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第十章 恋心
恋心
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あたしは砂遊びをする春一と千冬の方に歩いて声をかけた。
「何作ってるのー?」
「おぅ、なずな。千冬がお城に住みたいって言うから、作ってやったの」
そう言って両手を広げて見せてくれたのは、まぁまぁそれなりに大きめな三角の山。
「……それ、お城?」
「まぁ、見た目は山だけどな! どうだ? 千冬?!」
キラキラと少年の様に目を輝かせる春一に呆れるあたしだけど。
「ありがとう!! すっごく嬉しい! 可愛い。春一くんありがとう!」
眩しいほどに、春一以上に目を輝かせる千冬がそこにはいて、何の飾りも凝った作りでもないただの三角の山に、千冬は感激していた。
「ねぇねぇ、これトンネル掘ろうよ、春一くん」
「なにぃ? 城に穴を開ける気か?」
「ダメ? トンネルだよ?」
「まぁ、トンネルならいいか。じゃあ千冬はそっちな、俺こっち」
しゃがんで、初めはワンピースをかばっていた千冬だったけれど、次の瞬間膝をついてワンピースにもカーディガンにも砂がつくのも気にしないで、トンネルを掘り出した。あたしはそんな二人を子供を見ているような感覚になって微笑ましく思った。
隣に砂を踏む音が聞こえてきて振り向くと、光夜くんが手に花火のセットを持って戻って来た。
「千冬、楽しそうだな」
「うん、春一まで子供みたいにはしゃいでるし」
二人のことを見ながら笑うあたしの隣で、小さなため息が聞こえた気がして光夜くんを見上げた。
「千冬、ハルイチに会えるの楽しみにしてたんだ、ずっと」
「……え?」
二人を複雑な表情で見つめる光夜くん。あたしと同じように呆れるみたいに笑っていると思っていたけれど、なんだかその横顔は切なすぎて、胸が苦しくなる。
「ハルイチって小説家、春一なんだろ? 千冬、入院中に毎日小説読んでて。いつか、こんな恋愛してみたいって、ハルイチと、恋愛してみたいって言ってたんだ」
「え……?」
あたしは光夜くんから視線を砂遊びする二人に戻した。春一は相変わらず無邪気に砂を掘っているけれど、一方の千冬は、そんな春一のことを本当に楽しそうに嬉しそうに見つめている気もした。
「春一よりも、ずっと前から俺は千冬のそばにいるのに、あんなに心から笑ってる千冬、見たことなかった……」
「……光夜くん」
千冬を見つめる光夜くんの横顔。はしゃぐ二人を映す瞳が泣きそうで、眉根を寄せて苦しそうに笑うから、あたしは気付いたの。
光夜くんが、どんなに千冬のことを大切に想っているのか。こんなにも近くにいるのに、掴めない千冬の心を、ずっと見守り続けていたことを。これから先、報われることのない人を好きになってしまったことを。
あたしは光夜くんの気持ちに、どう声をかけてあげれば良いのか分からなかった。
ただ、同じように目の前の楽しそうな二人の姿を、見守ることしか出来なかった。
花火にはしゃいでいる千冬にも、そばで優しく見守っている光夜くんにも、あたしは苦しくなって、うまく笑えていないような気がして、きっと心からは楽しめていなかったのかもしれない。
*
「……ちゃん……な…ちゃん……なずなちゃんっ」
「ん……」
青ちゃんちに戻って来たあたし達は、いつの間にか寝てしまっていたようだ。はしゃぎ疲れて、リビングでのんびり話をしていたのは覚えている。あたしを呼び起こす千冬の声に、まだ眠い目をこすった。
「ちょっと話せない?」
「……うん」
ゆっくり立ち上がって、静かに青ちゃんの部屋の前を歩き、階段を登ってベランダに出た。風が少しだけ冷たい。空には掴めそうなくらいに、たくさんの星が瞬いていた。あたしも千冬も、首が落っこちるくらいに見上げていた。
「千冬、こっち。座れるよ」
「う……わぁーーーー!」
小声で感動の声を上げる千冬に、嬉しくなってあたしは微笑んだ。
「こんな綺麗な星空、久しぶりに見た気がする……感動するね……」
「あたしも。見慣れているはずなのに、いつ見ても、感動するよ」
しばらく二人で夜空に見とれてから、持ってきた薄い毛布を千冬と一緒にかけた。
「ねぇなずなちゃん、光夜くんの事、気になってるでしょ?」
「えぇ?!」
「シ――――!!」
いきなりなにを言い出すのかと思って、あたしは思わず大きな声が出てしまって、慌てて口に手を当てた。
「ふふっ。なずなちゃんって分かりやすすぎるよ」
お見通しと言うようにふわりと笑う千冬。小さくなってあたしは膝を抱えた。
「……わ、分かんないよ。何か変なの。心臓が跳び跳ねるような感覚だったり……名前を呼ばれたことが嬉しかったり。それだけ」
「それっ! ハルイチの小説にも書いてたよ! 恋をすると、胸の中の何かが崩れ落ちるような、跳び跳ねるような感覚になるって」
嬉しそうに話し出す千冬だけど、あたしにはこれが恋なのかどうかが、分からないでいる。
光夜くんがお店に現れた時は完全に不審者扱いをしていたのに、カメラマンのアシスタントとして再会した後の彼の印象は、百八十度違っていて、そのギャップにドキドキしているだけなのかもしれない。そもそも、光夜くんは千冬のことしか見ていない。それは、さっきの海で痛いほど感じた。
……痛い? って思うってことは、やっぱり少なからず気持ちがあるってことなのかな? いや。それは多分。気のせいだ。それよりも。
「……千冬こそ、春一の事……」
ずっと、気になっていたんだ。ためらいつつも千冬に聞いた。
「おっ! そこは鋭いねー! だけど、あたしが恋してるのは。ハルイチだよ」
「……それって、春一でしょ?」
「う~ん……春一くんって言えば春一くんだけど、あたしはハルイチなんだよなぁ」
首を傾げながらも、すぐに千冬はクスクスと笑って答えた。その答えにあたしは納得のいかないまま考え込む。
唸るあたしの横で、スッと、千冬が空に向かって手を伸ばした。
「掴めそうだねー」
「ほんと、こうしていると空に浮いているみたい」
「……うん、そーだね」
瞬く星空の下、あたしと千冬だけが宇宙に浮かんでいるような気にさえなってくる。
しばらく語り合って、少し冷えてしまった体を温めるためにキッチンでお茶を沸かして飲んでから、リビングに戻った。
ふかふかのマットレスの上に寝転がって、千冬に肌掛け布団を暑くない程度にかけてあげる。あたしも千冬も、それからすぐに眠ってしまったらしい。
*
頭の上を行き交う足音の気配に目を覚ますと、青ちゃんが千冬の周りを慎重に避けたと思えば、あたしをひょいっと飛び越えて玄関に向かって行った。
「青ちゃん早いな……ん? みんないない」
辺りを見渡すと、隣で小さくなって寝ている千冬以外に、春一も光夜くんも姿がない。
「あ、なずな起きたか? ちょっとこっち!」
廊下を通りかかった春一に小声で呼ばれて起き上がると、千冬を起こさないようにそっと布団から出た。春一について行って、お店に向かう。
「今日が何の日か分かってる?」
少し強い口調で聞いてくる春一に一瞬、「はて?」と悩むポーズをとり、直ぐ様目を見開いた。
「千冬のバースデー!!」
「ばかっ! 声がデカイよ!」
軽く頭をこつかれ、春一に肩を組まれて捕まった。
「マーメイドにケーキ予約してるから、取りに行ってきて!」
「え?! 今から?」
「そう! 後は俺らに任せろ!」
「う、うん」
あたしは春一に言われるがままに、急いで部屋で軽くメイクをして、バックを持った。外に出ると、朝の太陽が優しく照らしてくれた。
「んーっ! 朝って気持ちいいー!」
ぐんっと伸びをして、あたしは歩き出す。歩道の脇に並んで植えられたひまわりが、一斉に太陽目掛けて鮮やかに咲いている。
「マーメイド」までは歩いて十五分。この辺りでは有名な海の見えるレストランで、お持ち帰りのピザは絶品だ。料理はもちろんだけど、ケーキも焼き菓子も手作りでとても美味しい。
キィ――。木の擦れる音が響いて、カロンカロンと入り口ドアのベルが鳴る。足を進めると、窓一面に海が見えた。
「いらっしゃいませ」
「あ、すみません、ケーキの予約をしていた新堂ですが……」
「はいっ。出来ていますよ」
小柄な可愛らしい女性に対応してもらって、すぐに用意されていたケーキを受け取ると、店を出て来た道をまた戻った。
太陽はすでにてっぺんに到達してしまいそうなほど高く昇っていた。暑さに保冷剤をたっぷり入れてもらったとは言え、ケーキの箱が心配にはなるけれど、これからパーティーが始まると思うと浮き足立ってしまう。気持ちを抑えつつ、あたしは慎重にケーキを運んだ。
千冬の二十歳の誕生日。ケーキはこれでばっちりだし、きっと春一が美味しいごちそうを作ってくれているだろうし。バースデーと言えば、バースデープレゼント……
あれ、あたしプレゼント……用意してない?
