃいけない。
でも、このままでは駄目だと言うのかい?
僕は今、目の前に現れた化け物を倒すことができなかった。
それは僕が、自分の力を信じることができなかったから。
じゃあ、じゃあ、自分の力を信じることができれば、倒すことができたの?
スサノオのように、普通の剣であっても倒すことができたの?
どうすれば……、どうすれば僕は自分の力を信じることができるんだ。
いったい……、どうすれば。
「ん? どうしたい」
「さらわれてきた女たちが、どこに連れて行かれるか知りませんか?」
「さらわれてきた女たち?」
「ええ。化け物たちの生贄のために街の外から連れてこられた女たちです。僕の……、大事な人が、その中にいるのかも知れないんです」
「うーーーん……」そう言ってタイジさんは頭をひねった。「あんまり詳しくはねーがな、そいつらは恐らく平城宮の方だと思う。ここいらをうろつく化け物が口にするのは街の住人だ。そもそも化け物ってーのは、頭が良くねえ。こちらが嘘をつけば、簡単に騙されて姿を消しちまうくらいだ。街の外から生贄を連れてこさせるような知恵はねえ。だがあそこにいるのは別もんだ。人を騙し、弱みに付け込み、人の心を操ってしまう。それどころか、同じ仲間の化け物でさえ、馬牛のような扱いでいいように使う。羅城門にいた衛士を見ただろう。あいつらだって人間だ。ここから逃げ出したいに決まってる。あいつらだけじゃなく、ここに住む住人はみんなだ。だがそうさせないのが奴らだ」
太陽が西に傾くと、タイジさんはまだ明るいうちから家の鍵をかけ、入り口と言う入り口を塞ぎ始めた。
「おいあんたら、中に入りな」タイジさんにそう言われたが、スサノオは「俺たちが中に入っちゃ戦えんよ。気にすんな、俺たちゃ外で過ごす。化け物たちの様子も見たいしな」と言って笑った。
タイジさんはしぶしぶと言った感じで僕たちを外に残したまま家の最後の入り口を塞いだ。
「で、これからどうするつもり?」僕は聞いた。
「まあ、化け物たちの出てくるのを待つさ」そう言ってスサノオは畑の隅の木陰で寝転がった。
僕は少し外の景色を見て見ようと通りに出てみたが、やはりタイジさんと同じようにみんな家に籠っているのか誰の姿も見つけることはできなかった。
昔テレビで観た西部劇映画のワンシーンのようだった。荒くれ者に襲われる街。みんな家々に身を隠し息を潜める中、街を歩く一人のガンマン。なーんて、できすぎじゃないか。と、僕は自分を笑った。
本当にこんな静かな場所で、スサノオでもかなわないような大きな戦いが起きると言うのだろうか。
僕はそんなことを考えながら色の薄くなった空を見上げた。
と、何かが聞こえたような気がして通りに目をやった。
シャン……、シャリーン……。
僕はまだ家のすぐ外にいた。
スサノオはまだ起きる様子はない。
何の音だろう?
小路から少し歩き、大通りに顔を出した。
シャーン……、シャリーン……。
やはり鈴の音だ。
けれど正体が見えない。
それは遠く、風に乗って聞こえてきた。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャリーーーン……。
シャーン……、シャンッ!!!
