晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

文字の大きさ
上 下
66 / 72
第六章 泣くのは大事

8

しおりを挟む
「おばあちゃんはね、涼風ちゃんと出来ることならずっと一緒にいたいよ。だけどね、やっぱり限界はあるのよ。それに、涼風ちゃんのお母さんは、涼風ちゃんのことを捨てたわけじゃない。それだけは、分かって……」

 分かんない。
 じゃあ、どうしてあたしを置いて今は別の家庭を持って幸せにしているの?
 あたしの存在なんてなかったみたいに。

「これから、お母さんに会ってくる」
「……え?」
「あたしのクラスメイトのお母さんが、あたしのお母さんなの」
「……そう、なのかい?」

 知らなかったらしい。あたしの言葉に、おばあちゃんは目を見開いて驚いている。

「ちゃんと、話してくる……」

 あたしのことを捨てたわけじゃないのなら、どうしてあたしを置いていなくなったのか、あたしのことが要らなかったからって理由しか思いつかないから、本当の母の気持ちを、怖いけれど、ちゃんと聞いてみたい。

 西澤くんのおかげで、気持ちがだいぶ前向きになれている。さっき繋いだ手から伝わった体温が、一人じゃないって、思わせてくれた。だから、きっと大丈夫。

「そうかい……うん。行っておいで。涼風ちゃんのお母さんは素敵な人だよ。ろくでもないのは、父親の方だ」

 深いため息を吐き出すおばあちゃんの隣に、あたしはソファーから立ち上がって座った。そして、落ち込む背中にそっと手を当てた。
 だいぶ丸くなった背骨、あたしよりずっと大きくて優しくてたくましかったおばあちゃんが、今はこんなに小さく見える。いつも笑顔を絶やさないおばあちゃんが、泣いている。
 おばあちゃんには、幸せでいてほしい。
 ため息なんて吐き出さないで、笑っていて欲しい。
 あたしは、おばあちゃんをギュッと抱きしめた。

「おばあちゃん、大好き」

 あたし、ちゃんと聞いてくる。怖くて蓋をしていた過去は、もう全部思い出したし、吐き出せた。聞いてくれて、受け止めてくれた西澤くんがいたから。
 だから、きっと今日だって大丈夫。
 あたしは、ちゃんと話をすることが出来るはず。
 父と母のことを知りたい。
 全部を受け止めて、前に進みたい……

「もう、いつの間にこんなに大きくなっちゃったんだろうねぇ。ずっとちっちゃいままなら良いなってばぁちゃんはいつも思っていたよ。だけどね、そんなことは無理なんだよね。涼風ちゃんは毎日毎日一生懸命生きてるから。だから、こうやっていつの間にか、優しくて我慢強い子になったんだね」

 トントンと、ゆっくり優しく背中を摩ってくれる。
 小さかった頃を思い出す。おばあちゃんはいつもあたしが泣きそうになると、こうして大きな胸で抱きしめてトントンと背中をさすってくれた。
 とても安心した。今だって、安心感は変わらない。だけど、今は大きかった胸の中からはみ出てしまっている。今度はあたしが、おばあちゃんを守ってあげたい。

「いつまでもかわいい涼風ちゃんでいて良いんだからね」
「うん、ありがとう。着替えたら行ってくるね」
「うん、行っておいで。私は適当に食べるから、ゆっくりしておいで」

 笑顔で手を振り、おばあちゃんはテレビの音量を元に戻してまた見始めた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

処理中です...