晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第一章 蝉時雨の出逢い

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 西澤くんが図書室に来なくなって二日が経った。
 夏休みももう終わってしまう。あたしはここで、ずっと一人きりでいないといけないのだろうか。
 もう、考えて寂しくなることすら通り過ぎていて、あんなに煩わしかった蝉すらも、鳴き止まないでずっとうるさいままでいてほしいと、願ってしまう。

 夏が終わったら、終わることがあるなら、きっと、あたしもこの世から去ることになるのだろうか。寂しいけれど、誰にも必要とされていないあたしは、ここに残る意味も何もない気がする。だったら、一日でも早く、消えて無くなりたい。もう、思い残すことなんて何もないよ。あたしのいない世界が何か変わるはずもないし、きっと、蝉と同じ。
 短い命だったね、可哀想。
 ただ、それだけだ。うん、それだけ。

 窓のカーテンをとめるタッセルが、緩んで外れてしまった。直すことができないあたしは、カーテンにぶつかることもなく、風で揺れ動くのを眺めていた。


 その日は、いつもと少し違っていた。
 図書室のドアが開くと、部屋の熱気に毎回声をあげていた西澤くんが何も言わずに入ってきた。そして、神妙な面持ちであたしを離れた場所からじっと見つめてくる。

 いつも開きっぱなしの窓。外からの僅かな風に、タッセルの外れてしまったカーテンが揺れていて、日差しが降り注ぐ。
 暑さを知らないあたしは、立ち止まっている西澤くんから顔を背けた。
 来てくれたことは嬉しいけれど、どんな顔をして話せばいいのか分からない。ゆっくり近づいてくる気配に顔を上げると、西澤くんの額からは汗が流れ落ち、首筋を流れていくのが見えた。

 いつもはすぐにエアコンを入れるのに、今日は忘れてしまっている様だ。あたしには電源を入れることはできないから、西澤くんが自分でカウンターにあるリモコンを操作するしかない。真面目な顔をしたまま立ち尽くしているから、なんだか場の雰囲気に耐えきれなくて、笑顔を向けてみた。
 だけど、彼の表情は変わらない。それどころか、ますます険しくなっていくように感じる。眉間に皺が寄り、なんだか少し、怖くなる。

「なんで、杉崎さんはここにいるの?」

 疑うような視線と質問に、あたしは全身がびくりと震えた。

「さっき、夏休み初日に事故に遭ったって、まだ意識が戻らないって、先生から聞いたんだ……」

 震えている気がする西澤くんの声に、あたしは目を見開いた。

 西澤くんは、今日図書室に来るまでの間に聞いてしまったことを、ゆっくりと話してくれた。
 体育館からバスケットボールの弾む音が聞こえてきて、ふと足を止めると、入り口付近で古賀くんが話しているのが聞こえたようだ。
 同じ部活仲間と休憩中に、あたしの話をしていたらしい。
 内容は、あたしが夏休み前日の修了式後に車に轢かれたこと。それから一度もあたしとは会っていないこと。悲しむようでもなく、笑いを交えて平然と話していたそうだ。
 気になった西澤くんは、すぐに職員室に向かって行って、担任に聞いたらしい。
 あたしは、今、集中治療室にいて、事故の日からずっと目を覚さないでいると。

「……そう、なんだ」

 西澤くんの話を聞いて、自分がまだ死んではいないことを知って体が震えだす。安心したのかな。そう思うくらいに脱力していた。
 だけど、それならどうして、あたしはここにいるんだろう。わからなくて、不安になる。
 ため息ばかりしか出てこなくて、だからってどうしたらいいのかもわからなくて、途方に暮れる。

「気がついたらね、ここにいたの。自分が生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。ずっとこのままなのかなって、怖かった。だけどね、そんなあたしを西澤くんが見つけてくれたんだよ」

 真っ直ぐに、背中から陽の光があたしの体をすり抜けていく。影ができるはずの体は、キラキラと光を室内に受け入れて、透明に、存在しないみたいに透けていく。
 手が、腕が、体が、背景を溶かし始めるから、あたしはもう消えてもいいんだって思ったからかな、なんて、意外と冷静になれた。

「杉崎さん……なんか、消えそうじゃね?」

 ポツリと、困惑した西澤くんの声に顔をあげて彼をみる。
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