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第一章 蝉時雨の出逢い
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「蝉ってさ、七日間しか生きられないんだよ」
ぽつり。と、ふいに出てしまった言葉に、西澤くんが振り返る。
「……知ってる、けど?」
眉根を歪ませ不満そうな表情に、あたしはハッとして苦笑いする。
「ほら、やっぱり馬鹿にしてんだろ、俺のこと」
「し、してない! してない!」
「……まぁ、いっか」
細い目であたしをじっと見た後に、落ちてしまったプリントを拾い上げて、諦めるように西澤くんは席に着いて教科書を広げ始めた。
邪魔をするつもりはないんだけれど、話していたくてあたしは西澤くんに声をかける。
「西澤くんは偉いね、部活も勉強も両立させていて」
あたしなんて、なにもなかった。
とくにやりたいこともなくて、チームとか仲間との馴れ合いも面倒に感じた。
友達との関係性だって、気まずくなりたくないから、当たり障りないように上手くやっているんだ。だから、そんなあたしが部活なんて入ったら、ますます気を遣ってしまう。ぜったいに疲れそうだと思って、どこの部にも所属していない。
「あー……まぁ、な」
歯切れの悪い返事が返ってきて、少し気になった。
「……なにか、あった?」
こういう時は、あまり深入りしない方が良いんだけど、今は関われる人が西澤くん以外にいないし、別の意見が出てくるわけでもないから、興味本位でなんとなく、聞きたくなったのかもしれない。
「部活は、もう引退したよ」
「……え、そう、なんだ」
寂しげに笑う西澤くんに、驚いてしまう。
まだ二年生の夏休みだ。それなのに引退って、なんで? 素直に疑問に思ってしまった。
サッカー命でいつもサッカーの話題ばっかり話しているようなイメージだったから。単純に「どうして?」と、聞きたくなった。
だけど、西澤くんの表情を見ていると、あたしが簡単に聞いてしまっていいような話じゃない気もする。何も聞けずに黙り込んでしまっていると、西澤くんの方から切り出してきた。
「足さ、やっちゃって。もうだいぶ良いんだけど、サッカーはやるなって。大会にも出るなって、言われてさ」
戸惑うように目を伏せながら、西澤くんが重たそうに口を開いた。なんだか、声が震えているような気がして、胸がギュッとなる。
「……足?」
机で隠れてしまっている西澤くんの足を見ることはできないけれど、ペンを机の上に放した手が、膝に触れているように見えた。
「俺からサッカー取ったらなんも残んないし。なんかもう、どうでも良くなっちゃってるんだよね」
はは、と渇いた笑い声をあげるけれど、とても弱々しくて切ない。
こんな西澤くんは、見たことがなかった。
教室では明るくて落ち込むことなんてあるんだろうかと思うほど前向きで。サッカーに命賭けてますっていうのが、サッカーのことなんて何も知らないあたしにまで伝わってきていた。
古賀くんもだけど、男の子って、一つのことに夢中になると、その勢いがすごいなって感じることがあった。
あたしにも、それくらい夢中になれることがあったら、って思うけれど、実際には何も見つからないし、そもそも、あたしなんかを必要としてくれる人や物なんて、この世にはないんじゃないかってすら思っている。
あたしだったら、そんなに落ち込むならやらなきゃよかったって思う。そんなに悲しむなら、最初から本気にならなきゃよかったって思う。結局、最後は後悔するんだもん。
寂しいとか、悲しいとか。そんな感情を巻き起こす起爆剤になり得るものは、なるべく排除して生きていきたい。
「サッカーなんて、しなきゃよかったね」
失敗して、結局行き着くのはなんだってここだ。初めから手を出さなきゃよかった。古賀くんのことだって、いくら強がったってあたしは後悔している。上手くいくなんて、一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくて、惨めだ。
思い出して悔しさが込み上げてくるから、あたしはきゅっと唇を噛んだ。
「いや、それは思ってないよ」
「……え?」
「サッカーなんてしなきゃよかったとは、俺は思わないよ」
