晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第一章 蝉時雨の出逢い

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「今日はねー、二十六日。うっわ、もう夏休み終わるじゃん!」

 日にちを見て驚く西澤くんに対して、あたしは実感がない。

「……え? 七月?」

 あたしが事故に遭ったのは、夏休み直前の修了式の後。たしか、七月の二十日前後だった気がする。

「え? 何言ってんだよ、八月でしょ」

 もう、あれから一ヶ月も経とうとしてるってこと?
 西澤くんがあたしに気が付いてくれてからは、まだそんなに時間が経っていないのに。

「夏休みって、いつまでだっけ?」
「八月三十一日まででしょ。あ、でも今年は九月一日が日曜日だから、二日までかな」

 ラッキーとスマホを見ながら笑う西澤くんの姿にあたしは言葉が見つからない。聴こえてくる蝉の聲が、一際大きくなった気がして、不安を感じた。
 夏休みが終わるまで、あと七日間。
 蝉の寿命は七日間だ。

 もしかしたら、こんなに煩わしくて、鬱陶しくて、うるさいと感じるのは、あたしもあと七日間しか、猶予がないからなのかな。

 いや、待って。猶予って……なんだろう。
 命の? あたしはまだ生きているの? 死んじゃったの? それすら全然わからない。
 誰にも聞けないし、教えてもらえない。西澤くんにはあたしが事故にあったことを知っているかなんて、そんなこと聞けないし。仮に知っていたとしたら、きっとなんでここにいるのか逆に聞いてくるはずだ。
 それをしてこないのは、きっと彼があたしが事故に遭ったことを知らないからだと思う。

「それにしても暇だなー」

 脱力したように机に寝そべって、西澤くんがため息を吐き出すのと同じように言った。
 今日は本当になにもやる気がないようだ。

 きっと、夏休み中の課題もとっくに終わっているんだろうし、勉強嫌いな人がいくらサッカーの知識を得ようと勉強したとしても、やはりスポーツは自らの体を動かしてこそ勉強になるものなのかもしれない。座学で文字ばかりを見ているのも、きっとそろそろ限界なんだろう。

「西澤くんは、彼女とかいないの?」

 部活ができないなら、もうそこは割り切って彼女でも作って夏を満喫したらよかったのに。
 あたしだったら絶対にそうする。と言うか、そうしようと思っていた。それなのにフラれて、事故って、マジで最悪だ。
 窓の方を向いていた顔が、くるりと机に寝そべったままこちらを向く。

「なぁ、それ聞く?」

 眉間による皺、やっぱり不機嫌そうな顔をするから、あたしは苦笑いしかない。

「まずさ、彼女とか面倒くさい」

 本当に嫌そうに顔を歪めるから、驚く。

「へぇ、意外かも。サッカー部ってモテるイメージがあるから」

 クラスで西澤くんのことをカッコいいと推している子を数人知っている。ただ、一方的に想っているだけで、確かに告白したとか彼女になれたとか、そんな話は聞いたことがない。
 まぁ、あれだけサッカー命だと豪語していれば、女子も近付き難いところはあったけれど。

「モテねーって、周り男ばっかだし」

 教室では常にサッカー部男子が一つの机に集まってワイワイやっているのは知っている。男同士の戯れ合いはたまにみるけれど、そこに女の子の姿が混ざるのは、確かにあまり見たことがない。

「そーなんだね、でもさ、意外とモテてるよ? 西澤くん」
「……は!?」

 あたしの言葉に、ガバッと勢いよく起き上がるから、あたしは驚く。

「ん、んなわけねーって」

 何故か顔を真っ赤にしながら怒る西澤くんがなんだか可愛くて笑ってしまう。

「なんだよ、笑うなよ」
「あ、ごめんね」

 とは言いつつも、あたしはまだ耳が赤くなっている西澤くんに口元がニヤついてしまう。
 もしかして、西澤くんって女子に免疫ないのかな。そんなことを思いながら、つい揶揄いたくなってしまった。

「彼女いたことあるの?」
「は?」
「もしかして、ない?」
「は!?」

 あたしが問い詰めるほどに焦り出す西澤くんが、ますます可愛く見えてきてしまう。

「好きな人は?」
「……いねぇよ!! 悪いか!」

 恥ずかしさの頂点にきてしまったのか、半ばやけになって叫ぶ西澤くんは、顎に手を付きそっぽを向いてしまった。

「別に悪くはないけど……」

 やり過ぎたのを反省して、あたしは椅子に座り直す。
 あたしだって、つい最近初めての彼氏が出来たばかりだったし、いないことが悪いとかそんなことは思っていない。
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