40 / 72
第三章 ラムネとかき氷
10
しおりを挟む
しばらく歩いて、公園からだいぶ離れたところで今更心臓がドクドクと波打ち始めた。
古賀くんに、ますます嫌われてしまったかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。あんな態度をとって、良かっただろうか、もっと上手く笑えば良かったんじゃないか、もう過ぎたことにどんどん後悔し始める。
どうしちゃったんだろう、あたしは。
今までは当たり障りなく、相手に合わせて相槌を打ってきたはずなのに。どうして、古賀くんの思いを受け入れてあげなかったんだろう。
別れたとしても、古賀くんとこれからも友達でいられるなら、嬉しいことだったんじゃないのかな。また、そばにいられたかもしれないのに。
赤信号で立ち止まる。夕陽が沈みかけて薄暗くなってきた空を見上げた。柔らかい風が吹きつけて、走り去る車の排気ガスを巻き上げる。
鬱陶しい暑さはないけれど、まだ気温の高い夕方の空気が体全体に絡みつく。
何かが、あたしの中で変わっている気がする。かすり傷のある右腕の絆創膏にそっと触れて、目を閉じた。
うるさい蝉の聲。
何も感じない真夏の図書室。
西澤くんの、笑い声……
ハッとして、あたしは目を開けた。
信号は青を示していて、周りの人並みが流れていく。その先で、西澤くんが笑っている姿を見つけた。
「……あれ? 杉崎さん!」
横断歩道を渡りきったあたしに気がついて、西澤くんが笑顔で手を振ってくれる。
その隣には、小さな女の子がしっかりと西澤くんと手を繋いでこちらをジッと見ていた。
「また会えたねー! 杉崎さんってここの道帰ることもあるんだ」
「あ、うん……」
本当なら、ここが一番近道。
この前はこの交差点を通りたくなくて遠回りしたら西澤くんと会ったんだ。
まさか、ここでも会うなんて思わなかった。しかも、さっきまで会っていたのに。
「あ、花。ご挨拶して。兄ちゃんのお友達の杉崎涼風さんだよ」
西澤くんが女の子をふわりと抱き上げて、あたしと向き合うように紹介してくれる。
「こんにちは、にしじゃわはなでしゅ!」
まだ辿々しい言葉で一生懸命に瞳を輝かせて挨拶してくれるから、一気に心臓をきゅんっと鷲掴みにされた。
「花ちゃん、こんにちは」
「りょーちゃ?」
「うん、涼風です。よろしくね」
首を傾げてきいてくる花ちゃんに、あたしは微笑んだ。
「はな、りょーちゃ、スキ!」
「え! あ、ありがとう」
小さな両手を大きく広げて伸ばして来るから、あたしはそっと手を握ってあげた。
小さくてぷにぷにしている。
「ほんとうだぁ、西澤くんの言った通りぷにぷにしてるね」
柔らかくて可愛らしい手の感触に喜んでいると、西澤くんが目を見開いてこちらを見ているのに気が付いた。
「……杉崎さん、もしかして」
「え?」
「思い出した!?」
勢いよく近づく西澤くんの表情はよく見れば嬉しそうな顔をしている。
「思い出した……って?」
なんのことだろう?
「花のこと話したの、夏休み中の図書室でなんだ。それ以外では話した事ないし、だから、きっと杉崎さんの記憶に残ってるんだよ! 俺が言った、花のこと!」
興奮気味に熱弁されるけれど、無意識に出ていた言葉だったから、記憶を辿ってみてもやっぱり何も思い出せない。
きっと、歓喜する西澤くんに対して何も言わずに難しい表情をしていたからだろう。
「ごめん、ちょっと嬉しくなってはしゃいだ」
西澤くんが謝るから、小さく首を振る。
「ケンカ、なの?」
あたしと西澤くんの真ん中で、不安そうな小さな声が聞こえてきた。
花ちゃんが泣きそうにあたし達を見ている。
「あ、違うよ」
「ごめんな、花。ケンカじゃないんだ。兄ちゃんと杉崎さんはお友達だから」
「なかよし?」
「うん、仲良しだよ」
「よかった」
安心したみたいににっこり笑う花ちゃん。西澤くんがほっぺたの横からピョンとはみ出す二つ結びをした花ちゃんの頭を優しく撫でた。
「杉崎さんの家ってどっち?」
「え」
「ちょっと散歩。今日は母さんも帰り早いって言ってたから急ぐことないし。花も探検して行こうか?」
「たんけん!? いくー!」
しゃがんで抱っこしていた花ちゃんを下ろすと、西澤くんがまたその手をしっかりと繋いだ。あたしを見上げる花ちゃんのパッチリとした大きな瞳がくるりと揺れた。
「いこ! りょーちゃ」
にっこりと微笑んで、花ちゃんがもう片方の空いている手を差し出す。
驚いたけれど、戸惑いながらもあたしはその手を優しく繋いだ。
小さくて可愛い。
斜め下で嬉しそうに歩き始める花ちゃんに、あたしも心が晴れていく。
さっきの古賀くんとのことでモヤモヤしていた不安が少しだけ、薄くなった。