顔を上げて西澤くんの方を見ると、彼はふわりと笑っている。さっきまでの悔しそうで、切なそうな顔はもうしていない。
ぽつり。と、ふいに出てしまった言葉に、西澤くんが振り返る。
「……知ってる、けど?」
眉根を歪ませ不満そうな表情に、あたしはハッとして苦笑いする。
「ほら、やっぱり馬鹿にしてんだろ、俺のこと」
「し、してない! してない!」
「……まぁ、いっか」
細い目であたしをじっと見た後に、落ちてしまったプリントを拾い上げて、諦めるように西澤くんは席に着いて教科書を広げ始めた。
邪魔をするつもりはないんだけれど、話していたくてあたしは西澤くんに声をかける。
「西澤くんは偉いね、部活も勉強も両立させていて」
あたしなんて、なにもなかった。
とくにやりたいこともなくて、チームとか仲間との馴れ合いも面倒に感じた。
友達との関係性だって、気まずくなりたくないから、当たり障りないように上手くやっているんだ。だから、そんなあたしが部活なんて入ったら、ますます気を遣ってしまう。ぜったいに疲れそうだと思って、どこの部にも所属していない。
「あー……まぁ、な」
歯切れの悪い返事が返ってきて、少し気になった。
「……なにか、あった?」
こういう時は、あまり深入りしない方が良いんだけど、今は関われる人が西澤くん以外にいないし、別の意見が出てくるわけでもないから、興味本位でなんとなく、聞きたくなったのかもしれない。
「部活は、もう引退したよ」
「……え、そう、なんだ」
寂しげに笑う西澤くんに、驚いてしまう。
まだ二年生の夏休みだ。それなのに引退って、なんで? 素直に疑問に思ってしまった。
サッカー命でいつもサッカーの話題ばっかり話しているようなイメージだったから。単純に「どうして?」と、聞きたくなった。
だけど、西澤くんの表情を見ていると、あたしが簡単に聞いてしまっていいような話じゃない気もする。何も聞けずに黙り込んでしまっていると、西澤くんの方から切り出してきた。
「足さ、やっちゃって。もうだいぶ良いんだけど、サッカーはやるなって。大会にも出るなって、言われてさ」
戸惑うように目を伏せながら、西澤くんが重たそうに口を開いた。なんだか、声が震えているような気がして、胸がギュッとなる。
「……足?」
机で隠れてしまっている西澤くんの足を見ることはできないけれど、ペンを机の上に放した手が、膝に触れているように見えた。
「俺からサッカー取ったらなんも残んないし。なんかもう、どうでも良くなっちゃってるんだよね」
はは、と渇いた笑い声をあげるけれど、とても弱々しくて切ない。
こんな西澤くんは、見たことがなかった。
教室では明るくて落ち込むことなんてあるんだろうかと思うほど前向きで。サッカーに命賭けてますっていうのが、サッカーのことなんて何も知らないあたしにまで伝わってきていた。
古賀くんもだけど、男の子って、一つのことに夢中になると、その勢いがすごいなって感じることがあった。
あたしにも、それくらい夢中になれることがあったら、って思うけれど、実際には何も見つからないし、そもそも、あたしなんかを必要としてくれる人や物なんて、この世にはないんじゃないかってすら思っている。
あたしだったら、そんなに落ち込むならやらなきゃよかったって思う。そんなに悲しむなら、最初から本気にならなきゃよかったって思う。結局、最後は後悔するんだもん。
寂しいとか、悲しいとか。そんな感情を巻き起こす起爆剤になり得るものは、なるべく排除して生きていきたい。
「サッカーなんて、しなきゃよかったね」
失敗して、結局行き着くのはなんだってここだ。初めから手を出さなきゃよかった。古賀くんのことだって、いくら強がったってあたしは後悔している。上手くいくなんて、一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくて、惨めだ。
思い出して悔しさが込み上げてくるから、あたしはきゅっと唇を噛んだ。
「いや、それは思ってないよ」
「……え?」
「サッカーなんてしなきゃよかったとは、俺は思わないよ」
顔を上げて西澤くんの方を見ると、彼はふわりと笑っている。さっきまでの悔しそうで、切なそうな顔はもうしていない。
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