晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第七章 たくさん笑おうね

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「こんばんは……いらっしゃい」
「こ、こんばんは」

 戸惑うように、だけど微笑んでくれた母の表情にホッとする。あたしも、ぎこちなかったかもしれないけれど、笑顔を向けた。

「わああ! ママ! マーマー! ちょっと助けてっ!」

 いきなり、庭の方から叫ぶように助けを求める男の人の声が聞こえてきた。あたしが驚いていると、西澤くんも母もやれやれと呆れ顔をしているから不思議に思った。

「またパパ、たすけてしてるー!」

 西澤くんの腕の中で、花ちゃんが楽しそうに足をバタバタさせた。

「花ちょっと降りて。俺助けてくるから」
「いや、待って。あの人あたしを呼んでるから大空じゃたぶん無理。お友達と紙皿とか用意するの手伝って」
「あー、分かった。じゃあ母さんに任せる」

 一方はいまだに騒いでいる声が聞こえてきているが、こちらは至ってと言うか、何も起きていないくらいに冷静だ。
 母が外に出ていくと、西澤くんが苦笑いして「とりあえず中入って荷物置いたら手伝って?」と家の中に入っていく。
 花ちゃんは、母を追いかけて外に飛び出していってしまった。

「ごめんな、騒がしい家族で」
「う、ううん」

 キャー、ははははっ、さっきから庭ではみんなの叫び声や笑い声が絶え間なく聞こえてきている。
 キッチンには食べやすく切られた野菜や串に刺さった肉、バーベキューの準備がテーブルの上にしっかりと整っていた。西澤くんが紙皿とコップを引き出しから取り出している。

「多分ね、火起こしで父さんがやらかしたから、まだ炭あったまってないと思うんだよね。お腹空いてない?」
「あ、まだ大丈夫」
「じゃあさ、先に花火やろうか」

 キッチンの窓から空を見上げて、西澤くんが笑う。夕空はもうすでに藍色に変わっていて、花火をするにはちょうどいい暗さだ。

「これだけ持ってくのお願いできる?」
「うん」

 紙皿とコップを渡されて、西澤くんは大量の花火セットと着火棒を持つ。

 外に出ると、汗を吹き出しながらタオルを頭に巻いた西澤くんのお父さんが一生懸命炭に火を起こしていた。
 隣ではテキパキと辺りを片付けたり、テーブルをセッティングしたりする母の姿。
 走り回っている弟たちに、寝転がる猫と戯れている花ちゃん。
 そんなみんなの前に花火を見せつけると、あっという間に西澤くんの周りに集まってきた。

「お、大空の彼女こんばんわー!」

 元気の良い声で西澤くんのお父さんがあたしに手を振る。

「え!? いや、彼女じゃなくって友達!」
「ええっ!? そうなのか? 彼女出来たお祝いのバーベキューじゃねーの?」
「は?! なにそれ、なんでそんなことになってんの?」
「なんだよー! 父さん嬉しくて高い肉買ってきたんだぞー! 友達だったら豚バラで良かったじゃねーかよ!」
「それ杉崎さんの前で言うのやめろよ!」

 腕を組んで、火おこしのやる気をなくしたように椅子に座り込んでしまったお父さんに、西澤くんが呆れたようにやりとりしている。

「だって豚の方がいっぱい食えるぞ? 食べ盛りに牛はたけぇんだよ」
「正直すぎんだろ。杉崎さん引いてるからマジでやめて?」

 弟たちに花火を開けて手渡しながら、西澤くんはあたしの前に立つ。

「あんな親父でごめん」

 頭を下げながら花火を差し出すから、あたしは笑って受け取った。
 火をつけた花火はシューっと勢いよく火花を散らす。大海くんと大地くんは両手に一本ずつ持って、きちんと誰もいない方向に向けてじっと終わるのを待って立っていた。終わるとすぐに先ほどみたいにはしゃぎ出してバケツの水に終わった花火を入れにくる。
 花ちゃんはまだ危ないからと、お母さんと一緒に小さめの花火を持ちながらたのしんでいた。

「これ、七色に変化するんだって!」

 さっき渡してくれた花火。持ち手の部分が虹の色をしている。

「付けるよ?」
「あ、うん」

 ぼぅとしていたあたしに、西澤くんが確認するように聞いてくれるから、あたしは花火を持つ手にしっかり力を入れる。
 シューっと白に近い金色が噴き出す。

「俺にも火わけて」

 すぐ隣に立って、西澤くんがあたしのと同じ虹色の花火を手にして火花に近づけた。
 すぐに同じ色が先端から放出される。赤、青、黄色と、どんどん彩りを変化させていく。

「綺麗」

 手持ち花火なんて、やったことあったかな。真剣に火花を見ていると、終わった瞬間に辺りが真っ暗になって、浮かぶ煙が寂しく見えた。

「涼風ちゃん……」

 顔を上げると、母が目の前に立っていた。

「少し、話をしない?」

 戸惑うように揺れている瞳。だけど、逸らすことなく真っ直ぐに向けてくれるから、あたしは隣にいる西澤くんに視線を送る。

「あいつらは俺が見てるから、ゆっくり話しておいでよ」

 微笑んでくれて、あたしの手元から終わった花火を取ると、「大丈夫。ちゃんとそばにいるから」と、小さく言ってくれた。
 キュッと握った手に力を入れて、あたしはもう一度母の方へと顔を上げた。
 優しく微笑む顔に、もうすでに泣きそうになる。グッと堪えて、並べられた椅子に座るように言われて、座った。
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