晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第二章 忘れていること

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「涼風ぁ~!!」

 久しぶりの教室に入ると、真っ先に駆け寄ってくれたのは友達の葉ちゃんだ。

「大丈夫だった!? 涼風が事故に遭ったって聞いて、あたし心配で心配で……」

 うるうると涙を溜め込んだ葉ちゃんの瞳が、あたしの全身を隈なく見る。

「わーん! 痛いよね、怖かったよね! でも無事で良かったー!」

 ついには泣き出してしまって、あたしに抱きついてくる。よしよしとあたしよりも背の高い葉ちゃんの頭を子供みたいに撫でると、他にも周りで見ていたクラスメイトが「良かった」「大丈夫?」と話しかけてくれた。
 みんなが優しいのは知っているけど、今はもう少しそっとしておいてほしい。とは言えずに、あたしは今日もみんなに愛想を振り撒く。

 先生が入ってきてようやく解放されると、ふと視線を感じて、あたしは机の列の一番前を見た。
 そこにいるのは、サッカー部の西澤くん。泣きそうに眉を下げながら、あたしに微笑んでくれる。だから、つられてあたしもぎこちなく微笑んだ。
 西澤くんも、もしかして心配してくれていたのかな?
 そのまま席に座った彼の後ろ姿を視界に入れたまま、あたしも自分の席に着いた。
 西澤くんとは、あまり……と言うか、全然話したことがない。きっと、クラスメイトが事故に遭ったからだよね、心配してくれているのは。きっと、優しい人なんだろうな。
 そう思いながらも、あたしは先生の見えないところでスマホを取り出してメッセージアプリを開く。
退院して家に帰ってから、気になっていたことがあった。

 スマホには、一ヶ月前から着信や未読のメッセージがたくさん溜まっていた。
 葉ちゃんや先生。おばあちゃん。他にも友達や先輩だったり後輩だったり。一番ほしいはずの古賀くんからのメッセージは一つもなくて落ち込んでいると、一番新しいメッセージの履歴に西澤くんの名前を見つけた。
 そして、西澤くんが送ってきたメッセージに、どうしてこんなことを送ってきたんだろうと、あたしは不思議に思った。
 唐突なメッセージ。クラスのメッセージグループには西澤くんも入っていたことは知っている。だけど、個人でのやり取りはしたことがなかった。と、言うか、本当に教室でも西澤くんはサッカー部の男子と常に一緒にいて、あたしがそこに交わることなんてなかったし、だから、話をすることだって思い返してみても挨拶とか授業の連絡とか、それくらいしかない。だから、こんなメッセージが送られてくることが、なんだか、不思議と言うか……怖いと思った。

「え? 西澤くん?」

 お昼休みに、葉ちゃんと一緒に机をくっつけてお弁当を食べながら聞いてみた。

「葉ちゃん、前に西澤くんのことかっこいいって言ってたよね」
「うん。サッカー命ですって堂々と言っちゃうくらい、真っ直ぐで真面目な感じがカッコいいよね。絶対浮気とかしなそう!」

 力強く頷きながら葉ちゃんは答えてくれる。かと思えば、しゅんと落ち込むみたいに視線を下げて手にしていた箸をお弁当箱の中に下ろした。

「でもねー、西澤くん夏休み中の練習試合で足怪我しちゃったんだよー。だからね、もうサッカー出来ないらしい。辛いよね……なんか気の利いた言葉でもかけてあげたいけど、普段からあまり話したことないし、こんな時だけ優しい言葉かけても響かないよなって、諦めてる」

 綺麗に何層も円を描いた卵焼きを箸で掴むと、葉ちゃんはパクりと口にした。

「……そう、なんだ」

 西澤くんも夏休み中にそんなことがあったんだ。
 確かに、サッカー大好きな西澤くんにとっては重大事件だろうな。あたしの彼氏にフラれる、なんて事件とは訳が違う。まぁ、そのあとの事故に遭ったことの方が大事件だったけれど。
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