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第七章 たくさん笑おうね
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「はい、どうぞ」
夜は少し肌寒い。渡されたのは、カップに入った暖かいスープ。
「ありがとう、ございます」
「もう、事故の怪我は大丈夫?」
「え……あ、はい」
「大したことなくて本当に良かった。涼風が交通事故に遭ったってお義母さんから連絡をもらった時は、気が動転しちゃって……」
はぁ、とため息を吐き出して額に手を当てる姿に、本当に心配してくれていたんだと感じる。
こんなに楽しそうな家庭を持って、母はきっと今、幸せなんだと思う。あたしの知っているあの頃みたいに、怒っている姿は全然見えないから。小さな子供たちと笑い合って、旦那さんとも呆れながらも楽しそうにしている。
きっと、あの時あたしを捨ててここにいることを選んだのが正しかったんだ。だから、きっと今母は幸せでいるんだと思う。
だけどさ、どうしても聞きたいことがある。
お母さんは、なんで……
カップを持つ手が震える。声も、震えているかもしれない。
「どうして、あたしのことを捨てたの?」
コンソメスープの中の四角く揃って切られた野菜を見つめながら、あたしはゆっくり言葉を口にする。波紋を立てながら揺れる黄金色は透きとおるほどに綺麗だ。
「要らなかったから?」
あたしが、泣いてばかりいたから?
母の気持ちがなにも分からなかった。どうしたら、そばにいてくれたんだろうって、失ってからたくさんたくさん、考えた。
でも、答えは見つからなかった。
あたしが悪かったんだ。あたしなんて要らなかったんだ、だから捨てたんだ。
そう思うしかなかった。
「ごめんなさい。ごめんね……ごめん。全部、あたしがちゃんと泣けなかったから……」
隣で、母も震えた声を出す。
もしかして、泣いているのかな? そんなことを思ったけれど、確かめるのが怖い。
すでに目尻に涙を溜めて泣きそうになっているあたしに、またいつものようにあの言葉を吐き出されたらと思うと、怖くなる。
「なーにお通夜みたいに暗くなってんのー?肝試しでもやる気? 俺おばけ無理だからそれだけはやめてーっ!!」
ケラケラと笑いながら、いきなり現れたのは西澤くんのお父さん。
片手に缶ビールを持って、虚ろな目をしている。完全に酔っ払っているようだ。
驚きすぎて、涙なんかなかったみたいに一瞬にしてどこかへ引っ込んでいってしまった。
「ママどうしたー? また泣きたくなってんじゃない? ほら、おいでー、泣きたくなったら泣いていいんだよ。俺がぜーんぶ、受け止めてあげるからね」
両手を大きく広げて母の前に立つ姿は、本当に全てを受け止めてくれそうに大きくて広く見えた。そっと、隣に見上げた母の横顔は、困ったように眉を顰めつつも優しく微笑んでいる。
西澤くんのお父さんは、なんだか、西澤くんみたいだ。親子なんだから似ていて当たり前なのかもしれないけれど……
「パパーっ」
後ろから聞こえて来た声に振り返ると、一気に走ってきて、ぽふんっと西澤くんのお父さんの足元に抱きつく花ちゃん。しゃがんで花ちゃんのことを抱きしめている。
母は、バーベキューの準備を始めるようにと、みんなを促し始めた。
座ったままでいたあたしのところへ戻って来ると、少しの沈黙の後に口を開いた。
「涼風のお父さんはね、どうしようもない男だったの。泣いたって許してくれないし、怒ったって悪いことを認めようとしなかった。離れるしか、なかったの……」
西澤くんたちを遠目に見守りながら、ゆっくり話す母の言葉に耳を傾けた。
夜は少し肌寒い。渡されたのは、カップに入った暖かいスープ。
「ありがとう、ございます」
「もう、事故の怪我は大丈夫?」
「え……あ、はい」
「大したことなくて本当に良かった。涼風が交通事故に遭ったってお義母さんから連絡をもらった時は、気が動転しちゃって……」
はぁ、とため息を吐き出して額に手を当てる姿に、本当に心配してくれていたんだと感じる。
こんなに楽しそうな家庭を持って、母はきっと今、幸せなんだと思う。あたしの知っているあの頃みたいに、怒っている姿は全然見えないから。小さな子供たちと笑い合って、旦那さんとも呆れながらも楽しそうにしている。
きっと、あの時あたしを捨ててここにいることを選んだのが正しかったんだ。だから、きっと今母は幸せでいるんだと思う。
だけどさ、どうしても聞きたいことがある。
お母さんは、なんで……
カップを持つ手が震える。声も、震えているかもしれない。
「どうして、あたしのことを捨てたの?」
コンソメスープの中の四角く揃って切られた野菜を見つめながら、あたしはゆっくり言葉を口にする。波紋を立てながら揺れる黄金色は透きとおるほどに綺麗だ。
「要らなかったから?」
あたしが、泣いてばかりいたから?
母の気持ちがなにも分からなかった。どうしたら、そばにいてくれたんだろうって、失ってからたくさんたくさん、考えた。
でも、答えは見つからなかった。
あたしが悪かったんだ。あたしなんて要らなかったんだ、だから捨てたんだ。
そう思うしかなかった。
「ごめんなさい。ごめんね……ごめん。全部、あたしがちゃんと泣けなかったから……」
隣で、母も震えた声を出す。
もしかして、泣いているのかな? そんなことを思ったけれど、確かめるのが怖い。
すでに目尻に涙を溜めて泣きそうになっているあたしに、またいつものようにあの言葉を吐き出されたらと思うと、怖くなる。
「なーにお通夜みたいに暗くなってんのー?肝試しでもやる気? 俺おばけ無理だからそれだけはやめてーっ!!」
ケラケラと笑いながら、いきなり現れたのは西澤くんのお父さん。
片手に缶ビールを持って、虚ろな目をしている。完全に酔っ払っているようだ。
驚きすぎて、涙なんかなかったみたいに一瞬にしてどこかへ引っ込んでいってしまった。
「ママどうしたー? また泣きたくなってんじゃない? ほら、おいでー、泣きたくなったら泣いていいんだよ。俺がぜーんぶ、受け止めてあげるからね」
両手を大きく広げて母の前に立つ姿は、本当に全てを受け止めてくれそうに大きくて広く見えた。そっと、隣に見上げた母の横顔は、困ったように眉を顰めつつも優しく微笑んでいる。
西澤くんのお父さんは、なんだか、西澤くんみたいだ。親子なんだから似ていて当たり前なのかもしれないけれど……
「パパーっ」
後ろから聞こえて来た声に振り返ると、一気に走ってきて、ぽふんっと西澤くんのお父さんの足元に抱きつく花ちゃん。しゃがんで花ちゃんのことを抱きしめている。
母は、バーベキューの準備を始めるようにと、みんなを促し始めた。
座ったままでいたあたしのところへ戻って来ると、少しの沈黙の後に口を開いた。
「涼風のお父さんはね、どうしようもない男だったの。泣いたって許してくれないし、怒ったって悪いことを認めようとしなかった。離れるしか、なかったの……」
西澤くんたちを遠目に見守りながら、ゆっくり話す母の言葉に耳を傾けた。
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