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第九章 四人の夏
四人の夏
しおりを挟む澄み渡る青い空! 食べたくなっちゃうくらいにくっきりした白い雲! 目に直はヤバすぎる真夏の太陽! 耳を塞ぎたくなるほどにうるさいセミの声! ジリジリと灼熱に焼けるアスファルト! 夏を感じさせる外の雰囲気は申し分ない。
「暑い……」
言ってしまうとさらに実感してしまうから言わないでおこうと思っていたけれど、流石に限界だ。どんなに真夏の気分を上げていこうと思ったって、暑さには敵わない。
両親に車で送ってもらった千冬を迎えにいくために、駅までの道を照り返しに負けじと歩く。額に手を当てて日差しを僅かでも遮っていると、小さめのキャリアケースを引いて、白いワンピースを着た千冬の姿が視界に入り込んできた。
「千冬―――─っ!!」
あたしは大きく手を振りながら、先ほどまでの重たい足取りが嘘のように軽くなった足で千冬に駆け寄る。すぐにこちらに気が付いた千冬は、にっこりと涼しげに笑ってくれた。
「おかえり! 千冬」
「ただいま、なずなちゃん」
向き合うと、あたし達はお互いに嬉しくて、だけどなんだか少し照れくさいような気がして笑った。
「荷物それだけ?」
「うん。着替えくらいしか持ってこなかったよ」
歩きながらあたしはカラカラと引っ張って歩く千冬のキャリーケースを見る。
「重くない? 持とうか?」
心配しすぎるのもどうかなとは思いつつも、千冬の身体や体調が気になって、そわそわしてしまう。だけど、千冬はすぐに笑ってくれた。
「大丈夫! 平気だよ。ただ……疲れたらその時はお願いします」
素直にぺこりと頭を下げると、千冬はまた一生懸命歩き出した。やっぱり千冬は変わらない。なんだかすごく嬉しい。
「星と花」に着くと、待っていた春一が千冬を大歓迎して荷物を運び、リビングに用意していた冷たい麦茶とクッキーを目の前に並べてくれた。
「おかえり千冬! 疲れたろ? 光夜ももうすぐ来ると思うから、とりあえず休んどけよ」
千冬の肩を軽く押して、春一は畳の座布団に誘導して座らせた。あたしも千冬の目の前に座る。
「……あの、春一くん」
「ん? なに?」
千冬は手に持っていた星柄のグラスを一度コースターに戻すと、隣に置かれたキャリーケースを開けて、一冊の小説を取り出した。
「これ……もしかしたらって思ったんだけど、春一くんが書いた?」
遠慮がちに聞く千冬の手には、真っ青な表紙の小説。紛れもなく、この前あたしが春一から貸してもらって読んだ“ハルイチ”の“海に溶ける”だった。一瞬だけ、春一はためらった顔をした後に、柔らかい笑顔を作った。
「そうだよ。良く気が付いたね、千冬」
「やっぱり!? すごい! あたし、ハルイチの小説全部持っているの。入院中に読んでいて、こんな恋愛したいなぁって、いっつも思ってた」
千冬は興奮しながらも優しい顔になり、頭の中で小説の内容を思い出しているのか、うっとりしている。
「新作も今月末に出る予定なんだよねっ?」
千冬はますます興奮気味に、頬をピンク色に染めながら春一を見つめている。そんな千冬に、春一は視線をテーブルに落として苦笑いをしながら、「あぁ、そうだよ」と言った。
「楽しみにしてるね!」
千冬は満足したように笑顔でキャリーケースの中に小説をしまった。また、星柄のグラスを手にして麦茶をごくごくと飲んでいる。
春一が少しだけ暗い表情になったことが気になったけれど、触れることはやめた。
「なずなちゃん、これ、なずなちゃんのだよね?」
今度は星の木箱を取り出して、フタを開けた。中から取り出したのは、あたしがずっと探していた、ビーズのネックレス。
「あれ? それって……」
あたしよりもすぐに反応したのは、春一だった。
「なっつかしい!」
千冬の手にしているビーズのネックレスに、春一は目を丸くして見ている。そう思うのも当たり前だと思う。だって、これは春一が小学校の頃に作って、くれた物だから。きっと春一は忘れてしまっているだろうけど。
「良かった、見つかって。これね、春一がくれたんだよ」
忘れているのを前提に見せると、すぐに当たり前のように言葉が返ってくる。
「そーだよ。青さんに教えてもらって一ヶ月くらいかけて作ったんだよ。若かったなぁ……あの時の俺」
しみじみと春一は顎に手を置き、思い出すように語る。
「え? 冬休みの工作で作って、別にいらないからやるってくれたんじゃん」
春一がいらなくても、一生懸命作っていたところを見ていたあたしは、完成した時の春一の笑顔が頭から離れなくて、大切にしようって思って大事にしていた。
「なずなは相当鈍いよな。まぁ、あの頃は千冬一筋だったし仕方ないか」
目を細めて、春一はジトっとした目であたしを見る。
「え? なにそれ、どういう事?」
「それ、なずなの為に作ったんだよ。あの頃は俺、なずななしじゃ生きていけないって、本気で思ってたからな。何かプレゼントしたくて、慣れないことしてみたの。可愛いやつだったよ」
春一は千冬のグラスに麦茶を足してあげる。氷のカランカランと涼しげな音が響いた。
「春一くん、なずなちゃんの事大好きだったもんね。ありがと」
全てお見通しと言わんばかりに、千冬は麦茶が注がれたグラスを手に取り、笑顔で言った。
「え? なにそれ! あたし知らない!!」
突然の告白に、あたしは混乱して一気に頬が熱くなっていく。焦って、すっかりグラスの回りに汗をかいた麦茶を一気に飲み干した。
「まぁ、昔の話だけどな」
「あれ? 今は違うの?」
「そりゃ、もう大人ですから、俺にもなずなにも事情は変わってくるさ」
はははと笑いながら、春一は今度はあたしの花柄グラスに麦茶を注いでくれた。
「そっかぁ」
二人で頷きながら納得している姿を見て、未だあたしは混乱し続けている。春一があたしのことを好きだったとか、そんなの考えもしなかったから。だから、なんだかとても、変な感じだ。
千冬はクスクスと笑って、とても楽しそうだから、まぁ、いいかと、あたしはもう一つ大切なものを取り出した。
「こっちは、千冬のだよ。あたしが作ったの。お揃い……ではないけど、一緒に付けようよ」
あたしが作ったビーズのネックレスは、春一がくれたものより格段に立派だ。
そりゃそうだ、小学生の春一が作ったものと比べては申し訳ない。あたしのはサイズも子供用だから、スマホにつけることにした。
「かわいい」
「うん、春一の愛を感じるわ」
星やハートのビーズが所々にあって、かなりファンシーだ。小学生女子にはきっと好評だったに違いない。
「なんか……すっげぇ恥ずかしいから、無駄に褒めんのやめて」
春一が耳を赤くしているから、あたしは千冬と顔を見合わせて笑った。
「千冬にも付けてあげる」
千冬の後ろに寄ると、あたしはビーズのネックレスを千冬に付けてあげた。
「かわいい!」
「うん、ありがとう、なずなちゃん」
目を潤ませて笑う千冬にあたしまで嬉しくなった。
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