自分の不甲斐なさにすっかり落ち込んでしまいながら、あたしは春一に玄関からじゃなくお店から入ってくるように言われていたのを思い出して、店のドアを開けた。
「おせーよ、なずな。オルゴール出来たぞ!」
「え? えっ!?」
ドアを開けた途端に、青ちゃんが笑顔でこちらに向かってくるから、あたしは驚いた。綺麗にラッピングされた箱を一つと、花の木箱がカウンターに並んでいる。満足そうに腰に手を当ててあたしの反応を待っている青ちゃんに、ケーキの箱をそっと近くのテーブルに置いてから手に取る。
「うわぁーん! ありがとう青ちゃんっ! 開けてみていい?」
「どうぞ」
あたしは花の木箱を手にとり、すぐにネジを回してドキドキしながらふたを開けた。流れてきたメロディは「星に願いを」。綺麗な一つ一つの弾かれる音に、感動する。
音が紡がれていく。何にもなかったただの木箱が、素敵なメロディーを奏るオルゴールに変わった。
「こっちはお前から渡してやれな」
「うん!」
青ちゃんが作ってくれた木箱のオルゴール。十年の時を経て、千冬と約束したオルゴールが完成した。
これを渡したら終わり。そうじゃないよね。千冬との思い出は、これからこのオルゴールにたくさんたくさん詰め込んでいこうね。
だから、たくさん話をしよう。何でも伝え合おう。もっともっと、いろんなことをしよう。みんな、千冬が楽しく元気に、毎日を過ごせることを、祈っているよ。
だから千冬、頑張って。
「何作ってるのー?」
「おぅ、なずな。千冬がお城に住みたいって言うから、作ってやったの」
そう言って両手を広げて見せてくれたのは、まぁまぁそれなりに大きめな三角の山。
「……それ、お城?」
「まぁ、見た目は山だけどな! どうだ? 千冬?!」
キラキラと少年の様に目を輝かせる春一に呆れるあたしだけど。
「ありがとう!! すっごく嬉しい! 可愛い。春一くんありがとう!」
眩しいほどに、春一以上に目を輝かせる千冬がそこにはいて、何の飾りも凝った作りでもないただの三角の山に、千冬は感激していた。
「ねぇねぇ、これトンネル掘ろうよ、春一くん」
「なにぃ? 城に穴を開ける気か?」
「ダメ? トンネルだよ?」
「まぁ、トンネルならいいか。じゃあ千冬はそっちな、俺こっち」
しゃがんで、初めはワンピースをかばっていた千冬だったけれど、次の瞬間膝をついてワンピースにもカーディガンにも砂がつくのも気にしないで、トンネルを掘り出した。あたしはそんな二人を子供を見ているような感覚になって微笑ましく思った。
隣に砂を踏む音が聞こえてきて振り向くと、光夜くんが手に花火のセットを持って戻って来た。
「千冬、楽しそうだな」
「うん、春一まで子供みたいにはしゃいでるし」
二人のことを見ながら笑うあたしの隣で、小さなため息が聞こえた気がして光夜くんを見上げた。
「千冬、ハルイチに会えるの楽しみにしてたんだ、ずっと」
「……え?」
二人を複雑な表情で見つめる光夜くん。あたしと同じように呆れるみたいに笑っていると思っていたけれど、なんだかその横顔は切なすぎて、胸が苦しくなる。
「ハルイチって小説家、春一なんだろ? 千冬、入院中に毎日小説読んでて。いつか、こんな恋愛してみたいって、ハルイチと、恋愛してみたいって言ってたんだ」
「え……?」
あたしは光夜くんから視線を砂遊びする二人に戻した。春一は相変わらず無邪気に砂を掘っているけれど、一方の千冬は、そんな春一のことを本当に楽しそうに嬉しそうに見つめている気もした。
「春一よりも、ずっと前から俺は千冬のそばにいるのに、あんなに心から笑ってる千冬、見たことなかった……」
「……光夜くん」
千冬を見つめる光夜くんの横顔。はしゃぐ二人を映す瞳が泣きそうで、眉根を寄せて苦しそうに笑うから、あたしは気付いたの。
