晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

文字の大きさ
上 下
46 / 72
第四章 自分じゃない自分

5

しおりを挟む
「せーんぱーい、無理やりは良くないと思いますけど? その子、泣いてるじゃないすか」

 こちら側からは古賀くんの姿しか見えなくて、階段下で何が起きているのかはよく分からない。だけど、泣いているって言うのは、きっとまりんちゃんのことだ。
 辺りはほとんど人がいなくて、だけど、古賀くんの声に足を止める人もいる。

「良いんですか? 三年の大事な時期にこんなことして。将来有望な先輩が勿体無い」
「うるせぇ! 古賀に何が分かる!」

 古賀くんよりも大きな声で飛び出してきた男子生徒が、走ってあたしの横を通り過ぎていった。
 見たことがあるのは当たり前だった。近くで見てすぐに分かった。生徒会長だ。

「なーんもわかんねーんだけど」

 先輩の走って行った方を向いて、呆れたように古賀くんが睨む。

「ねぇ、涼風、早くこっち来てよ」
「……あ」

 頷いて、あたしは階段下まで急ぐ。
 ぺたりと座り込んで小さく震えるまりんちゃんの姿に、愕然とした。

「まりんちゃん……?」
「涼風ちゃんっ! 怖かったよぉ……」

 震える手であたしに抱きついてくるから、まりんちゃんをしっかり包み込んであげた。

「あれさ、彼氏かなんかなの?」

 古賀くんが確認するみたいに聞いてくる。
 まだ答える余裕のないまりんちゃんに変わって、あたしが顔を上げて代わりに答えた。

「違う。まりんちゃんの彼氏は別の人だよ」
「は? ならちゃんとそいつに言っとけ。こんな簡単に襲われるような見た目と格好させんじゃねぇって」
「……え?」
「噂立ってんだよ。二年の高橋まりんは誰とでもヤラせてくれるって。生徒会長までそんな噂間に受けて。バカだよな」

 そんな噂、あたしは知らない。

「……え、そう、なの?」

 俯いたままのまりんちゃんに聞くと、小さく首を振った。

「リュウくんは悪くない。あたしが変わりたかったからこんな格好してるんだよ。良いじゃん、可愛くなったって。周りがおかしいんだよ。なんでそんな目で見るの? あたしはリュウちゃんだけに可愛いって思ってもらえたらそれで良いのに」
「リュウちゃんって彼氏はさ、あんたの見た目だけが好きなの? ってか、見た目だけ好きになってほしいの? それっておかしくない?」
「そんなこと、言ってない」
「見た目なんて関係なくない? 好きなら中身を見ればいいのに……まぁ、別に俺には関係ないし。とりあえず気をつけなよ。今度はリュウちゃんって彼氏にちゃんと守ってもらいなー」

 腑に落ちない顔を一瞬だけしてから、古賀くんは行ってしまった。
 あたしが呼び止めて助けてもらったのに、お礼も言えなかった。そして、あたしはただ、まりんちゃんの肩をさすってあげることしか出来ない。

「……ごめんね、涼風ちゃん」

 落ち着きを取り戻したまりんちゃんは小さくため息をついてから謝る。

「幸せ、逃げちゃうよ?」
「……あ、そっか、はは」

 あんなに元気いっぱいなまりんちゃんが、今は落ち込んでいる。

「キャラ、作りすぎてたかも。可愛くメイクして、格好も派手にして、彼氏作って楽しくいようって、毎日頑張りすぎてたかも。まさか、生徒会長にまで襲われるとか、ないよね?」

 また、小さく笑うから、あたしはまりんちゃんの隣に腰を下ろして座った。

「休み明けのテストで点数が思うように取れなかったって。ずっと勉強ばっかりで嫌になったからヤらせろって。意味わかんない」

 ぎゅっと両腕で包み込むみたいに小さくなるまりんちゃんに、胸がギュッとなった。
 やっぱり、自分を変えるってことは、今までの自分とは違うものを作り出すことなんだ。まりんちゃんが初めからこんな感じの子じゃなかったのを、あたしは知っている。きっと、自分を変えるって、相当勇気がいることだと思う。だって、絶対に疲れる。自分じゃない自分を作り出すなんて、そんなのあたしだったら絶対に……
 そこまで考えて、あたしはふと、自分じゃない自分って言葉に違和感を感じた。
 本当の自分ってものが、よく、分からない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

星の見える場所

佐々森りろ
青春
 見上げた空に星があります様に。  真っ暗闇な夜空に、願いをかけられる星なんてどこにもなくなった。  *・゜゚・*:.。..。.:*・' '・*:.。. .。.:*・゜゚・*  『孤独女子×最低教師×一途男子』  *・゜゚・*:.。..。.:*・' '・*:.。. .。.:*・゜゚・*  両親が亡くなってから、姉・美月と二人で暮らしていた那月。  美月が結婚秒読みの彼氏と家を出ていくことになった矢先に信じていた恋人の教師に裏切られる。  孤独になってしまった那月の前に現れたのは真面目そうなクラスメイトの陽太。  何を考えているのか分からないけれど、陽太の明るさに那月は次第に心を開いていく。  だけど、陽太には決して表には出さない抱えているものがあって──

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

その花は、夜にこそ咲き、強く香る。

木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』  相貌失認(そうぼうしつにん)。  女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。  夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。  他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。  中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。  ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。  それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。 ※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品 ※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。 ※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

処理中です...