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第一章 蝉時雨の出逢い
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西澤くんと図書室で会うようになってから、五日が過ぎた。
毎回冷房の入っていない図書室にうんざりしながら入ってきては、先にいるあたしに「クーラーのスイッチくらい入れといてよ」と、小言を言うようにまで打ち解けてきた。
だけど、あたしはクーラーのスイッチは入れることができない。なぜなら、あたしが実体のない……たぶん、幽霊だから。
リモコンに触れる事ができないのだから、当然ボタンを押せるわけもなく、本当なら涼しくしておいてあげたいところなんだけど、残念ながら西澤くんが来てから自分でスイッチを入れるしかないのだ。
悪いとは、思っている。だけど、仕方ない。
仕方ないって、便利な言葉だな。
そんなことを考えて本を読んでいるふりをしていると、珍しく今日は教科書もノートも開かずに西澤くんはずっと机に寝そべっている。顔は向こうを向いているから、起きているのか寝ているのかは分からないけれど。
じっと西澤くんの様子を伺っていると、一定のリズムで肩が上下にゆっくり動いていて、寝息のようなものが聞こえてくる気がする。もしかして、寝てる? そう思った瞬間、むくりと起き上がるから、あたしは慌てて本に視線を落とした。
「……あれ? やば、本気で寝てた?」
キョロキョロとここがどこかを確かめるようにあたりを見渡し、ようやくあたしを捉えて聞いてくる。
「……たぶん、寝てた、と思う」
寝息が聞こえたし。
「あー、やっぱり」
「え、まさか、家でも遅くまで勉強とかしてるの?」
好きなことに夢中になれるって、集中力もすごそうだし。もしかして、西澤くんって、めちゃくちゃ勉強家なんじゃ……
「まさか! しないよ、勉強なんて」
ケラケラと笑う西澤くんの返答に、あたしは見当違いな考えをしていたと苦笑いする。
「うちさ、弟二人に妹一人いてさ」
「……え?」
「しかもまだ三人とも小さくてさ。弟たちは小一と小三でかなりやんちゃ。一番下の妹なんて二歳だからめちゃめちゃかわいいよ」
「え! 二歳⁉︎ ちっちゃ!」
あたしの知り合いには小さい子供はいないし、もちろん兄弟もいないから、二歳の子供のイメージは小さい以外に想像がつかない。
「うん、めっちゃ小さい。手とかぷにぷにしてて繋ぐと離してくれないし」
「へぇ……」
思い出しているのか、西澤くんの顔が若干だらしなく下がっている気がする。あたしの反応に、自分がデレていたことに気がついたのか、西澤くんは咳払いをしてから姿勢を正した。
「とにかく、そんな弟と妹たちの面倒見てて寝不足なだけ。家でなんて宿題も出来ないし、ここに来るのはまぁ、あいつらから逃げて休みにきてるようなもんかな」
「……そう、なんだ」
恥ずかしげもなく大きな口を開けてあくびをする西澤くんに呆気に取られていると、涙が滲む目尻を拭ってからこちらを見てくる。
「杉崎さんはいるの? 兄弟」
「え……いや、いない……けど」
「そっか、まぁ、でもここ落ち着くよな」
窓の外に視線を向けて、西澤くんはため息を吐き出した。
「あのさ、西澤くん」
「ん?」
「今日って、何月何日?」
「え? あー、と」
あたしの質問に、西澤くんがポケットからスマホを取り出す。
図書室に時計とカレンダーはあっても、デジタルで日付表示されているわけではないから、あたしには今がいつなのかも分からなかった。
時間はどんどん過ぎていくのに、あたしはずっとここにいる。
もしかして、一生このままで、夏休みが過ぎて西澤くんがここへ来なくなったら。学校が始まってたくさんの人がまたここを利用するようになったら、あたしはどうなってしまうんだろうかと、少し不安になった。
毎回冷房の入っていない図書室にうんざりしながら入ってきては、先にいるあたしに「クーラーのスイッチくらい入れといてよ」と、小言を言うようにまで打ち解けてきた。
だけど、あたしはクーラーのスイッチは入れることができない。なぜなら、あたしが実体のない……たぶん、幽霊だから。
リモコンに触れる事ができないのだから、当然ボタンを押せるわけもなく、本当なら涼しくしておいてあげたいところなんだけど、残念ながら西澤くんが来てから自分でスイッチを入れるしかないのだ。
悪いとは、思っている。だけど、仕方ない。
仕方ないって、便利な言葉だな。
そんなことを考えて本を読んでいるふりをしていると、珍しく今日は教科書もノートも開かずに西澤くんはずっと机に寝そべっている。顔は向こうを向いているから、起きているのか寝ているのかは分からないけれど。
じっと西澤くんの様子を伺っていると、一定のリズムで肩が上下にゆっくり動いていて、寝息のようなものが聞こえてくる気がする。もしかして、寝てる? そう思った瞬間、むくりと起き上がるから、あたしは慌てて本に視線を落とした。
「……あれ? やば、本気で寝てた?」
キョロキョロとここがどこかを確かめるようにあたりを見渡し、ようやくあたしを捉えて聞いてくる。
「……たぶん、寝てた、と思う」
寝息が聞こえたし。
「あー、やっぱり」
「え、まさか、家でも遅くまで勉強とかしてるの?」
好きなことに夢中になれるって、集中力もすごそうだし。もしかして、西澤くんって、めちゃくちゃ勉強家なんじゃ……
「まさか! しないよ、勉強なんて」
ケラケラと笑う西澤くんの返答に、あたしは見当違いな考えをしていたと苦笑いする。
「うちさ、弟二人に妹一人いてさ」
「……え?」
「しかもまだ三人とも小さくてさ。弟たちは小一と小三でかなりやんちゃ。一番下の妹なんて二歳だからめちゃめちゃかわいいよ」
「え! 二歳⁉︎ ちっちゃ!」
あたしの知り合いには小さい子供はいないし、もちろん兄弟もいないから、二歳の子供のイメージは小さい以外に想像がつかない。
「うん、めっちゃ小さい。手とかぷにぷにしてて繋ぐと離してくれないし」
「へぇ……」
思い出しているのか、西澤くんの顔が若干だらしなく下がっている気がする。あたしの反応に、自分がデレていたことに気がついたのか、西澤くんは咳払いをしてから姿勢を正した。
「とにかく、そんな弟と妹たちの面倒見てて寝不足なだけ。家でなんて宿題も出来ないし、ここに来るのはまぁ、あいつらから逃げて休みにきてるようなもんかな」
「……そう、なんだ」
恥ずかしげもなく大きな口を開けてあくびをする西澤くんに呆気に取られていると、涙が滲む目尻を拭ってからこちらを見てくる。
「杉崎さんはいるの? 兄弟」
「え……いや、いない……けど」
「そっか、まぁ、でもここ落ち着くよな」
窓の外に視線を向けて、西澤くんはため息を吐き出した。
「あのさ、西澤くん」
「ん?」
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