54 / 72
第五章 晩夏光の図書室
5
しおりを挟む
今までにないくらいに人と接している。
もちろん、うわべだけの付き合いとして友達は多い方だとは思っているけれど、きっとあたしのことをよく知っているって胸を張って言える人なんて、一人もいないと思う。
それくらい、あたしは本当の自分を表に出すことをしてきていなかった。
古賀くんのことを好きになったことが、大きかったかもしれない。好きな人のことを知りたいのはもちろんだけど、あたしのことも知って欲しいと思ったのは事実だ。だけど、古賀くんはあたしには、全然興味がなかったんだと思う。
だって、何かを聞かれて困ったことなんてなかったから。
「今日はいい天気だね」「昨日は何食べた?」「授業つまんなかったね」
古賀くんとの会話はその場限りで終わるものばかりだった。だから、あたしは彼の隣にいるのが居心地が良かったのかもしれない。見た目のビジュアルがカッコいい彼氏と並んで歩いているだけで、優越感に浸っていただけだ。楽だったんだ。あたしのことを詮索もしないし、ただ一緒にいてくれることが、嬉しかった。
だから、失うことは寂しかった。
まさかフラれるなんて、思ってもみなかったから。
そして、あの日事故に遭ってからだ。
少し、自分の中の考え方や行動が変わってきてしまったのは。
友達なんてAやBで良かった。それなのに、西澤くんやまりんちゃんはその他大勢とは違くて、容赦なくあたしに入り込んでくる。
真夏の照りつける太陽。開いた窓から流れ来る風。カーテンが、ひらひらと揺れている。耳を塞ぎたくなるほどに響いてくるのは、蝉の聲。
うるさい。うるさい、うるさい、うるさい。
ちっとも鳴き止むことなく繰り返し、繰り返し大きくなっていくから、耳を塞いだ。
覆った耳元に、カタンッと扉が開く音が聞こえた。
『杉崎さん』
俯いていたあたしの瞳に、同じ学校の制服を着ている男子生徒の足元が見えた。誰なのか確かめるために視線をあげてみたけれど、顔が見える前にその姿は泡のように弾けたと思ったら、全部消えた。
目が覚めたら、いつもの自分の部屋だった。
だけど、最後に聞こえた声。あたしはあの声を、知っている。
あれは──
「おはよう、杉崎さん」
「……西澤くん」
教室に入る一歩手前で西澤くんに声をかけられた。廊下には登校してきたクラスメイトが何人も歩いている。
「なんか、元気ない?」
心配するみたいに眉を下げてこちらの様子を伺うから、視線を床にそらした。
そんなことないよ、大丈夫。
いつもみたいに笑って交わせばいいんだ。
そう思うんだけど、あたしは黙ったまま声も出せずに俯いた。
これじゃあ、大丈夫じゃないみたいだ。だから、ちゃんと大丈夫って、こんなこと考えたって仕方ないって、笑って答えないと。
「ね、ちょっとだけ。悪いことしようか」
「……え?」
ニヤリと笑う西澤くんの表情が悪巧みを考えている子供みたいだ。
あたしが答える前に手を繋がれて、引っ張っていく。教室とは反対方向。今上がってきた階段を降りて、真っ直ぐに突き当たり目指して進む。途中ですれ違った他学年の先生や生徒に挨拶をしながら、繋がれた手を隠すみたいにして足は急ぐ。
周りに人気が無くなって、たどり着いたのは図書室。特別急いだわけじゃないのに、なんだか突然のことに心臓が速くなっていた。
もちろん、うわべだけの付き合いとして友達は多い方だとは思っているけれど、きっとあたしのことをよく知っているって胸を張って言える人なんて、一人もいないと思う。
それくらい、あたしは本当の自分を表に出すことをしてきていなかった。
古賀くんのことを好きになったことが、大きかったかもしれない。好きな人のことを知りたいのはもちろんだけど、あたしのことも知って欲しいと思ったのは事実だ。だけど、古賀くんはあたしには、全然興味がなかったんだと思う。
だって、何かを聞かれて困ったことなんてなかったから。
「今日はいい天気だね」「昨日は何食べた?」「授業つまんなかったね」
古賀くんとの会話はその場限りで終わるものばかりだった。だから、あたしは彼の隣にいるのが居心地が良かったのかもしれない。見た目のビジュアルがカッコいい彼氏と並んで歩いているだけで、優越感に浸っていただけだ。楽だったんだ。あたしのことを詮索もしないし、ただ一緒にいてくれることが、嬉しかった。
だから、失うことは寂しかった。
まさかフラれるなんて、思ってもみなかったから。
そして、あの日事故に遭ってからだ。
少し、自分の中の考え方や行動が変わってきてしまったのは。
友達なんてAやBで良かった。それなのに、西澤くんやまりんちゃんはその他大勢とは違くて、容赦なくあたしに入り込んでくる。
真夏の照りつける太陽。開いた窓から流れ来る風。カーテンが、ひらひらと揺れている。耳を塞ぎたくなるほどに響いてくるのは、蝉の聲。
うるさい。うるさい、うるさい、うるさい。
ちっとも鳴き止むことなく繰り返し、繰り返し大きくなっていくから、耳を塞いだ。
覆った耳元に、カタンッと扉が開く音が聞こえた。
『杉崎さん』
俯いていたあたしの瞳に、同じ学校の制服を着ている男子生徒の足元が見えた。誰なのか確かめるために視線をあげてみたけれど、顔が見える前にその姿は泡のように弾けたと思ったら、全部消えた。
目が覚めたら、いつもの自分の部屋だった。
だけど、最後に聞こえた声。あたしはあの声を、知っている。
あれは──
「おはよう、杉崎さん」
「……西澤くん」
教室に入る一歩手前で西澤くんに声をかけられた。廊下には登校してきたクラスメイトが何人も歩いている。
「なんか、元気ない?」
心配するみたいに眉を下げてこちらの様子を伺うから、視線を床にそらした。
そんなことないよ、大丈夫。
いつもみたいに笑って交わせばいいんだ。
そう思うんだけど、あたしは黙ったまま声も出せずに俯いた。
これじゃあ、大丈夫じゃないみたいだ。だから、ちゃんと大丈夫って、こんなこと考えたって仕方ないって、笑って答えないと。
「ね、ちょっとだけ。悪いことしようか」
「……え?」
ニヤリと笑う西澤くんの表情が悪巧みを考えている子供みたいだ。
あたしが答える前に手を繋がれて、引っ張っていく。教室とは反対方向。今上がってきた階段を降りて、真っ直ぐに突き当たり目指して進む。途中ですれ違った他学年の先生や生徒に挨拶をしながら、繋がれた手を隠すみたいにして足は急ぐ。
周りに人気が無くなって、たどり着いたのは図書室。特別急いだわけじゃないのに、なんだか突然のことに心臓が速くなっていた。
4
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる