晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第五章 晩夏光の図書室

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「開いてるかなぁ」

 ドアの真ん前に立って、西澤くんはボソリと呟く。そして、ドアに手を掛けると、鍵はかかっていなかったようで、軽くスライドしてドアが開いた。

「やった、開いた」

 繋がれたままの手。
 前に進む西澤くんに、あたしは当然のように引かれて中に入った。
 古賀くんと出逢った図書室。水曜日の放課後。それ以外の図書室は、あたしは一人で過ごす以外知らない。
 西澤くんと過ごした夏の日があったことを、あたしはなんにも、覚えていない。

 しっかりとドアを閉めて、図書室に誰もいないことを確認すると、西澤くんが繋いでいた手をようやく離した。
 あたしなのか、西澤くんなのか、滲んだ手のひらのお互いの湿度が解放されて、風をひんやり感じた。

「杉崎さんさ、授業サボったことある?」

 また、悪戯っ子みたいに笑う西澤くんは、公園でサッカーをしていた弟とどこか似ている気がした。

「ないよ」
「だよねー、俺もない。今頃教室の中は俺と杉崎さんの机だけ空席なんだろうね。皆勤賞の俺が珍しいって思われそうだなぁ」
「……皆勤賞なの?」
「え? うん。学校休んだことないよ」
「……あたしも」
「え?」
「あたしも、何気に皆勤かも……」

 おばあちゃんがバランスよく栄養を考えてご飯を作ってくれているし、少しでも体調が悪いと早めに病院に連れて行ってくれた。部活には特に入っていなかったけれど、運動が出来ないわけじゃないし、健康には自信があった。
 周りに合わせるのに疲れることはあっても、学校を休みたいとは思わなかった。たぶん、今のところあたしの人生で一番長い時間を過ごしているのが学校だから。もちろん一人になりたいと思うことはあっても、ひとりぼっちにだけはなりたくなかった。

 だから、学校に来れば葉ちゃんがいるし、声をかけてくれるクラスメイトがいるし、寂しくなかった。寂しく……

『もうずっと、このまま、ここにひとりぼっちなのかな?』

 ふいに、一ヶ所だけ開いていた窓際に、泣きそうに佇む自分の姿が一瞬見えた気がした。

「杉崎さん、ちょっと休憩。座って話そう?」

 夏の終わり。窓から入り込む風はすっかり秋の気配を連れてくる。
 冷房はついていないし、もうほとんど要らないほど体感的には涼しくなってきた。
 カーテンを引くと、柔らかいけれど、なんだか少しだけ寂しく感じる空気が体を掠めていった。

「杉崎さんとここで会った時、実は俺、サッカー諦めようとしてたんだ」
「……え?」

 椅子を引いて座ると、突然西澤くんが切り出してきた。
 あたしにも座って、と手を差し伸べるから、向かい側に向き合うように座った。
 西澤くんの言葉に、なぜか胸がぎゅっと絞られるみたいに苦しくなった。

「夏休み直前の練習試合で、体当たりに負けて怪我をしたんだ。三年の先輩が抜けて、これからだって時に」

 さっきまでの無邪気さなんて無くなってしまった西澤くんの表情は、徐々に固くなる。
 葉ちゃんが言っていた言葉を思い出す。

『西澤くん夏休み中の練習試合で足怪我しちゃったんだよー。だからね、もうサッカー出来ないらしい』

 本人から聞くと、本当だったことに確信を持てる。そして、サッカーの好きな西澤くんにとって、サッカーが出来なくなることが、どんなに辛いことなのか、目の前の彼の表情で痛いほどに伝わってきた。

「一応さ、夏休み中も練習には顔出したいなって思って学校に来てたんだ。だけど、部室に入ろうとして、チームメイトが俺のこと話してるの聞こえてきちゃって」

 はぁ、とため息を吐き出し、西澤くんは窓の外に視線を外した。
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