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第七章 たくさん笑おうね
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カランカランと下駄を鳴らして歩く。いつもより歩幅が狭くて、急ぎたくても急げない。慌ててしまうとよろけそうになるから、ゆっくり進んだ。
さっき西澤くんと別れた曲がり角まで来ると、息を切らせながら西澤くんが前から走ってきた。
そして、あたしを見るなり立ち止まって、目が合うと固まったみたいに動かなくなってしまった。
「……西澤、くん?」
そっと声をかけると、ようやく我を取り戻したように、西澤くんは瞬きを何度もしてから目を泳がせる。
「ゆ、浴衣で来るとか、聞いてないし……」
先ほど合っていた目は、今度は合わそうとしてくれない。照れているのか、暗がりでも街灯の下だと耳が赤くなっているのがわかった。
「……ごめん」
「あ! いや、違う。ごめんとかじゃなくて。その……嬉しすぎると言うか、ありがとうと、言うか」
「え?」
「あー、いや、なんでもない。行こうっ」
くるりと向きを変えて歩き出すから、あたしも慌ててついていこうとするけど、普段と同じペースで歩く西澤くんには、二歩、三歩とどんどん遅れていく。
「に、西澤くーんっ」
さすがに距離が出来てしまったから、あたしは慌てて呼び止めた。
不思議に振り返った西澤くんは、あたしとの距離が開いていたことに全く気がついていなかったんだと思う。
大慌てで戻ってくるから、おかしくって笑ってしまった。
「ご、ごめんっ! こんな離れてるなんて気付かなくて」
すぐ横まで戻ってきてくれた西澤くんの手を、あたしは迷いなく繋いだ。
「置いてかないでね」
寂しさと恥ずかしさで俯いて言うと、しっかりと手を繋ぎ直した西澤くんが、今度はゆっくり歩き出す。
「置いてくなんて絶対しないから」
繋がれた手から伝わる安心感は、信用しても良いのだろうか。あたしはまだ、心を完全には開けていない。頼り切ることが、出来ない。だけど、西澤くんには、そばにいてほしい。
あたしはいつだってわがままだ。
こうやってあたしのそばにいてくれる人を離したくないと、思ってしまうんだ。
西澤くんの家は住宅地からは少し離れた河川敷の通りにある一軒家だった。
広い庭には小さいながらに畑もある。
「ママー! 大空兄が友達連れてきたー!」
庭で遊んでいた西澤くんの弟たちが、あたしと西澤くんが帰ってきたことにいち早く気がついて家の中に入っていく。
玄関前までくると、「りょーかちゃ!」と、ふわふわの帯を巻いた花ちゃんが、蝶々みたいに駆けてきた。
「こんにちは、あ、もう、こんばんはかな」
「こんばちわー!」
あたしが間違えたからか、花ちゃんまでこんにちはとこんばんはが混ざってしまっている。だけど、そのことには本人は気が付いていないで満面の笑み。抱っこをせがむように両手を差し出してくるから、とても愛おしくなる。
「ほら、花。兄ちゃんにおいで。杉崎さんは浴衣だから抱っこできないよ」
すぐに、西澤くんがあたしの前に出て、花ちゃんを軽々抱っこする。
「りょーかちゃも花といっちょ!」
自分の浴衣とあたしの浴衣を指さして、嬉しそうに笑う。
「そうだね、一緒だね」
「涼風……ちゃん?」
花ちゃんと話しているのに夢中でいると、後ろから名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねた。
母の声に、間違いなかった。
「あ、母さん。連れてきたよ。こちら、杉崎涼風さん」
西澤くんが紹介してくれて、あたしはようやく顔を上げて母のことを見れた。
さっき西澤くんと別れた曲がり角まで来ると、息を切らせながら西澤くんが前から走ってきた。
そして、あたしを見るなり立ち止まって、目が合うと固まったみたいに動かなくなってしまった。
「……西澤、くん?」
そっと声をかけると、ようやく我を取り戻したように、西澤くんは瞬きを何度もしてから目を泳がせる。
「ゆ、浴衣で来るとか、聞いてないし……」
先ほど合っていた目は、今度は合わそうとしてくれない。照れているのか、暗がりでも街灯の下だと耳が赤くなっているのがわかった。
「……ごめん」
「あ! いや、違う。ごめんとかじゃなくて。その……嬉しすぎると言うか、ありがとうと、言うか」
「え?」
「あー、いや、なんでもない。行こうっ」
くるりと向きを変えて歩き出すから、あたしも慌ててついていこうとするけど、普段と同じペースで歩く西澤くんには、二歩、三歩とどんどん遅れていく。
「に、西澤くーんっ」
さすがに距離が出来てしまったから、あたしは慌てて呼び止めた。
不思議に振り返った西澤くんは、あたしとの距離が開いていたことに全く気がついていなかったんだと思う。
大慌てで戻ってくるから、おかしくって笑ってしまった。
「ご、ごめんっ! こんな離れてるなんて気付かなくて」
すぐ横まで戻ってきてくれた西澤くんの手を、あたしは迷いなく繋いだ。
「置いてかないでね」
寂しさと恥ずかしさで俯いて言うと、しっかりと手を繋ぎ直した西澤くんが、今度はゆっくり歩き出す。
「置いてくなんて絶対しないから」
繋がれた手から伝わる安心感は、信用しても良いのだろうか。あたしはまだ、心を完全には開けていない。頼り切ることが、出来ない。だけど、西澤くんには、そばにいてほしい。
あたしはいつだってわがままだ。
こうやってあたしのそばにいてくれる人を離したくないと、思ってしまうんだ。
西澤くんの家は住宅地からは少し離れた河川敷の通りにある一軒家だった。
広い庭には小さいながらに畑もある。
「ママー! 大空兄が友達連れてきたー!」
庭で遊んでいた西澤くんの弟たちが、あたしと西澤くんが帰ってきたことにいち早く気がついて家の中に入っていく。
玄関前までくると、「りょーかちゃ!」と、ふわふわの帯を巻いた花ちゃんが、蝶々みたいに駆けてきた。
「こんにちは、あ、もう、こんばんはかな」
「こんばちわー!」
あたしが間違えたからか、花ちゃんまでこんにちはとこんばんはが混ざってしまっている。だけど、そのことには本人は気が付いていないで満面の笑み。抱っこをせがむように両手を差し出してくるから、とても愛おしくなる。
「ほら、花。兄ちゃんにおいで。杉崎さんは浴衣だから抱っこできないよ」
すぐに、西澤くんがあたしの前に出て、花ちゃんを軽々抱っこする。
「りょーかちゃも花といっちょ!」
自分の浴衣とあたしの浴衣を指さして、嬉しそうに笑う。
「そうだね、一緒だね」
「涼風……ちゃん?」
花ちゃんと話しているのに夢中でいると、後ろから名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねた。
母の声に、間違いなかった。
「あ、母さん。連れてきたよ。こちら、杉崎涼風さん」
西澤くんが紹介してくれて、あたしはようやく顔を上げて母のことを見れた。
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