晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第三章 ラムネとかき氷

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「……どう言うこと? 今の」

 どうしてまりんちゃんが西澤くんと約束していることを知っているの?
 眉間に力が入っているのを感じて、目の前のまりんちゃんが怯えるような目をしているから、あたしは肩の力を抜いた。
 一度ため息を吐き出す。

「あ! ほら、また!」
「……え?」
「ため息は良くないんだってば。ほらほら、吐き出したため息取り戻して! 早く吸い込めば戻ってくるよ! ほらほら」

 目の前に戻ってきたまりんちゃんがあたしの周りの空気を顔の近くにかき集めるみたいに手を動かすから、なんだか呆れてしまって、笑った。

「なんか、まりんちゃんって前から真面目だけど天然だよなーって思ってたけど、もうなんか、本物の天然だわ」
「……ん?」

 見た目が変わってしまったのに、中身は変わらない。

「あたし、幸せ持ち合わせてないからため息吐き出したって、なにも失うものないし大丈夫だよ」

 首を傾げられるから、はははと、笑いながら答えると、一気にまりんちゃんが真顔になった。

「何言ってるの? 幸せじゃない人間なんか居ないんだよ」
「……ん?」

 今度はあたしが首を傾げる。

「あ、ちょっと待ってて。今ね、幸せ運んでくるから」
「……え?」

 良いことを閃いたと、まりんちゃんは明るい笑顔を向けてくれると教室を出て行ってしまった。
 一人取り残された教室の中で、あたしはまりんちゃんが出て行った廊下を見つめていた。

 一息つくと、カバンの中からスマホを取り出して、届いていた通知を見てはまた落ち込む。
 古賀くんからは、やっぱりなんの連絡も来ていない。
 当たり前だよね。あたしからだって何も行動を起こしてないんだから。
 小さくため息を吐きかけて、まりんちゃんの言葉を思い出してそれ以上は吐き出さないように、唇をキュッと閉じた。
 机の上に置いたスマホに、通知が届く。

》ごめん、部活のミーティングあるみたいで少し顔出してかなきゃない。俺から約束したのにごめん。

 ごめんから始まって、ごめんで終わっている。そんなに謝ることなんてない。あたしが行きたくて誘ったわけでもないのに、西澤くんの都合が悪くなったことを、むしろあたしはラッキーだと思ってしまったんだ。だから、謝ってなんか欲しくないのに。

「たっだいまーっ!」

 元気よく大きな声が聞こえたかと思えば、まりんちゃんが教室に戻ってきた。スマホと睨めっこしていたあたしが驚いて振り返ると、「はいっ!」とペットボトルを差し出してくれる。

「幸せ、運んできたよ」

 ニコッと笑うから、つられてあたしまで口角が上がる。素直に目の前のペットボトルを受け取って視線を落として、驚いた。
 〝ラムネサイダー〟と書かれたラベル。
まりんちゃんには、あたしの好きなものの話とか、したことあったかな。
 学校では基本、お茶しか飲まないから。たぶんこれを買ってきてくれたのは、単なる偶然だと思う。

「……あたし、炭酸苦手……」
「えええっ!!」
「……驚きすぎでは?」

 あまりにもガッカリするまりんちゃんの反応に、いちいちおかしくって笑ってしまう。
 そして、ごめん。あたし今嘘ついてる。本当はすごく嬉しい。だけど、知られたくないことだから。

「おかしいなぁ……大空くんにちゃんと聞いたのに」
「……え?」
「あ、いや、ごめんね! じゃあ、あたしのあげる」

 慌てて、まりんちゃんはもう片方の手に持っていたミルクティーのペットボトルを差し出してくるから、あたしはまたしても困ってしまう。
 今度は本当に苦手なんだ。
 暑い時に甘ったるい飲み物は、逆に喉が渇く気がして。でも、また嫌だなんてわがままも言えないから、仕方ない。

「あー……じゃあ、ラムネサイダーの方もらうね」
「え! いいの? 炭酸、大丈夫?」
「うん、たまには、大丈夫。全く飲めないわけじゃないから」

 決して、嫌いなわけじゃない。ラムネサイダーはあたしの数少ない思い出を思い出しちゃうから、苦手なだけ。
 ずっと、記憶の底に封印していた。
 お祭りで見かけるたびに、あのビー玉を弾いてしまったら、堰き止めていた悲しみが泡と一緒に溢れ出てしまうんじゃないかって、怖かった。
 これは大丈夫。堰き止めているものがないから。
 大丈夫。
 ゆっくりゆっくり、蓋を回す。
 炭酸が少しずつ抜けていく音を聞きながら、最後に慎重に蓋を緩めた。
 ホッとしてまりんちゃんに振り返ると、目を見開いているから驚く。

「もしかして! 開ける時のプシュッ! てやつが怖かったの!? 言ってよ! あたし全然開けられるから。一応バスケしてるから握力もあるし」

 全然的外れな心配をされて、あたしはおかしくてまた笑った。

「え? なんで? 違った?」
「違くないよ。開けるのめちゃくちゃ怖かった」

 うん、溢れ出てしまったらどうしようって怖かったのに、なんだか本気で心配してくれてるまりんちゃんの顔を見たら、安心してしまった。
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