晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第一章 蝉時雨の出逢い

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 朝と共に蝉は忙しなく鳴き始める。うるさいと感じていた昨日よりは、少しだけその音に慣れた様な気もする。

「うっわ! 今日もあっちぃなぁー!」

 ガタガタと軽快に図書室に入ってきた西澤くんは、今日はTシャツに短パンとラフな格好をしている。
 あたしは昨日と同じ席に座って、同じ本を手にしていた。昨晩はいつの間にか眠っていたらしい。気が付いたら世界が明るくなっていて、また同じ様に蝉が鳴く聲で目が覚めた。
 ピッと、機械音が鳴り、やってきた西澤くんはあたしの目の前で大きなため息を吐いた。

「まじ、暑くねーの? 涼しい顔しちゃってさ。俺一瞬にしてシャワー浴びたみたいになってんだけど。外の方がまだマシかも」

 文句を言いながらも昨日と同じトートバッグを机の上に置くと、迷うことなく窓を開け放つ。
 一気に外の風が入り込んで、机に置いてあったプリントが一枚飛んでいった。あたしは慌てて押さえようとしたけれど、簡単にプリントは手をすり抜けていってしまった。

「あー、涼し……くねぇ!!」

 一瞬だけ風を浴びて喜んだかと思えば、次の瞬間には怒っている。

「あっつ! 何この熱風。地獄? ここ日陰だよね? 日陰地獄?」

 まとめていたカーテンを解いて、暑さはあるものの太陽の角度が低いから光はまだ入り込んでこない窓に蓋をするように西澤くんは閉めた。
 そして、考え込むように顎に手を置き、悩み始める姿に、あたしは首を傾げた。

「どうしたの?」
「いや、カーテン引いた方が涼しいのか、引かない方が涼しいのか、どっちだろうなと思って」
「……あ、そう」

 そんなことで悩んでいたのか。
 あたしが呆れたように返事をしてしまうと、西澤くんがこちらを振り返った。

「今、そんなことで悩んでんのかって思っただろ?」
「え!?」
「ははっ、図星かよ」
「あ、いや、そんなことは……思ったけど」

 笑う西澤くんに、あたしは焦りながらもしゅんとしてしまう。

「なんだ、素直じゃん」
「……え?」
「そんなこと思ってない。で、突き通すかと思ったのに。やっぱ俺のこと少し馬鹿にしてるよね?」
「え! 馬鹿になんてしてないよ!」
「そっか? ならいーけどさ」

 西澤くんは少し不機嫌そうに、「やっぱりー……」と悩んでからカーテンを勢いよく開けた。

「開けた方が風が来る気がする。微々たるもんだけど、ないよりマシか。ってかさー、さっきからよく鳴くよねー、うるさ」

 外に身を乗り出して杉林を見上げる西澤くん。彼の耳にも、蝉の聲は耳障りらしい。
 あたしにだけこんなにうるさく聞こえているんじゃないかと思っていたけれど、なんだかホッとする。
 蝉だってきっと必死なんだ。
 短い命に、「可哀想」の言葉だけじゃ、きっと報われない。
 あたしだって、もしかしたら、事故に遭って「可哀想」で終わってしまう人間なのかもしれない。蝉みたいに命の寿命が分かっていたら、あたしだってなりふり構わずに全力で泣き喚いていたかった。
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