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第十一章 夢物語
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今日も蝉は朝早くから忙しなく鳴いている。日が昇るのは早いし暑さで目が覚めてしまうのは、向こうと同じ感覚のような気がする。
あたしとお父さんの寝ている部屋にはエアコンはなくて扇風機のみ。今年は全国的に通年よりも暑い夏になると、天気予報で毎日のように言っていた。
町の花火大会は八月十六日。まだまだ日にち的には余裕がある。キカくん達が一学期を終える修了式の日に、一度みんなで集まって作戦を立てる。学校が終わったら、キカくんちに集合する約束をしていた。
みんなが帰って来るその前に、あたしは洋さんに「過去に行って本を返してくる」と言うことを伝えるつもりだ。
洋さんが書いたこの本は、この町が大好きな一人の少年が古い線路を魔法の言葉を唱えて渡って、未来へと飛ぶお話。
未来で見たのは、おじいちゃんになってもずっとこの町で幸せに暮らしている自分の姿。安心して戻ってきた少年は、その後も幸せに暮らしていた。
だけど、本当は過去にやり残したことがあって、飛びたかったのは未来じゃなくて過去だったと気がつく。後悔している魂が、いまだにこの町を彷徨い続けていると書かれて物語は終わっている。もしかしたら、この物語には続きがあるのかもしれない。
障子戸越しに、洋さんに呼びかけた。
「洋さん、入っても良いですか?」
中からカタンっと小さな物音がしてから、しばらくしてゆっくりと戸が開いた。
「入れ」と、言葉にはしないけれど優しく目元が緩んで微笑むから、あたしは「お邪魔します」と頭を下げて、中に入った。
日陰になっている奥の部屋から、涼しい風が中へと吹き込んでくる。
もちろん洋さんの部屋にもクーラーはない。だけど、外からの葉っぱや土の香りが風といっしょに運ばれてきて、涼しさを感じる。あたしはその空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
椅子の背もたれに体を預けるように座ると、洋さんがこちらをじっと見るから、あたしは手に持ってきていた本を見せた。
「この本に出てくる少年って、洋さんのことですよね?」
洋さんはあたしから目を逸らさない。無表情が、なにを考えているのか全然分からない。ようやく口元の髭に手を当てて撫でるように触ると、洋さんが目元を緩ませて微笑んだ。
「物語の主人公は、誰でもなれるわけじゃない」
あたしから手元の本へと視線を移した洋さんは、そばに置いてある籐で出来た揺り椅子に座るように手を向けるから、流れるままあたしはクッションの敷かれた揺り椅子にそっと座った。
「私はね、それを書いた時、自分が主人公になったつもりでいたんだ」
少し、寂しそうにした洋さんは、なにかを思い出しているのか、なんとなくキカくんと面影が重なる。
あたしとお父さんの寝ている部屋にはエアコンはなくて扇風機のみ。今年は全国的に通年よりも暑い夏になると、天気予報で毎日のように言っていた。
町の花火大会は八月十六日。まだまだ日にち的には余裕がある。キカくん達が一学期を終える修了式の日に、一度みんなで集まって作戦を立てる。学校が終わったら、キカくんちに集合する約束をしていた。
みんなが帰って来るその前に、あたしは洋さんに「過去に行って本を返してくる」と言うことを伝えるつもりだ。
洋さんが書いたこの本は、この町が大好きな一人の少年が古い線路を魔法の言葉を唱えて渡って、未来へと飛ぶお話。
未来で見たのは、おじいちゃんになってもずっとこの町で幸せに暮らしている自分の姿。安心して戻ってきた少年は、その後も幸せに暮らしていた。
だけど、本当は過去にやり残したことがあって、飛びたかったのは未来じゃなくて過去だったと気がつく。後悔している魂が、いまだにこの町を彷徨い続けていると書かれて物語は終わっている。もしかしたら、この物語には続きがあるのかもしれない。
障子戸越しに、洋さんに呼びかけた。
「洋さん、入っても良いですか?」
中からカタンっと小さな物音がしてから、しばらくしてゆっくりと戸が開いた。
「入れ」と、言葉にはしないけれど優しく目元が緩んで微笑むから、あたしは「お邪魔します」と頭を下げて、中に入った。
日陰になっている奥の部屋から、涼しい風が中へと吹き込んでくる。
もちろん洋さんの部屋にもクーラーはない。だけど、外からの葉っぱや土の香りが風といっしょに運ばれてきて、涼しさを感じる。あたしはその空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
椅子の背もたれに体を預けるように座ると、洋さんがこちらをじっと見るから、あたしは手に持ってきていた本を見せた。
「この本に出てくる少年って、洋さんのことですよね?」
洋さんはあたしから目を逸らさない。無表情が、なにを考えているのか全然分からない。ようやく口元の髭に手を当てて撫でるように触ると、洋さんが目元を緩ませて微笑んだ。
「物語の主人公は、誰でもなれるわけじゃない」
あたしから手元の本へと視線を移した洋さんは、そばに置いてある籐で出来た揺り椅子に座るように手を向けるから、流れるままあたしはクッションの敷かれた揺り椅子にそっと座った。
「私はね、それを書いた時、自分が主人公になったつもりでいたんだ」
少し、寂しそうにした洋さんは、なにかを思い出しているのか、なんとなくキカくんと面影が重なる。
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