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第一章 蝉時雨の出逢い
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西澤くんが帰ってから、夜が来るたびに寂しさが募っていく。昼間の時間があまりにも有意義すぎて、自分の置かれている現状を忘れさせてくれていたから。
だから、余計に夜になると自分はどうしてここにいるのか、一生このままなのか、明日にでも消えてしまうのか、考えるだけでも怖くて、寂しかった。
いっそ、西澤くんには正体をバラしてしまっても良いんじゃないかなとか、どうしたって考えてしまう。そんなことを言われたって、困るのはきっと、西澤くんだ。あたしだけが聞いて欲しいからって自分のことばかり話すわけにはいかないのに。
「へぇ、おばあちゃんと二人暮らしなんだ」
「うん、そうなの」
「じゃあ、家のこととかみんなやらなきゃない感じ? 大変じゃない?」
「え? ううん。全然。おばあちゃんが優しすぎるからみんなやってくれるし、甘えすぎてると思ってるよ」
「そうなんだ!」
おばあちゃんは、本当にあたしに甘い。小さいうちはなんでもやってもらうことが当たり前だと思っていたけれど、友達との会話の中で、家の手伝いをするとか、欲しいものはお小遣いを貯めて買うとか、お弁当は自分で詰めるとか、夕飯をたまに作るとか、少しずつだけど、あたしはおばあちゃん離れをしてきたつもりだ。
仕事から帰ってきたおばあちゃんはいつも「疲れた疲れた」とは言いながらも、あたしに笑顔を向けてくれるから、すっかりそれに安心してしまっていたんだ。
「おばあちゃん、寂しくしてないかな」
「……え?」
つい、ポツリとこぼしてしまった言葉に、あたしはハッとして首を振った。
「……ねぇ、杉崎さん」
「ん?」
「あのさ、夏の花火大会もうすぐじゃん?」
「花火……」
あたしが古賀くんと一緒に見たいと思っていた花火。
「かき氷もあるし、プール……はないけど、大きい花火も、なんなら手持ちの花火も用意するからさ、良かったら一緒に……」
照れ笑いする西澤くんに、あたしはやっぱり胸の奥がギュッと苦しくなる。呼吸がしづらくなって、目頭が熱くなってくる。
唇をキュッと噛み締めて、あたしは泣かないように笑った。
そして、無言のまま首を振る。
だって、行きたいと思ったとしても、このままの状態じゃ行けない。あたしが幽霊だって分かったら、西澤くんはどう思う? もうここへは来てくれなくなるかもしれない。
「まだ、古賀のこと……?」
それも分からない。どうしようもないから、どうしたらいいのかも、分からない。
俯いたあたしの耳に、西澤くんの小さなため息が聞こえた。
「だから、メッセージも返信してくれないんだ?」
「……え」
「ごめん。あれから何回かメッセージ送ったけど、全然見てくれてないよね? 既読にもならないとか、流石にへこむ。俺ばっか楽しいと思ってたんだな。ここに来てた時間。まじでかっこわる。古賀に敵うわけないのに。ほんと、馴れ馴れしくして、今まで、ごめん」
西澤くんが立ち上がって、頭を下げるから、あたしは顔を上げて首を振った。
違う。メッセージは見ていないんじゃなくて、見れないの。あたしだって、西澤くんがあたしを見つけてくれて嬉しかったし、楽しかった。馴れ馴れしいなんて、あたしの方だ。ごめんも、あたしが全部悪いのに。
結局、あたしが西澤くんのことを引き止めたのがいけなかったんだ。
楽しい時間には必ず終わりが来るって、悪いことがあっても、その次にはいいことがあるなんて、そんなの嘘だ。
だから、初めから、出会わなければよかったんだ。
後悔するなら、初めから……
去っていく西澤くんの背中を、あたしはただ見ているしかできなかった。追いかけたって仕方がない。
苦しい胸に湧き上がってくる涙の波を懸命に堪えた。
泣いたって仕方がない。
仕方がないんだ。
蝉は、いつだってあたしの耳に鳴き声を貫いてくる。一生懸命ってなんだろう。必死になるってなんだろう。そんなことしたって、未来が見えないあたしにはどうしようもないし、頑張る意味なんて何もない。
仕方ない。こうなる運命だったんだって、諦めるしかない。それしか、ないでしょ?
