晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第二章 忘れていること

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「ほら、この前話したじゃん? あのちょっと髪の長めなヒョロイ奴が、小ニの大海で、さっきの短髪でちびっ子なのが小一の大地」

 サッカーをしに戻ったさっきの男の子たちのいる方を指さして、西澤くんが当たり前のように教えてくれる。
 だけど、あたしはそんな西澤くんの弟たちのことよりも、その前の言葉の方が気になった。

『この前話したじゃん?』

 この前……? って、いつ?
 楽しそうに向こうを眺めている西澤くんには、疑問しか感じない。

「それにしても、ほんと良かった。杉崎さんがちゃんと生きていてくれて」

 こちらを向いた西澤くんの瞳は、穏やかに細くなるけれど、なんだか今にも泣き出しそうだ。
 潤んでいく目に、きっと西澤くんも気がついて、こぼれ落ちないように空を見上げる。

 ようやく傾き始めた太陽は、優しく光を降り注ぐ。澄み渡る空の青は清々しくて、汗ばむ肌に感じる風が心地いい。
 西澤くんは、本当に心からそう思ってあたしに接してくれている気がした。
 だからよけいに、分からない。
 だけど、ここであたしが知らないと、冷たい態度を取ってしまったら、きっと西澤くんは悲しむのかもしれない。だから。

「……あの、古賀くんとのことって……」

 何を知っているの? とまでは聞けなくて、探る様に言葉を濁す。

「え? ああ、今日は大丈夫だった? 古賀がうちのクラス来ることもなかったし、移動の時とか嫌な思い、してない?」
「……え、ああ、うん。なにも」
「そっか、なら良かった。いつでも言ってよ。俺で出来ることなら助けになりたいし。あ、今日はメッセージに返信ありがと。なんか、返信が来てめちゃくちゃ嬉しかった。しかもここで会えちゃったし。また、送ってもいい?」
「え?」
「……迷惑、なら、やめるけど」

 目を伏せた西澤くんが寂しそうに笑うから、あたしは小さく頷く。

「大丈夫、送っても」
「まじ? 良かった! じゃあ、俺妹迎えにいかなきゃないからまた!」

 笑顔で手を振って、西澤くんは弟たちにも「ちゃんと時間なったら帰ってこいよー」と声をかけて、行ってしまった。
 妹も、いるんだ。
 何故かそこだけが頭の中に残って、あんなに親しく西澤くんと話したことが信じられなくて、よく分からない気持ちのままあたしは家に帰った。

 「ただいま」と玄関を開けると、おばあちゃんが夕飯の支度をしてくれているんだろう。香ばしい肉の焼ける匂いが漂って来た。

「涼風ちゃんおかえりなさい。体は大丈夫? 痛いとこや苦しいとこない?」
「うん、全然平気」

 痛みはないし、苦しいのは古賀くんとのことを思い出したことくらい。だけど、さっき西澤くんと話したことで、少しだけ気分は前を向いている。

 夕飯を済ませて部屋に戻ると、置きっぱなしにしていたスマホの通知音が鳴った。
 メッセージが届いている。
 古賀くんからかもしれないと、少しだけ期待をしながら画面を見ると、メッセージを送って来たのは西澤くんだった。
 落胆、とまではいかないけれど、期待した分少しだけガッカリしてメッセージの内容を確認する。

『明日の放課後は図書室来れる?』

 西澤くんは図書室が好きなのかな?
 率直に感じた疑問。そして、あたしには図書室は古賀くんとの思い出がありすぎるから、やっぱり行きたいとは思わない。
 西澤くんは足を怪我して部活は引退したと葉ちゃんが言っていた。弟くんも、怒るくらいに足のことを心配していたから、きっと大きな怪我なんだろう。
 もしかしたら、部活が出来ないから、放課後は図書室にいるのかな。西澤くんって、どんな人なんだろう。
 いつも自己紹介の時は決まって「サッカー命です」って言うくらいにサッカーが好きってことくらいしか知らない。あ、弟が二人いるって言うのはさっき知ったけど……あと、妹。

『うん、めっちゃ小さい。手とかぷにぷにしてて繋ぐと離してくれないし』

 ふいに、西澤くんのデレた笑顔が脳裏に浮かぶ。

「……二歳の、妹?」

 ポツリと言葉に出たから、自分で驚いてしまう。
 それ以上は思い出せないけれど、何故だろう。西澤くんには二歳の妹がいることをどこかで聞いたことがあった様な気がしてくる。
 いつ話したんだろう?
 一年生の時も同じクラスだったから、もしかしたら話の流れで聞いて知っていたのかもしれない。じゃなきゃ、やっぱりあたしは西澤くんとは話したこともないし、西澤くんも、あんな風に親しみやすく話す様な雰囲気の人ではないと思っていたから。
 メッセージの返信には、『行けるよ』とだけ送った。なんだか少し怖いけれど、あたしは何か忘れている様な気がする。


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