待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ

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第二章 高校生活は普通でいい

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「え!? 和久さんの?」

 私よりも先に、マスターの方が驚いたのか唐突に声を上げた。

「あら、マスターも知らなかったの?」
「いや、子供がいることは聞いていたけど、まさかそよ葉と同じくらいの子がいるとは」

 信じられないと言った顔をして、マスターはコーヒーを口にした。

「だって、彼はまだ二十代じゃなかったかい?」

 考えるようにした後で、マスターがそう言うと、マンデリンは明らかに驚いているような表情で瞳を大きくさせている。

「まさか! 彼はもう四十を過ぎているわよ。確かにここへ通い始めた頃はまだ二十代初めだったと思うけど、マスターったらあの時から時が止まったままなんじゃないかしら?」

 ふふふとマンデリンはおかしそうに笑う。

「……いや、確かにそうかもしれないな。ここに居るといつまでも自分が歳を取らないような錯覚を覚える」

 優しい表情をしてコーヒーカップを見つめるマスターは、私から見たら白髪に白い口髭をきっちり揃えたおじいちゃんだ。でも、他で見るおじいさん達よりは遥かに若く見える。
 背筋もピンとして、シャツにベストを着て、寒い日にはジャケットを羽織る。ネクタイの代わりに付けられたループタイには金色の装飾が付いていて、子供の頃はそれに憧れていた。マスターは金メダルを付けているから凄い人なんだと。
 今でも変わらずに付けているけど、だいぶ年季が入ってしまっているからか、良い具合に金色が燻んでいる。

「確か、和久さんは美容室を営んでいたね?」
「そうよ。色々と苦労もあったみたいだけど、今は自分の趣味も始めて少し余裕が出て来た感じよね」

 私の知らない和久さんのことを思い出して、二人は穏やかに会話を進める。
 なんだか、いつものマスターとおばあちゃんの姿を見ているようで、胸がきゅっと苦しくなった。
 嬉しいけど、なんだか少しだけ寂しい。そんな感覚だ。

「で、なんだって和久さんの息子がうちに突然来たりしたんだい?」

 本題に戻ってマスターがマンデリンに尋ねるけど、「さぁ?」と他人事のようにマンデリンは首を傾げるだけ。

「え? マンデリン……ってか、おばあちゃんはあの彼とは会ったことあるの?」
「叶さんのことは、あたしは断片的にしか記憶が入ってないから、細かいとこまでは分からないけど、彼のことなら知ってる。会ったことがあるかとかは分からないけど」

 悩むポーズをとりながら、マンデリンは唸っている。私は彼と初めて会った時のことを思い出す。

「彼、ここには来たことがないのに、ここがなくなると困るようなこと、言っていた気がするんだけど」
「あら、なんでかしら?」
「……さぁ?」

 私が知るはずがない。彼のことだってまだよく分からないのに。

「まさか!?」

 突然、雷でも落ちたみたいな閃光がマンデリンを貫く。くるみボタンの目は昔の少女漫画みたいにまつ毛バサバサで白目をむいている。その表情のまま近づいてくるから、怖い。

「叶さん、もしや、和久さんと浮気していたんじゃ……」
「はぁ!? なんだって!?」

 ガタンッと勢いよく椅子から立ち上がったのは、マスター。両手をバンッとテーブルに打ち付けた反動で、カップの中のコーヒーが大きく波打ち、ソーサーに溢れた。

「だって、ほら。和久さんって割とマメに待つノ木通っていたでしょう? よく話していたのは叶さんとだし、マスターは彼の歳も子供のことも知らなかったじゃない。は!? ま、まさか、理穏くんは実は叶さんとの……子供!?」

 どこでどう間違えばそんな話になるのか。マンデリンの繋がりのない憶測に私が呆れていると、目の前のマスターはしっかりダメージを受けている。いや、そこ素直に受け止めちゃダメなとこ!

「って、んなわけないないっ!」

 ははははと悪気もなく笑うマンデリンに、恐怖を覚える。見た目がかわいいからってなんでも許されると思っているのではないだろうか。信じられないと言った顔つきでマンデリンの事を見ていると、こほんっと咳払いをして真面目な顔に戻った。

「その真相を確かめるためにも、そよちゃんと一緒に学校に行って、彼の行動を見てみたいのよ」

 真剣な顔をしているけど、体は正直なようでワクワクが溢れてジタバタと落ち着きがない。単に学校に興味があって行きたいだけに感じる。
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