だから、余計に夜になると自分はどうしてここにいるのか、一生このままなのか、明日にでも消えてしまうのか、考えるだけでも怖くて、寂しかった。
いっそ、西澤くんには正体をバラしてしまっても良いんじゃないかなとか、どうしたって考えてしまう。そんなことを言われたって、困るのはきっと、西澤くんだ。あたしだけが聞いて欲しいからって自分のことばかり話すわけにはいかないのに。
「へぇ、おばあちゃんと二人暮らしなんだ」
「うん、そうなの」
「じゃあ、家のこととかみんなやらなきゃない感じ? 大変じゃない?」
「え? ううん。全然。おばあちゃんが優しすぎるからみんなやってくれるし、甘えすぎてると思ってるよ」
「そうなんだ!」
おばあちゃんは、本当にあたしに甘い。小さいうちはなんでもやってもらうことが当たり前だと思っていたけれど、友達との会話の中で、家の手伝いをするとか、欲しいものはお小遣いを貯めて買うとか、お弁当は自分で詰めるとか、夕飯をたまに作るとか、少しずつだけど、あたしはおばあちゃん離れをしてきたつもりだ。
仕事から帰ってきたおばあちゃんはいつも「疲れた疲れた」とは言いながらも、あたしに笑顔を向けてくれるから、すっかりそれに安心してしまっていたんだ。
「おばあちゃん、寂しくしてないかな」
「……え?」
つい、ポツリとこぼしてしまった言葉に、あたしはハッとして首を振った。
「……ねぇ、杉崎さん」
「ん?」
「あのさ、夏の花火大会もうすぐじゃん?」
「花火……」
あたしが古賀くんと一緒に見たいと思っていた花火。
「かき氷もあるし、プール……はないけど、大きい花火も、なんなら手持ちの花火も用意するからさ、良かったら一緒に……」
照れ笑いする西澤くんに、あたしはやっぱり胸の奥がギュッと苦しくなる。呼吸がしづらくなって、目頭が熱くなってくる。
唇をキュッと噛み締めて、あたしは泣かないように笑った。
そして、無言のまま首を振る。
だって、行きたいと思ったとしても、このままの状態じゃ行けない。あたしが幽霊だって分かったら、西澤くんはどう思う? もうここへは来てくれなくなるかもしれない。
「まだ、古賀のこと……?」
それも分からない。どうしようもないから、どうしたらいいのかも、分からない。
俯いたあたしの耳に、西澤くんの小さなため息が聞こえた。
「だから、メッセージも返信してくれないんだ?」
「……え」
「ごめん。あれから何回かメッセージ送ったけど、全然見てくれてないよね? 既読にもならないとか、流石にへこむ。俺ばっか楽しいと思ってたんだな。ここに来てた時間。まじでかっこわる。古賀に敵うわけないのに。ほんと、馴れ馴れしくして、今まで、ごめん」
西澤くんが立ち上がって、頭を下げるから、あたしは顔を上げて首を振った。
違う。メッセージは見ていないんじゃなくて、見れないの。あたしだって、西澤くんがあたしを見つけてくれて嬉しかったし、楽しかった。馴れ馴れしいなんて、あたしの方だ。ごめんも、あたしが全部悪いのに。
結局、あたしが西澤くんのことを引き止めたのがいけなかったんだ。
楽しい時間には必ず終わりが来るって、悪いことがあっても、その次にはいいことがあるなんて、そんなの嘘だ。
だから、初めから、出会わなければよかったんだ。
後悔するなら、初めから……
去っていく西澤くんの背中を、あたしはただ見ているしかできなかった。追いかけたって仕方がない。
苦しい胸に湧き上がってくる涙の波を懸命に堪えた。
泣いたって仕方がない。
仕方がないんだ。
蝉は、いつだってあたしの耳に鳴き声を貫いてくる。一生懸命ってなんだろう。必死になるってなんだろう。そんなことしたって、未来が見えないあたしにはどうしようもないし、頑張る意味なんて何もない。
仕方ない。こうなる運命だったんだって、諦めるしかない。それしか、ないでしょ?
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