晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第二章 忘れていること

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 事故に遭った交差点は、なるべく通らない様にしたいから、あたしは遠回りをして家までの道を歩いた。いつもと違う風景は、なんだか新鮮な気がして、嫌なことも考えずに済む様な気がした。
 茶色の猫が気だるそうに歩いている。暑さに参っているんだろうなと思うと、可哀想にも感じる。住宅が続いて、しばらく歩くと並木通りに公園が見えてきた。
 こんなところに公園なんてあったんだ。そんなことを思って、立ち止まる。小学生くらいの小さな子供たちが、集まって遊んでいるのが見えたから、その子たちの動きを目で追っていた。
 小さなサッカーゴールが置かれている広場で、サッカーをしている。ボールを取り合って喧嘩するみたいに男の子たちが騒いでいると、ボールがあたしの方に転がってきた。

「へたくそ大地だいちー! 早く取ってこいよー!」
「うるせえっ、大海たいかいが下手なんだろ!」

 文句を叫びながら、真っ黒に日焼けした男の子があたしの足元に転がってくるサッカーボールを追いかけてこちらに走ってきた。
 これ以上転がってしまったら道路に出てしまうと思って、あたしはしゃがんでボールを両手で止めた。

「あ! 大空たいく兄!」

 目の前まで来た男の子は、ボールを持っているあたしじゃなくて、嬉しそうに瞳を輝かせてあたしの後ろに視線を送っているから、つられて振り返った。

「また喧嘩しながらやってるのか?」
「むーっ! だって俺の方にボール寄越さない大海が悪いんだよ!」

 怒りながら、男の子はあたしからボールを奪う様に取るから、呆気に取られる。

「こら! 大地。ボール、拾ってくれたんだから、お姉さんに言うことあるだろ?」

 男の子の頭をポンっと撫でると、怒った顔で言うのは、西澤くんだ。
 頬を一瞬膨らませて眉を顰めてから、男の子はあたしに向き合う。

「ありがとう……でもこれは大海が下手だからだよ……」

 ぶつぶつと腑に落ちない様に言い訳をする男の子に、西澤くんがしゃがんで目線を合わせると、微笑んだ。

「いつも言ってるだろ? サッカーはチームワークなんだから。自分ばっかり上手くなっても意味がないんだよ。喧嘩するならサッカーはやるな。そんなのやってる意味がない。ちゃんと、みんなのこと考えてボールを運ばないと」

 真剣な目で真っ直ぐに伝える西澤くんの言葉に、あたしまでなんだか胸がギュッとなる。
 ただ怒るわけじゃなくて、ちゃんとどうしたら良いのか考える様に伝える西澤くんの言葉に、男の子は小さく頷いた。

「よし、じゃあ俺もまぜて」
「え! だって! 大空兄、足怪我してるでしょ?」
「まぁ、少しくらい平気だよ」
「ダメ!」
「……お?」

 今度は、男の子が西澤くんのことを怒り出した。

「病院の先生に、今サッカーしたらもう一生サッカーできないって言われたんだから! ダメだよ! 絶対!」

 小さな手で来ない様に押し返しているから、思わず西澤くんもよろめいている。

「仲良くやるから! 兄ちゃんは足を労って!」

 ボールを脇に抱えて、男の子は走って戻って行ってしまった。

「……労ってって、どっからそんな言葉覚えたんだろ」

 立ち尽くす西澤くんの後ろ姿に、しゃがんだままだったあたしはそっと立ち上がった。
 このまま黙って立ち去るわけにもいかずにどうしようかと思っていると、西澤くんが振り返った。

「ごめんね、杉崎さん。今の俺の弟」
「……え、あ、そう、なんだ」

 前から親しかったように近づいて来て言われるから、あたしは驚きつつも歯切れ悪く笑顔を作る。
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