晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第一章 蝉時雨の出逢い

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「じゃあ、夏休み入ってからはずっと会ってないの? 古賀と」
「え……あー、うん」

 会ってないと言うか、会えないと言うか。
 そこはどう説明して良いのか分からずに濁してしまった。

「夏休み明けに会うのも気まずい感じ?」
「え……」

 そもそも、あたしの夏休みは明けるのだろうかと、考えてしまう。
 古賀くんと顔を合わせる以前に、あたしはもうこの世には存在していないのかもしれないんだ。そしたら、きっと西澤くんのことを驚かせてしまうんだろうな。

「もし、さ、なんか気持ちが沈むようだったら、俺に話しかけてよ」
「……え?」
「あ! いや、えっと、ほら、合図みたいなの送るとか」
「合図?」
「うんうん、古賀と顔合わせたくないって時。俺が全力であいつの前に壁作るから」
「……壁」

 熱量が徐々に上がっていく西澤くんに、あたしは身長一八五センチの古賀くんにディフェンスする推定一七五センチの西澤くんが全く太刀打ちできていない姿を想像してしまう。

「あ! 今俺の身長じゃ、あいつなんかに敵うわけないって思ったろ?」

 悔しそうに目を細めるから、素直に頷いてしまう。

「バスケじゃ勝てねーけど、あいつが飛ばしてきたボールは絶対ゴールには入れさせないってこと!」

 その場合のゴールはあたしのことだろうか。

「ああ! なんか自分でも何言ってんだか分かんねえ」

 ガシガシと頭をかく西澤くんに、あたしは声を出して笑ってしまった。

「ありがとう。何かあった時は、頼りにしてます」

 今は西澤くんしかあたしにはいないから、これは心からの本音だ。
 軽く頭を下げてまた笑うと、西澤くんが手にしていたスマホをこちらに向けてきた。
 なんだろうと首を傾げていると、困ったように眉を顰めたかと思えば、何か決心したような瞳を向けてくる。

「あの、さ。良かったら、連絡先……とか、教えてもらったり……」

 言いながら、徐々に赤くなっていく顔に驚きつつも、あたしまで生き返ったみたいになんだか心臓が脈打つ。
 温度も風も感じないのに、あたしの中の気持ちだけは素直に反応している。
 だけど、残念ながら今あたしはスマホを持っていない。西澤くんがあたしを見つけてくれてからだいぶ仲良くなったし、普通にちゃんとした状態だったら、すぐにでも教えてあげるんだけど、今はそれができない。

「……えっと、ごめん」

 謝るあたしに、西澤くんがすぐにわざとらしく笑う。

「えー! あ、いや、こっちこそごめん! 嫌だよな、うん、気にしないで」
「あ、あの、嫌とかじゃなくて……スマホ、持ってきてなくて」
「……え?」
「スマホ、うちに忘れちゃって」
「あ、そう、なんだ」

 ほっとした顔をする西澤くんに、なんだか心が痛む。

「じゃあさ、クラスのグループメッセージに杉崎さんも参加してたよね? そこから個人的に繋がってもいい? 古賀のことで言えないこととか聞くからさ、いつでも連絡ちょうだいよ」
「……うん、ありがとう」

 西澤くんの優しさが嬉しかった。だけど、あたしからメッセージを送ることは出来ない。そして、夏休みももう終わってしまう。
 考えるとなんだか寂しくて、消えてしまいそうになる。
 西澤くんに見つけてもらって、たくさん話をして、古賀くんに振られたことはもちろん悲しいけれど、心の中はやけにスッキリしている。
 もう思い残すことはないかもしれない。
 あ、おばあちゃん。おばあちゃんのことだけは、気がかりだな。一人ぼっちにさせてしまってごめんって、謝りたいな。
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