今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ

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第六章 ハヅキくんの反抗期

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 部屋で少し寛いでから、あたしはお風呂場に向かった。
 途中、薄暗い廊下から飛び出してきた二つの影に、思わず声をあげそうになる。

「ミナ、ミナ。こっち!」

 小声で呼んでいる影が、キカくんとハヅキくんであることに気がついて、どくどくしている心臓を服の上から掴んで二人の顔をしっかり確認した。

「風呂上がったら、俺の部屋で作戦会議するからっ、絶対こいよ!」

 大人たちはリビングでまだ談笑しているから、小声で念を押すように言われて、あたしは頷いた。作戦会議という言葉がやけに魅力的に聞こえた。

 お風呂から出て、肩までの髪を急いで乾かす。まだほてった体でキカくんの部屋をめざした。
 あたしの部屋とは反対側。玄関前の階段を登って、ニ階の左側の部屋がキカくんのお部屋らしい。
 そっと襖戸を引くと、待ち構えていたように二人が振り向いて手招きをする。

「そこしっかり閉めろよ」

 襖戸をガラガラとしっかり閉めて、ハヅキくんとキカくんのために敷かれた布団の上に一緒に座った。手書きの地図のようなものが置かれていて、それを囲うように覗き込んだ。

「とりあえず、明日は高見公園までこの最短ルートで登って、そこから俺らの町をミナに説明する。次の日は大橋、線路、で、夏休み入ったら大橋でアレをやる」
「……アレ?」

 自信に満ちたような表情をするキカくんに、あたしは首を傾げた。

「線路を走り抜けるんだ」

 腕を振って走るふりをするキカくん。ハヅキくんは少しだけ暗い表情をしている。

「俺はさ、別に過去も未来も興味はないんだ。ただ、本当に飛べるのかってことだけは興味がある」

 ワクワクと目を輝かせるキカくん。

「ハヅキは過去に行きたいんだよな」

 ニコッと笑いながらキカくんがハヅキくんの顔を覗き込むと、戸惑うような顔つきで小さく頷いた。

「俺、母親の顔を見たことがないんだ。俺を産んですぐに死んじゃったから。一回くらい、会えたらいいなぁって……思って」

 さっき、珠恵さんから聞いたハヅキくんのお母さんのこと。とても優しくて綺麗な人だったって。
 そうだよね、会いたいよね、会えるんだったら。

「なんだよ、ミナ。暗くなるなよ。別に母親が恋しいとかそんなんじゃない。だって、俺にはいなくて当たり前だったから。だけどさ、親父がなんかことある度にクヨクヨしてて、情けなくなってくるんだよな。俺には親父しかいないのにさ、もっと自信持ったらいいのにって思う。腹が立つからぜってー言わないけど」

 ため息を吐き出すハヅキくん。そっか、お父さんのことが嫌いであんな態度をとっている訳じゃないんだ。

「じゃあ、過去に行って、お母さんからお父さんに一言もらって来なくちゃね」
「え、あ、ああ、そうだな。確かにそれはいいかもしれない」

 きっと、お父さんとも仲良くなれるきっかけが出来そうだ。

「その前に、本当に過去や未来になんて行けるの?」

 そもそもの話になってしまって申し訳ないけれど、聞かずにはいられない。妄想なんていくらでも出来てしまうから、現実とごちゃ混ぜになってしまうとよく分からない。

「それを試すんだろうが。よし、じゃあとりあえずまた明日! 解散!」

 地図やら細やかな文字やらが並んでいたノートを閉じて、片手をあげたキカくん。

「おやすみー!」
「おやすみ」

 寝る直前まで元気なキカくんに圧倒されながら、あたしは部屋を出た。

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