晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第六章 泣くのは大事

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 もうすっかり聞き馴染みのあるその声は、振り向かなくてもあたしには誰かわかった。

「……まりん」

 ボソリと葉ちゃんがあたしの耳元で呟くから、答え合わせをしなくても正解だ。

「大空くんもいるー! リュウちゃんがなんか心配してたよー?」
「あ、まじで? ちゃんと話してこないとな」
「で? どうだったの? 二人きりのデートは?」

 スキップするみたいに駆け寄ってきたまりんちゃんの前に、葉ちゃんが立ちはだかる。

「……まりん、今日こそは部活来な!」
「え!? なんで? 行かないってば。あたし二人の話聞きたいーっ」
「あんたさ、空気とか読まないの?」
「…………空気?」

 空中を見上げたまりんちゃんの目線が、うろうろと彷徨う。

「空気なんて読むもんじゃないでしょーっ! なんも書いてないもーんっ!」

 けらけらと笑い出すまりんちゃんに、葉ちゃんが怒ったように「もうっ!」と言って、腕を取る。

「いいから行くよ!」
「やだよー、行かないよー、あたしなんてもう居場所ないもん」

 ぐずりながらも葉ちゃんの力に抗えないのか、まりんちゃんが少しずつ体育館に引き摺られていく。

「あるから! ずっとあたし待ってるんだよ! まりんとバスケやりたくてあたしはバスケ部入ったのに、こんな中途半端で逃げ出すとか絶対許さないから! 居場所がないとかなにバカなこと言ってんの!? みんなずっと待ってるんだよ? 早く戻ってきて盛大に謝んなさい!」
「……え」
「みんなまりんがいないとチームが締まらないの! 自分の立場がどんなに大事な存在だったかちゃんと確かめなさい! それでも嫌なら辞めればいい。そこまでは引き留めたりしないから」

 一度立ち止まって、葉ちゃんがまりんちゃんと向き合っている。くるくると巻かれたツインテールが俯くまりんちゃんの顔を隠した。ぺたりと座り込んでしまったと思ったら、突然顔を上げた。

「…………うぇっ……うわーんっ! 葉ちゃーん! みんなー! ごめんなさーい! あたし、あたし……もうみんなからは見放されてるってずっと思ってて……別にいいもーんって開き直ってて、めちゃくちゃ最低だぁー!」
「マジ最低なんだからね! ちゃんと試合に貢献して償いな!」
「うわーんっ!!」

 大泣きをし始めるのも構わずに、葉ちゃんにズルズルと引き摺られていくまりんちゃんの姿を最後まで見届けると、体育館の扉がパタリと閉まった。
 なんだか、泣き喚くまりんちゃんの姿に、先ほどまでの自分もああだったのかと思うと、急激に恥ずかしくなってきた。

「ね、泣くのは大事」

 クスクスと、西澤くんはまりんちゃんの姿に唖然としながらも、おかしそうに笑っている。

「そうだね」

 我慢していたって、たまには吐き出さないと。

「蝉ってさ、七日間しか生きられないんだよ?」
「……え?」
「知ってた?」
「……知ってる……けど?」

 なんだか、このやりとりはした覚えがある。
 だけど、聞いたのはあたしの方だ。

「七日間のうちに、感情全部吐き出すんだよ。鳴いて鳴いて、鳴き喚いて。そして、生涯を終える。黙り込んだまま土に潜って、何にも吐き出さずに我慢ばかりしていたら、人生勿体なさすぎる」

 蝉は、鳴くのが当たり前だと思っていた。
 だけど、蝉にしてみたら、人生が、生まれてから死ぬまでの一生がかかっている。
 だったら、鳴いて鳴いて、泣き喚いて尽きるのが、本望なんだろう。

「やっぱり、俺の母さんと会って話をしてほしい。二人とも、今ならきっと、うまく泣ける気がするんだ」

 カバンを取りに教室に向かって、先生に見つからないように急いで学校を後にした。


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