晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第五章 晩夏光の図書室

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 立ち尽くしていた場所から数メートル先。公園から、子供たちが一斉に出てくるのが見えた。夕方五時のチャイムが鳴っている。みんな家へと帰っていくんだろうと思って、自然と出てくる子供達を視線だけで見送っていた。

「大海! 置いてくなよぉー!」

 ほとんどの子供達が帰っていってしまった後に、まだ声が聞こえてくる。

「どうするんだよ! なんで置いてくんだよ!」

 叫びながらも、声が震えていて、泣いているように感じる。それも気になったけれど、男の子が叫んでいた名前に、聞き覚えがあった。もしかしたら、この前会った西澤くんの弟かもしれない。
 そう思って公園に足を向けた瞬間、一人の女の人があたしよりも先に公園内に入って行った。
 そっと、様子を伺うようにあたしは木の陰に隠れて立ち止まる。

「また大海は大地のこと置いて先に行っちゃったのね?」
「ママー! お迎えきてくれたの!?」
「うん、たまたま仕事が早く終わったから、まだ大海と大地公園にいるかなぁって思って。それなのに、置いていかれちゃったのね?」
「うん……ボール、あそこに行って分かんなくなったの。なのに、大海一緒に探してくれないで先に帰ったんだよー!」

 泣きそうだった声は、もう完全に泣いてしまっているように感じた。
 泣いたって仕方ないのに。
 不意に頭の中で冷静に考えてしまう。

「泣いても仕方ないでしょう?」

 体に、電流が走ったんじゃないかと錯覚するくらいにビリビリと指先まで震えた。
 女の人が声に出したのは、何度も聞いていた言葉だった。
 だけど、あたしの知っている強いあの言葉よりも、とても柔らかくて優しい。
 同じ言葉なのに、あの子に向けられたのは、包み込むような優しさがあるような気がした。

「大丈夫だよ。ママも一緒に探してあげるからね」
「うん! ママと一緒なら僕も探せる!」
「どの辺り?」

 手を繋いで、親子は茂みの中を探し始めた。

 *
 気が付いたら、全力で走っていた。
 息が切れて、呼吸が苦しい。

 あたしの周りだけ、空気が薄くなってしまったんじゃないかと思うほどに、息苦しくなっていく。
 あたしの知っている母は、いつだって怒っていた。
 あんな風に「大丈夫だよ」なんて、優しい言葉は聞いたことがなかった。
 それに、西澤くんの弟がどうしてあの人のことを「ママ」って呼んでいるの?
 あの人は、あたしの母、だよね?
 遠目からだったけれど、病室で見えたあの人と同じような気がした。うちに来て、おばあちゃんと話している横顔が、似ているような気がした。
 何よりも、あの人の口癖を聞いてしまった。
 だけど、あたしの知っている言葉とは、まるで正反対のように聞こえた。
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