晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第五章 晩夏光の図書室

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 玄関のドアを勢いのまま開けて閉めた。
 靴を揃えることなく無造作に脱ぎ捨て、階段を駆け上がる。部屋のドアを音を立てて閉めると、ようやく息が吸えるような気がしてきた。
 ずっと止めていた呼吸を整えるために、息を吸っては吐く。
 当たり前のように出来ていたことが、出来なくなっていて、苦しい。

 ドアにもたれ掛かり、脱力して座り込んだ。ひんやりとしたフローリングの床が素足に触れて、少しだけ気持ちが落ち着きを取り戻す。
 まだ乱れたままの呼吸を懸命に整えようとしていると、物音に驚いたんだろう、おばあちゃんの声が聞こえてきた。

「涼風ちゃん、何かあったの?」

 不安そうに、だけど大きな声で心配しているように聞かれて、唇を噛んだ。
 ようやく上手に呼吸ができるようになって、あたしはふらりと立ち上がると部屋のドアを開けて階段の下にいたおばあちゃんに手を振った。

「ごめん、おばあちゃん。推しがSNSでライブ始めたから嬉しくって。うるさくしてごめんなさい」

 笑顔を作ってスマホをわざとかざして見せた。安心したような表情をしたおばあちゃんに、あたしもホッとしてドアを静かに閉めた。
 おばあちゃんに嘘をついたことなんてなかった。あたしのことを大切にしてくれて、ずっとそばで見守ってきてくれたから。心配かけたくなかった。何かあればすぐに伝えたし、相談もした。

 だけど、おばあちゃんはあたしに隠し事をしていることを知ってしまった。
 あたしの知らない所で、母と会っていたんだ。もう、おばあちゃんのことだって信用出来ない。あたしのことをわかるのは、あたししかいない。
 母が西澤くんともなにか関係があるとすれば、西澤くんは、もしかして母に頼まれてあたしに近づいてきていたりするんじゃないだろうか? なんて、疑ってしまう。
 考えれば考えるほどに、あたしはひとりぼっちになっていく。みんな信じられない。
 あたしの味方なんて誰もいない。
 もう、どうしたらいいのか、分からない。

 握りしめていたスマホに通知が届いた。
 一度深呼吸をしてから、床に座った。
 膝に頭を乗せて、横向きでスマホの画面を見る。

 》隆大の彼女とフレーバフル行ったんだって? 今度俺とも行こうね! あそこのナポリタン激うまだよ!

 テンションの高いメッセージに、落胆していた気持ちが少しだけ上がる。
 だけど、すぐに公園でのことを思い出して気分は下がった。
 返信はしないでスマホをテーブルの上に置いた。

 ──西澤くんのお母さんって、もしかして再婚?

 なんて、簡単に聞けるならどんなに良いだろう。
 なんだか一気に色んなことがありすぎて、頭の中が破裂してしまいそうだ。
 もう、何も考えたくない。
 ベッドに倒れ込んで、そのまま目を閉じた。
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