光夜くんが、どんなに千冬のことを大切に想っているのか。こんなにも近くにいるのに、掴めない千冬の心を、ずっと見守り続けていたことを。これから先、報われることのない人を好きになってしまったことを。
あたしは光夜くんの気持ちに、どう声をかけてあげれば良いのか分からなかった。
ただ、同じように目の前の楽しそうな二人の姿を、見守ることしか出来なかった。
花火にはしゃいでいる千冬にも、そばで優しく見守っている光夜くんにも、あたしは苦しくなって、うまく笑えていないような気がして、きっと心からは楽しめていなかったのかもしれない。
*
「……ちゃん……な…ちゃん……なずなちゃんっ」
「ん……」
青ちゃんちに戻って来たあたし達は、いつの間にか寝てしまっていたようだ。はしゃぎ疲れて、リビングでのんびり話をしていたのは覚えている。あたしを呼び起こす千冬の声に、まだ眠い目をこすった。
「ちょっと話せない?」
「……うん」
ゆっくり立ち上がって、静かに青ちゃんの部屋の前を歩き、階段を登ってベランダに出た。風が少しだけ冷たい。空には掴めそうなくらいに、たくさんの星が瞬いていた。あたしも千冬も、首が落っこちるくらいに見上げていた。
「千冬、こっち。座れるよ」
「う……わぁーーーー!」
小声で感動の声を上げる千冬に、嬉しくなってあたしは微笑んだ。
「こんな綺麗な星空、久しぶりに見た気がする……感動するね……」
「あたしも。見慣れているはずなのに、いつ見ても、感動するよ」
しばらく二人で夜空に見とれてから、持ってきた薄い毛布を千冬と一緒にかけた。
「ねぇなずなちゃん、光夜くんの事、気になってるでしょ?」
「えぇ?!」
「シ――――!!」
いきなりなにを言い出すのかと思って、あたしは思わず大きな声が出てしまって、慌てて口に手を当てた。
「ふふっ。なずなちゃんって分かりやすすぎるよ」
お見通しと言うようにふわりと笑う千冬。小さくなってあたしは膝を抱えた。
「……わ、分かんないよ。何か変なの。心臓が跳び跳ねるような感覚だったり……名前を呼ばれたことが嬉しかったり。それだけ」
「それっ! ハルイチの小説にも書いてたよ! 恋をすると、胸の中の何かが崩れ落ちるような、跳び跳ねるような感覚になるって」
嬉しそうに話し出す千冬だけど、あたしにはこれが恋なのかどうかが、分からないでいる。
光夜くんがお店に現れた時は完全に不審者扱いをしていたのに、カメラマンのアシスタントとして再会した後の彼の印象は、百八十度違っていて、そのギャップにドキドキしているだけなのかもしれない。そもそも、光夜くんは千冬のことしか見ていない。それは、さっきの海で痛いほど感じた。
……痛い? って思うってことは、やっぱり少なからず気持ちがあるってことなのかな? いや。それは多分。気のせいだ。それよりも。
「……千冬こそ、春一の事……」
ずっと、気になっていたんだ。ためらいつつも千冬に聞いた。
「おっ! そこは鋭いねー! だけど、あたしが恋してるのは。ハルイチだよ」
「……それって、春一でしょ?」
「う~ん……春一くんって言えば春一くんだけど、あたしはハルイチなんだよなぁ」
首を傾げながらも、すぐに千冬はクスクスと笑って答えた。その答えにあたしは納得のいかないまま考え込む。
唸るあたしの横で、スッと、千冬が空に向かって手を伸ばした。
「掴めそうだねー」
「ほんと、こうしていると空に浮いているみたい」
「……うん、そーだね」
瞬く星空の下、あたしと千冬だけが宇宙に浮かんでいるような気にさえなってくる。
しばらく語り合って、少し冷えてしまった体を温めるためにキッチンでお茶を沸かして飲んでから、リビングに戻った。
ふかふかのマットレスの上に寝転がって、千冬に肌掛け布団を暑くない程度にかけてあげる。あたしも千冬も、それからすぐに眠ってしまったらしい。
*
頭の上を行き交う足音の気配に目を覚ますと、青ちゃんが千冬の周りを慎重に避けたと思えば、あたしをひょいっと飛び越えて玄関に向かって行った。
「青ちゃん早いな……ん? みんないない」
辺りを見渡すと、隣で小さくなって寝ている千冬以外に、春一も光夜くんも姿がない。
「あ、なずな起きたか? ちょっとこっち!」
廊下を通りかかった春一に小声で呼ばれて起き上がると、千冬を起こさないようにそっと布団から出た。春一について行って、お店に向かう。
「今日が何の日か分かってる?」
少し強い口調で聞いてくる春一に一瞬、「はて?」と悩むポーズをとり、直ぐ様目を見開いた。
「千冬のバースデー!!」
「ばかっ! 声がデカイよ!」
軽く頭をこつかれ、春一に肩を組まれて捕まった。
「マーメイドにケーキ予約してるから、取りに行ってきて!」
「え?! 今から?」
「そう! 後は俺らに任せろ!」
「う、うん」
あたしは春一に言われるがままに、急いで部屋で軽くメイクをして、バックを持った。外に出ると、朝の太陽が優しく照らしてくれた。
「んーっ! 朝って気持ちいいー!」
ぐんっと伸びをして、あたしは歩き出す。歩道の脇に並んで植えられたひまわりが、一斉に太陽目掛けて鮮やかに咲いている。
「マーメイド」までは歩いて十五分。この辺りでは有名な海の見えるレストランで、お持ち帰りのピザは絶品だ。料理はもちろんだけど、ケーキも焼き菓子も手作りでとても美味しい。
キィ――。木の擦れる音が響いて、カロンカロンと入り口ドアのベルが鳴る。足を進めると、窓一面に海が見えた。
「いらっしゃいませ」
「あ、すみません、ケーキの予約をしていた新堂ですが……」
「はいっ。出来ていますよ」
小柄な可愛らしい女性に対応してもらって、すぐに用意されていたケーキを受け取ると、店を出て来た道をまた戻った。
太陽はすでにてっぺんに到達してしまいそうなほど高く昇っていた。暑さに保冷剤をたっぷり入れてもらったとは言え、ケーキの箱が心配にはなるけれど、これからパーティーが始まると思うと浮き足立ってしまう。気持ちを抑えつつ、あたしは慎重にケーキを運んだ。
千冬の二十歳の誕生日。ケーキはこれでばっちりだし、きっと春一が美味しいごちそうを作ってくれているだろうし。バースデーと言えば、バースデープレゼント……
あれ、あたしプレゼント……用意してない?
自分の不甲斐なさにすっかり落ち込んでしまいながら、あたしは春一に玄関からじゃなくお店から入ってくるように言われていたのを思い出して、店のドアを開けた。
「おせーよ、なずな。オルゴール出来たぞ!」
「え? えっ!?」
ドアを開けた途端に、青ちゃんが笑顔でこちらに向かってくるから、あたしは驚いた。綺麗にラッピングされた箱を一つと、花の木箱がカウンターに並んでいる。満足そうに腰に手を当ててあたしの反応を待っている青ちゃんに、ケーキの箱をそっと近くのテーブルに置いてから手に取る。
「うわぁーん! ありがとう青ちゃんっ! 開けてみていい?」
「どうぞ」
あたしは花の木箱を手にとり、すぐにネジを回してドキドキしながらふたを開けた。流れてきたメロディは「星に願いを」。綺麗な一つ一つの弾かれる音に、感動する。
音が紡がれていく。何にもなかったただの木箱が、素敵なメロディーを奏るオルゴールに変わった。
「こっちはお前から渡してやれな」
「うん!」
青ちゃんが作ってくれた木箱のオルゴール。十年の時を経て、千冬と約束したオルゴールが完成した。
これを渡したら終わり。そうじゃないよね。千冬との思い出は、これからこのオルゴールにたくさんたくさん詰め込んでいこうね。
だから、たくさん話をしよう。何でも伝え合おう。もっともっと、いろんなことをしよう。みんな、千冬が楽しく元気に、毎日を過ごせることを、祈っているよ。
だから千冬、頑張って。
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