待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ

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第四章 夢の見つけ方

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 マンデリンがおばあちゃんの代わりみたいにいたり、誰もおばあちゃんがいなくなったことに、いつまでも悲しんだり、落ち込んだり、ひきずったりしなかったから、なんだか、まだそこに居るんじゃないかって思ってしまっていたけど、おばあちゃんはもう、いないんだ。
 小さく吐き出した息が、苦しい。

「そよ、ちゃん?」
「……あ、ごめんね。ちょっと、トイレ」

 なんだか泣きそうになって、慌てて席を立った。湧き上がってくる悲しみに負けないように、教室を出て前に進む。
 マンデリンを抱えたまま、私はこの前理穏くんと話をした特別教室に繋がる渡り廊下までくると、立ち止まった。
 無意識に止めていた呼吸をようやく吐き出し、思い切り空気を吸い込んだ。瞬間、一気に涙が溢れ出てくる。拭っても拭っても、拭いきれない。

 窓枠に立って、街並みの見える方向を向いた。景色なんて歪んで何にも見えない。空の青さに雲が滲んでいるように感じるだけ。上を向いても、涙は溢れてはこぼれ落ちていく。
 おばあちゃんの思い出話なんて、しようと思えばいくらだって出来る自信がある。だけど、私にはそれを共有できる友達はいない。
 おばあちゃんがいてくれたことが、私の救いだったこと。友達がいなくて、どうやったら馴染めるのか悩んで、それをいつもそばで聞いてくれていたおばあちゃん。
 だけど、おばあちゃんは、もういない。
 当たり前のことなのに、ずっと忘れていた。ううん、考えないようにしていた。
 だって、おばあちゃんは私に「待つノ木」を託したんだ。だから、おばあちゃんみたいに、今度は私が「待つノ木」を続けていきたいって、漠然と思った。
 なにをどうすればいいのかなんて何も分からないけど、それでも「待つノ木」は続けていきたいと、続けなきゃいけないと思ったから。

 でも、おばあちゃんがいなきゃ、やっぱり私は、ダメかもしれない。無理かもしれない。無理だ。無理だよ。私なんかには。

「そーよーちゃんっ!」

 ぽふんっとおでこに何かが当たった。
 痛くはない。だけど、ハッとして我に返った。
 涙で歪んだ視界の中に、波打って見えるマンデリンの顔面ドアップ。

「落ち着いてぇー」

 トントンと肩を前足で叩きながら、私を励ますように優しく言ってくれる。

「よーしよしよし」
「マンデリン……」
「なぁに?」
「マンデリンは、おばあちゃんじゃないんだよね?」

 マンデリンが、おばあちゃんだったらいいのに。そんな甘えが過ったから、つい聞いてしまう。

「私はマンデリンよ。そよちゃんが付けてくれたんじゃない。気に入ってるの、この名前」

 やっぱり、おばあちゃんが編みぐるみのマンデリンとして生きているわけではないんだと、再確認してガッカリする。そんなの、聞かなくたってわかっていたことだ。聞いて勝手にガッカリしているんだから、マンデリンにだって申し訳ない。

「そんなに気負わないで。待つノ木はゆっくりでいいのよ。まずはマスターがなんとかするんだから。そよちゃんはゆっくり、今の生活に慣れていきましょう。あの子達、とっても良い子たちじゃない」

 うん。それはもう最初から分かってる。
 浜崎さんも、村上さんも、竹山さんも、みんな良い子たちだ。私が深く関わろうとしないだけで、みんな優しいし、話しかけてくれるし、気にかけてくれる。

「あ、ほら、あのかぐやちゃん!」
「え」

 キランっと一瞬煌めく星を頭上に光らせ、くるみボタンの瞳が一際大きくなった。

「あの子のおばあちゃんが叶さんの親友って話、それがもしも本当で、そよちゃんもかぐやちゃんと親友になれたら、孫の代まで親友になれるほど仲良しってことでしょう? それって、すごくない? ねぇ、すごくない?」