音が止まったその先を見ると、いつの間にやら僕のすぐ五メートルほど目の前に、鈴の付いた杖を持つ一人の坊主がこちらを向いて立っていた。
僕は目を凝らし、坊主の顔を見た。
近くなのによく見えない……、いや、違う。
坊主には顔が無かった。
あるはずの目も鼻も口も、のっぺらとした皮膚だけに覆われた顔だった。
「どうしましたかい?」と坊主はあるはずのない口で言った。
僕はあっけにとられ、何も言えなかった。
「どうしましたかい?」坊主はまた聞いた。
僕は背中に背負った天叢雲剣に手をかけた。
「どうしましたかい!?」坊主はそう聞きながら僕に近づいてきた。
「どうしましたかい!?」「どうしましたかい!?」「どう! しましたーかい!!!」
坊主は近づけば近づくほど背丈が伸びて巨大になり、僕の目の前に迫る頃には首がなくなり目鼻のない顔は胴と直接つながり三メートルはあろうかと言う巨大な化け物に変わっていた。
僕は驚きのあまり後ろに倒れそうになる反動を利用して大きく飛びのくと、そこにできた間合いに天叢雲剣を構え、突き上げるように坊主の腹に突き刺した。
が、坊主は一瞬怯んだ様子を見せたものの、苦しむ様子もなくまた「どーう、しーましたーかーい!!!」と聞いてきた。
「あっはっは! なんだ和也、もう始めてるのか!」と後ろでスサノオの声がした。
僕は「まあね!」と返事を返し、今度は天叢雲剣を自分が回転する反動を乗せて横に振るった。
天叢雲剣は坊主の体を半分は引き裂いたはずなのに、坊主はやはり何事もなかったかのように「どーおうしーまーしたーかーーーい!!!」と妙に間延びした口調でそう尋ねてきた。
「和也、それじゃあ駄目だ! 何度やっても切れねーよ!」
「じゃあ……、どうすればいいんだい!」僕は何度も天叢雲剣で坊主に切り込んだ。
だが坊主は一向に切れる様子はない。
それどころかさらに大きくなり、今では家の屋根より大きな化け物になっていた。
そして身のこなしは遅かったが、大きな手を振り上げ、僕を叩き潰そうとでも言うようにその手を振り下ろしてきた。
「自分を信じろ!」
「どこかで聞いたよ!」
「そうじゃない! 和也、お前さんはいつまで自分はただの子供だと思い込んでいるんだい!」
だって、だってそうじゃないか。
僕は一体じゃあ、何者だって言うんだい。
「心の疑念は隙となる」コトネの爺様の言葉が思い出された。
坊主が振り上げた右手は思わぬ動きを見せ僕の体を叩いた。
体がふわりと宙に浮き、横の家の壁に叩きつけられた。
「いいか、見てろ!?」そう言うとスサノオは、持っていた剣を構え、左の足を踏み込むと同時に坊主の横っ腹を切り裂いた。それはどう見ても僕より遅い動きだったし、剣先がほんのかする程度の攻撃でしかなかった。
けれど坊主はのけぞるように苦しみの声をあげ、後ろに倒れるとそのまま消し飛んでしまった。
スサノオの持つ剣からは、キラキラと金色の光の粒のようなものが舞っていた。
「今のいったい、どうやったんだい?」僕は聞いた。
「何もしていないさ。ただ俺は、神の力を持っている。それだけだ」
「そんなの、僕にどうしろってんだい」
「わかんねーやつだなあ。それを信じろと言ってるんだ」
「また言うの? 僕が神の力を持っているって」
「わかってんじゃねーか」
いったいどうやって、そんなことを信じればいいと言うんだろう。
「何を信じるか、何を信じないか、これは和也自身の問題だ。俺がいくら説明しようが説得しようがどうにもできるもんじゃねえ。だがな、もう気づき始めているだろう。少なくとも、今まで信じてきた自分とは何かが違うくらいには思っているはずだ」
「まあね……」
「それと一つだけ言えることがある。和也が自分の力を信じなければ、お前さんはこれから大事なものを守るどころか、自分の命さえ守ることができねえ。そのことから目を逸らしちゃいけねえぜ」
美津子……、僕は美津子を守らなくちゃいけない。
でも、このままでは駄目だと言うのかい?
僕は今、目の前に現れた化け物を倒すことができなかった。
それは僕が、自分の力を信じることができなかったから。
じゃあ、じゃあ、自分の力を信じることができれば、倒すことができたの?
スサノオのように、普通の剣であっても倒すことができたの?
どうすれば……、どうすれば僕は自分の力を信じることができるんだ。
いったい……、どうすれば。
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