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第二章 高校生活は普通でいい
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しおりを挟む入り口ドアの前の根雪を退かし、辺りの掃除をする。
マスターがもう気持ちを切り替えている、とは思わないけど、前向きにやっていこうとしているのは伝わってくる。私の言葉が、少しでもそうさせているんだとしたら、それはすごく嬉しいことだ。
入学式前に待つノ木にやってきた私は、初めてマスターからコーヒーを差し出された。
「そよ葉ももう高校生か。なんだかよちよちと歩き始めた頃が昨日のことのようなのに。早いものだな」
そっとテーブルにカップを置きながら、マスターは懐かしむみたいに目を細めている。
その頃の記憶は私には曖昧だ。だけど、待つノ木の香りはずっと変わらない。
「学校は少し遠いんだろう?」
「あ、うん」
「慣れない電車で通って通学するだけでも疲れるだろうから、待つノ木のことよりも、まずは自分の新生活に慣れることを優先しなさい」
優しく微笑んで、マスターはシュガーポットとミルクポットを並べて置いてくれた。
私がこれから通う高校を決めたのは、正直遠いからと言う理由のみだ。そして、同じ中学の同級生が一人も受験しなかったのもある。
人と話すことが苦手で、クラスでもずっと浮いていた。誰かに話しかけられても、返事をするだけが精一杯で、気持ちの中ではもっと話せば良かったかなとか思っているのに、結局私が話をしたところで、何も広がらないだろうなとすぐに諦めてしまっていた。
耳に聞こえてくる話題は次々変わるんだ。
私が答えを探しているうちに、みんなはもうその話題から別の話題に切り替わっていて、目まぐるしくて、ついていけない。
なにも言わずに、答えられる時だけ頷けばいい、そう思って毎日を過ごして来た。そしたら、必要以上は誰も私に話しかけなくなってしまって、周りのみんなは私がそういう子だって受け止めていたんだと思う。
「あらぁー! マスター! ダメよ、そよちゃんはシュガーミルクが好きなんだから!」
ぼうっとして、コーヒーにも手をつけずに考え事をしていた私のすぐ耳元から、突如声が聞こえて来た。
ビクッと体が震えて、右側に視線を送る。
視界に、プラプラと前後に揺れる白い……足? 肩に何かが乗っている。
「ああっ、コーヒーはまだ早いかい?」
「早いわよー! 段階があるんだから! いきなりこれは絶対にぶっぶーっよ!!」
慌てて戻って来たマスターが申し訳なさそうに私の肩の辺りに視線を向けている。
肩からふんわりと何かが飛び跳ねる感覚を感じると、コーヒーカップの横に華麗に飛び降り、姿勢良く立つのは、編みぐるみのウサギ。
コーヒーがカップの中で波紋を作る。
「ね! そよちゃんだって、今、なんでいきなりコーヒーなの? 信じられない! マスターったら何考えてるのかしら! もうっ、サイテーって思っていたんでしょ? あたしには分かるわよ、そよちゃんの考えていることはぜーんぶ」
相変わらずくるみボタンはマットな色合いで、口が動くことはないけど、腰に当てた前足と仁王立ちする姿勢に、なんだかドヤった感じを受ける。
しかし、私の考えていたこととは何一つ合っていない。
「……そ、そうなのか? そよ葉……」
明らかにガーンと額から数本の線を下がらせたような表情をするマスターの姿に、私は首を横に振ってそんなことはないと慌てる。
と、いうか、あれ? このウサギまだいたの?
目の前のウサギを凝視してしまっていると、今度は短い腕を組んで、シュガーポットの蓋に腰をかけた。
「そよちゃん、この前消えたはずのあたしがなんでいるんだろうって、思ったでしょ?」
ふふんっと顔を斜めに傾けて、自信たっぷりに言うけど、これはピンポイントで正解だ! だから、すぐに頷いた。
すると、ウサギはシュガーポットからピョンと立ち上がり、今度はもじもじと恥ずかしがるみたいに体をよじり始めた。
「マスターの、愛の力、よ」
「……愛?」
頬が赤らんでいるわけではないけれど、両前足を頬に当ててウサギがうつむき加減で言うから、どう見たってしおらしい恋する少女にしか見えない。
訳がわからずにマスターの方に視線を送ると、そちらも同じように頬に手を当てて、こちらは目に見えて頬が赤らんでいた。
え? なに? どういうこと?
疑問だらけで、ウサギとマスターを交互に見ていると、マスターが説明し出した。
「あれから店の片付けやら、また再開するための準備やらをしていたんだが、そよ葉のいつも座っているあの場所に、叶ちゃんのタンスとこのウサギが置いてあったのを見つけて、また叶ちゃんのことを思い出して泣いてしまっていたんだ……そうしたら、ウサギが突然動き出して」
マスターの話を聞きながら、頭の中で状況を組み立てていく。
小タンスの横に、座るように置かれていたウサギに、私が付けた名前「マンデリン」を思い出したマスターは、ふいにその名前を呟いたらしい。すると、ただの編みぐるみだと思っていたウサギが、突然背伸びをして動き出したみたい。
そして、ウサギの中にはおばあちゃんの記憶が所々残っているようで、マスターとの日々はより鮮明に覚えていたそう。ウサギと話すうちに、おばあちゃんがそばにいる気がして来て、これからも頑張ろうと、君のために頑張るからと、今一度マスターはおばあちゃん、もとい、編みぐるみのウサギに愛を告げたらしい。
そしたら、その後からウサギといつでも話せるようになったみたいだ。なんだか非現実なことによく分からなくなるけれど、もう何度も似たような経験をしてしまっているから、今更驚きもしないで呆然としてしまう。
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