 迫り来るマンデリンの顔に、口元が引き攣るのが分かった。

「あら、ごめん。ちょっと嬉しくて興奮し過ぎちゃったわ」

 すぐに私から離れると、マンデリンはこほんっと咳払いをして照れているようだ。
 なんだか、なんであんなに泣いていたのかと呆れてしまうくらいに涙はぴたりと止まっていた。
 マンデリンがピョンっと飛び跳ねて私の目の前に止まると、ふわふわの前足を目元にチョンッと置く。

「こんなに腫れちゃって。そよちゃんに涙は似合わないわ。いつも心と顔にスマイルを。そよちゃんのペースで、よ」

 くるみボタンが片目だけパチンと細くなる。気持ちが軽くなる気がして、私は笑顔で頷いた。

 教室に戻ると、みんなが心配そうに待っていてくれた。

「あ、えっとごめん、ね」
「ごめんはうちらだよ」
「……え」

 座って食べかけだったお弁当に手を伸ばすと、みんなが「ごめんね」と謝ってくる。
 話の途中で席を立ったのは、私の勝手なのに、どうしてみんなまで謝るんだろうと不思議に思っていると、浜崎さんがどこか戸惑いながら話し始めた。

「そよちゃんが出て行った後に、和久先輩が訪ねて来てね、そよちゃんを探してたから状況を話したら、教えてくれたの。そよちゃんのおばあちゃん、亡くなったばかりだって」
「ごめん、なんかそよちゃんの気持ちも知らないで無神経に話しちゃってて」

 みんなの表情がどんどん暗くなっていく。
 知らなかったんだから仕方ないことだ。みんなは全然悪くないのに。気にしなくて良いのに。私のことは放っといても大丈夫なのに。どうして。

「……なんで、そんなに優しいの?」
「だって、友達を悲しませるのは嫌じゃん」

 当たり前とでも言うように、竹山さんが笑う。

「優しいとかじゃないって。知らなかったとは言え、知ったら謝るでしょ。ってか教えてもらえて良かったし」

 村上さんも頷き合って、またいつものお昼の雰囲気に戻っていく。

「あ、それで、和久先輩からは連絡きた?」
「え……」
「さっきいないって分かったら、メッセージ送ってみるって言ってたから」

 浜崎さんに言われて、私はポケットに入れっぱなしのスマホを取り出した。
 メッセージが十二件。
 なにこれ!? 来すぎでは!?
 すぐに開いて見ると、短い文で綴られたいくつもの文字を見るに、私を探しているからすぐに連絡をよこせと言うことらしい。
 とりあえず、返信と思って文字を打ち込もうとして、またメッセージが入った。

》授業終わったら駅で待ち合わせな

 打ち込むのが早い。と感心してしまいつつ、返信の言葉を打つ。

《分かりました

 何かあったのだろうかと思いながらも、理穏くんの行動にはいつも驚きしかないから、もうなるようにしかならないと諦めている。
 もしかしたら、和久さんと話ができたのかもしれない。

「やっぱり和久先輩と付き合って……」
「ないよ」
「ないかぁー」

 だから、なんでそんながっかりするんだろう。反応が目に見えてわかるから笑ってしまう。

「あ、そよちゃん笑ってる。良かったー」
「うん、そよちゃんはやっぱ笑顔がかわいい」

 みんなが優しいから、私もそれに甘えても良いのだろうか。

「あ、ありがとう……かぐや、ちゃん。村ピちゃん、り、り、浜崎さんっ」
「ええ!? そこ頑張ってよ!」

 ガタンッと椅子から崩れ落ちる勢いで浜崎さんが突っ込むから、みんなで笑った。

「りららん、ざんねーんっ」
「もう、りらでもいいよー?」
「……じゃあ、りらちゃん」
「うんうん、いいね、そうしよ」

 満足気に頷くりらちゃんに、かぐやちゃんと村ピちゃんも頷いてまた何気ない話題が始まる。
 居心地がいいって、なんか幸せ。
 待つノ木の私専用のあの場所は、いつも静かで落ち着いていて居心地が良いと感じていたけど、ここはなんか、すごく明るくて楽しくて、居心地がいい。



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