晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第二章 忘れていること

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 規則正しい機械音と、なにやら慌ただしそうな雰囲気を感じて目が覚めた。
 まだ重たい瞼を、うっすらと開けてみる。ぼやける視界に映るのは白い天井。どうやら、眠っていたらしい。

「……か……うかちゃん……」

 重苦しい体はぴくりとも言わないけれど、ようやく視界が見えてきて、耳元の声が聞こえる方へ視線を動かした。

「涼風ちゃん!!」

 あたしの名前を叫ぶように呼ぶこの声は、おばあちゃんだ。

「涼風ちゃん! 先生、涼風ちゃんが目を覚ましました!」

 しきりにあたしの名前と先生を呼ぶ声に、ここが病院であることがなんとなく分かった。
 嗅覚が家とは違う匂いを感じる。視界に入ってきた長い管と、それを辿っていくと点滴のようなものを見つけた。
 あたしは、どうしたんだっけ?
 おばあちゃんの呼びかけには、まだ反応する気力がない。だけど、思考は徐々に戻ってくる。

『なぁ、涼風、俺ら別れよう?』

 夏休み直前の帰り道、あたしは古賀くんにフラれたんだ。鮮明に、あの時の記憶が蘇ってくる。
 自分から勇気を出して告白して、初めて出来た彼氏。夏休みにはたくさんやりたいこともあった。それなのに。
 つんざくようなクラクションと車のタイヤが擦れる音が頭の中に響いてきて、真っ暗になる。

 それ以降は、何も思い出せない。
 今、目覚めてここにいるのは、きっとあたしが事故に遭って病院に運ばれたからなんだろう。

 だけど、なんでだろう。
 なんだか気持ちは、軽いような気がする。
 事故に遭って、いろんな蟠りが吹き飛んでいってしまったのだろうか?

 おばあちゃんの呼びかけに出来る限りの笑顔で応えると、ぼやけた視界がゆっくりと見え始めた。泣きながら、おばあちゃんは安心したようにあたしの手を握って、「生きていてくれてありがとう」と笑ってくれた。

「……涼風」

 ふいに、聞きなれない女性の声があたしの名前を呼んだ。おばあちゃんから視線をずらして、後ろを伺う。思うように体が動かせないから、声の主が誰なのかなかなか姿を捉えることができなかった。だけど、おばあちゃんがあたしの手をそっと離すと、入れ替わるように誰かと交代した。
 まだ鮮明ではない視界に、四十代くらいだろうか。目元が赤く涙を拭うような仕草をする女性が映り込む。

「良かった涼風、無事で……」

 小さな声で呟いて鼻を啜ると、女性はすぐにあたしから顔を背けた。

『泣いたってなんにもならない』

 顔を背けて涙を拭うように目元を擦る女性を見て、あたしは母のことを思い出した。
 もしかしたら、この人。
 頭がようやく働くようになって、一瞬だけ見えた顔。歳をとってしまっているけれど、幼い頃にあたしを置いていなくなった母じゃないかと感じた。すぐにおばあちゃんに頭を下げて、女性は行ってしまった。
 泣き顔を、見られたくなかったのかもしれない。だって、もしあの人が母だとしたら、「泣いたってなんにもならない」って思っているはずだから。だけど、一瞬だけ見えてしまった赤く潤んだ瞳。あたしのことを心配して泣いてくれたのかな? なんて、そんなことあるはずないのに、勝手にいいように解釈してしまう。あたしは、とっくに見捨てられたんだもん。今更心配だなんて。おかしいよね。

 意識が戻った次の日、あたしは順調に回復していて、二、三日様子を見て問題がなさそうだったら退院できると言われた。
 幸い、事故の怪我も頭を打ったことによる軽い脳震盪と、まだ痛むけれど手足の擦り傷程度の軽傷だった。ただ、一ヶ月も眠り続けたことが心配された。先生との話し合いで、今後も定期的に病院へ通うことになって、退院の運びとなった。
 まだ大きな絆創膏を貼った手足は周りから見たら痛々しいかもしれないけれど、あたしとしてはもうほとんど痛みも感じないし、傷を隠すために貼っているようなものだった。
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