古賀くんに、ますます嫌われてしまったかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。あんな態度をとって、良かっただろうか、もっと上手く笑えば良かったんじゃないか、もう過ぎたことにどんどん後悔し始める。
どうしちゃったんだろう、あたしは。
今までは当たり障りなく、相手に合わせて相槌を打ってきたはずなのに。どうして、古賀くんの思いを受け入れてあげなかったんだろう。
別れたとしても、古賀くんとこれからも友達でいられるなら、嬉しいことだったんじゃないのかな。また、そばにいられたかもしれないのに。
赤信号で立ち止まる。夕陽が沈みかけて薄暗くなってきた空を見上げた。柔らかい風が吹きつけて、走り去る車の排気ガスを巻き上げる。
鬱陶しい暑さはないけれど、まだ気温の高い夕方の空気が体全体に絡みつく。
何かが、あたしの中で変わっている気がする。かすり傷のある右腕の絆創膏にそっと触れて、目を閉じた。
うるさい蝉の聲。
何も感じない真夏の図書室。
西澤くんの、笑い声……
ハッとして、あたしは目を開けた。
信号は青を示していて、周りの人並みが流れていく。その先で、西澤くんが笑っている姿を見つけた。
「……あれ? 杉崎さん!」
横断歩道を渡りきったあたしに気がついて、西澤くんが笑顔で手を振ってくれる。
その隣には、小さな女の子がしっかりと西澤くんと手を繋いでこちらをジッと見ていた。
「また会えたねー! 杉崎さんってここの道帰ることもあるんだ」
「あ、うん……」
本当なら、ここが一番近道。
この前はこの交差点を通りたくなくて遠回りしたら西澤くんと会ったんだ。
まさか、ここでも会うなんて思わなかった。しかも、さっきまで会っていたのに。
「あ、花。ご挨拶して。兄ちゃんのお友達の杉崎涼風さんだよ」
西澤くんが女の子をふわりと抱き上げて、あたしと向き合うように紹介してくれる。
「こんにちは、にしじゃわはなでしゅ!」
まだ辿々しい言葉で一生懸命に瞳を輝かせて挨拶してくれるから、一気に心臓をきゅんっと鷲掴みにされた。
「花ちゃん、こんにちは」
「りょーちゃ?」
「うん、涼風です。よろしくね」
首を傾げてきいてくる花ちゃんに、あたしは微笑んだ。
「はな、りょーちゃ、スキ!」
「え! あ、ありがとう」
小さな両手を大きく広げて伸ばして来るから、あたしはそっと手を握ってあげた。
小さくてぷにぷにしている。
「ほんとうだぁ、西澤くんの言った通りぷにぷにしてるね」
柔らかくて可愛らしい手の感触に喜んでいると、西澤くんが目を見開いてこちらを見ているのに気が付いた。
「……杉崎さん、もしかして」
「え?」
「思い出した!?」
勢いよく近づく西澤くんの表情はよく見れば嬉しそうな顔をしている。
「思い出した……って?」
なんのことだろう?
「花のこと話したの、夏休み中の図書室でなんだ。それ以外では話した事ないし、だから、きっと杉崎さんの記憶に残ってるんだよ! 俺が言った、花のこと!」
興奮気味に熱弁されるけれど、無意識に出ていた言葉だったから、記憶を辿ってみてもやっぱり何も思い出せない。
きっと、歓喜する西澤くんに対して何も言わずに難しい表情をしていたからだろう。
「ごめん、ちょっと嬉しくなってはしゃいだ」
西澤くんが謝るから、小さく首を振る。
「ケンカ、なの?」
あたしと西澤くんの真ん中で、不安そうな小さな声が聞こえてきた。
花ちゃんが泣きそうにあたし達を見ている。
「あ、違うよ」
「ごめんな、花。ケンカじゃないんだ。兄ちゃんと杉崎さんはお友達だから」
「なかよし?」
「うん、仲良しだよ」
「よかった」
安心したみたいににっこり笑う花ちゃん。西澤くんがほっぺたの横からピョンとはみ出す二つ結びをした花ちゃんの頭を優しく撫でた。
「杉崎さんの家ってどっち?」
「え」
「ちょっと散歩。今日は母さんも帰り早いって言ってたから急ぐことないし。花も探検して行こうか?」
「たんけん!? いくー!」
しゃがんで抱っこしていた花ちゃんを下ろすと、西澤くんがまたその手をしっかりと繋いだ。あたしを見上げる花ちゃんのパッチリとした大きな瞳がくるりと揺れた。
「いこ! りょーちゃ」
にっこりと微笑んで、花ちゃんがもう片方の空いている手を差し出す。
驚いたけれど、戸惑いながらもあたしはその手を優しく繋いだ。
小さくて可愛い。
斜め下で嬉しそうに歩き始める花ちゃんに、あたしも心が晴れていく。
さっきの古賀くんとのことでモヤモヤしていた不安が少しだけ、薄くなった。
4
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる