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ツァトゥグアの恐怖
17 取り戻し(てしまっ)た人質
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岡本浩太と綾野は助け出した桂田利明をと
りあえず琵琶湖大学付属病院に連れて行った。
「気分はどうだ。」
桂田利明は多少顔色が悪いことを除けばと
くに変わった様子も無かったが念のため入院
させることにした。精密検査をしてもらうた
めだ。
「なんだかおかしな気分です。ツァトゥグア
の体内に居るときはツァトゥグアが発生して
から今までの気の遠くなるような時間を体験
しました。壮絶な旧神との戦い、旧支配者達
の中での反目、洞窟に封印されてから訪れた
十人に満たない人間達とのやり取り。なんだ
か自分がツァトゥグアになったかのようで
す。」
ツァトゥグアの体内でその記憶を再体験し
ていたのだろう。精神が崩壊しなかっただけ
でも幸いだった。全く別の第三者的にその記
憶をたどったのなら、すぐに精神的に死を迎
えていただろう。取り込まれた状態、融合し
た状態だったから逃れられたのだ。
「まあ助かってよかったよ。今日はゆっくり
と休むんだな。」
「ありがとう、浩太。ありがとうございまし
た。綾野先生。」
大学の講師室に久しぶりに戻った綾野祐介
は、渡米中やツァトゥグア対策に走り回って
いた間に貯まりに貯まってしまった仕事をこ
なす作業に執りかかっていた。
橘良平助教授の消息は岡本浩太にも確認し、
自宅や勤務先の城西大学、大英博物館にも連
絡を入れてみたが、相変わらず知れなかった。
アーカム財団のロンドン支局にも捜索を依頼
してあるのだが、これといった情報は届かな
かった。
そろそろお昼にしようかと時計を見た時、
電話が鳴った。岡本浩太からだった。
「綾野先生、ちょっと付属病院まで来てもら
えませんか。」
「どうしたんだ。桂田君の身に何かあったの
か。」
「ええ、とりあえず来て下さい。話はこちら
で。」
取るものもとりあえず綾野は桂田利明が入
院している付属病院に向った。大学構内を自
転車で約5分の距離だ。
「何があったんだ、浩太君。」
「詳しくは恩田先生からお願いします。」
恩田助教授は琵琶湖大学医学部付属病院の
医師だ。桂田利明の担当医だった。
「恩田です。私から説明しましょう。実は桂
田君の検査を各種行っていたんですが、その
前に岡本浩太君の検査結果を、これは岡本君
から聞いた話なんですが、彼のDNAを鑑定
したところ、人間のそれと97%一致した、
という結果が出たそうです。逆にいうと約
3%は人間と一致しない、ということです
ね。」
ここで恩田助教授は一呼吸置いた。これは
岡本浩太が人間と多少違ってきている、と宣
言するようなことになったからだ。
「これは例のツァトゥグアに一旦吸収された
ことが原因だと思われます。そして、これは
お願いなのですが、綾野先生のDNAについ
て岡本君と同じ検査をさせていただきたいと
思っています。多分同じ結果が出るのではな
いかと思います。」
そして、恩田助教授はまたここでも一呼吸
置いた。これは綾野も人間と多少違ってきて
いることを告知することになりかねないから
だった。
「それは判りました。検査でも何でも喜んで
受けましょう。それで桂田はどうしたと言う
のですか。」
それがここに呼ばれた理由の筈だった。岡
本浩太や綾野祐介のDNAの話ではなかった。
「そこで、です。同じ検査を桂田利明君にも
した結果が問題なのです。ここの設備では人
間のDNAパターンとの比較に時間がかかっ
てしまったのですが、彼の場合は基本パター
ンの45%でした。」
「45%も人間と違っていたんですか。」
「いいえ、人間と一致する部分が45%しか
なかったのです。」
それはどういう意味だろう。半分以上人間
と一致しない、ということは『人間ではな
い。』ということなのか。
「それはどういう意味です。」
恐る恐る綾野は聞いてみた。
「生物学的には到底人間とは呼べない、と言
えるでしょう。」
「外見上は全く変わりが無いにも関わらず、
ですか?」
「そうです。ただ、これはあくまで生物学上
の問題であって、それがそのまま、彼が人間
では無くなってしまったという意味ではない
とは思うのですが。」
恩田助教授としてはかなり苦しい回答のよ
うだった。それはそうだろう。どう見ても人
間としか見えない桂田利明が人間ではない、
などと決めてしまうような権利は自分にはな
いと思う恩田だった。
「それとどちらかと言うとこちらの方が問題
ではないかと思うのですが。」
「まだ何かあるのか。」
「その桂田利明が今日突然居なくなってしま
ったのです。」
朝の回診の後だった。見慣れない外国人の
見舞い客が訪れたのは確認されているのだが、
その見舞い客が立ち去ったのは誰の記憶にも
無かった。見舞い客は黒ずくめの神父のよう
な風体だった。その後看護婦が様子を見に来
たときにベッドはもぬけの殻になっていた。
それまでの桂田は特に変わった様子は無かっ
た。ただ、見るもの聞くものの総てが珍しい
様子で看護婦に一々質問をしていたようだ。
「そうなんです、綾野先生。利明のやつは帰
ってきてからどうも妙な感じでした。最初は
ショックで言葉数が少なくなってしまったの
かとも思ったんですが、話せば話すほど言葉
の節々に聞きなれない単語が出てきたりし
て。」
「どういうことだと思う?」
それは想像したくなかった。桂田利明をヴ
ーアミタドレス山の洞窟から助け出したと思
っていたのが、もしかしたらツァトゥグアを
この世界に解きはなってしまったのではない
だろうか。ツァトゥグア本体と桂田利明が入
れ替わっていたのか、それとも45%の桂田
と55%のツァトゥグアなのか。
いずれにしても人類はかつて無い最悪の事
態を迎えてしまったのかも知れない。
END
りあえず琵琶湖大学付属病院に連れて行った。
「気分はどうだ。」
桂田利明は多少顔色が悪いことを除けばと
くに変わった様子も無かったが念のため入院
させることにした。精密検査をしてもらうた
めだ。
「なんだかおかしな気分です。ツァトゥグア
の体内に居るときはツァトゥグアが発生して
から今までの気の遠くなるような時間を体験
しました。壮絶な旧神との戦い、旧支配者達
の中での反目、洞窟に封印されてから訪れた
十人に満たない人間達とのやり取り。なんだ
か自分がツァトゥグアになったかのようで
す。」
ツァトゥグアの体内でその記憶を再体験し
ていたのだろう。精神が崩壊しなかっただけ
でも幸いだった。全く別の第三者的にその記
憶をたどったのなら、すぐに精神的に死を迎
えていただろう。取り込まれた状態、融合し
た状態だったから逃れられたのだ。
「まあ助かってよかったよ。今日はゆっくり
と休むんだな。」
「ありがとう、浩太。ありがとうございまし
た。綾野先生。」
大学の講師室に久しぶりに戻った綾野祐介
は、渡米中やツァトゥグア対策に走り回って
いた間に貯まりに貯まってしまった仕事をこ
なす作業に執りかかっていた。
橘良平助教授の消息は岡本浩太にも確認し、
自宅や勤務先の城西大学、大英博物館にも連
絡を入れてみたが、相変わらず知れなかった。
アーカム財団のロンドン支局にも捜索を依頼
してあるのだが、これといった情報は届かな
かった。
そろそろお昼にしようかと時計を見た時、
電話が鳴った。岡本浩太からだった。
「綾野先生、ちょっと付属病院まで来てもら
えませんか。」
「どうしたんだ。桂田君の身に何かあったの
か。」
「ええ、とりあえず来て下さい。話はこちら
で。」
取るものもとりあえず綾野は桂田利明が入
院している付属病院に向った。大学構内を自
転車で約5分の距離だ。
「何があったんだ、浩太君。」
「詳しくは恩田先生からお願いします。」
恩田助教授は琵琶湖大学医学部付属病院の
医師だ。桂田利明の担当医だった。
「恩田です。私から説明しましょう。実は桂
田君の検査を各種行っていたんですが、その
前に岡本浩太君の検査結果を、これは岡本君
から聞いた話なんですが、彼のDNAを鑑定
したところ、人間のそれと97%一致した、
という結果が出たそうです。逆にいうと約
3%は人間と一致しない、ということです
ね。」
ここで恩田助教授は一呼吸置いた。これは
岡本浩太が人間と多少違ってきている、と宣
言するようなことになったからだ。
「これは例のツァトゥグアに一旦吸収された
ことが原因だと思われます。そして、これは
お願いなのですが、綾野先生のDNAについ
て岡本君と同じ検査をさせていただきたいと
思っています。多分同じ結果が出るのではな
いかと思います。」
そして、恩田助教授はまたここでも一呼吸
置いた。これは綾野も人間と多少違ってきて
いることを告知することになりかねないから
だった。
「それは判りました。検査でも何でも喜んで
受けましょう。それで桂田はどうしたと言う
のですか。」
それがここに呼ばれた理由の筈だった。岡
本浩太や綾野祐介のDNAの話ではなかった。
「そこで、です。同じ検査を桂田利明君にも
した結果が問題なのです。ここの設備では人
間のDNAパターンとの比較に時間がかかっ
てしまったのですが、彼の場合は基本パター
ンの45%でした。」
「45%も人間と違っていたんですか。」
「いいえ、人間と一致する部分が45%しか
なかったのです。」
それはどういう意味だろう。半分以上人間
と一致しない、ということは『人間ではな
い。』ということなのか。
「それはどういう意味です。」
恐る恐る綾野は聞いてみた。
「生物学的には到底人間とは呼べない、と言
えるでしょう。」
「外見上は全く変わりが無いにも関わらず、
ですか?」
「そうです。ただ、これはあくまで生物学上
の問題であって、それがそのまま、彼が人間
では無くなってしまったという意味ではない
とは思うのですが。」
恩田助教授としてはかなり苦しい回答のよ
うだった。それはそうだろう。どう見ても人
間としか見えない桂田利明が人間ではない、
などと決めてしまうような権利は自分にはな
いと思う恩田だった。
「それとどちらかと言うとこちらの方が問題
ではないかと思うのですが。」
「まだ何かあるのか。」
「その桂田利明が今日突然居なくなってしま
ったのです。」
朝の回診の後だった。見慣れない外国人の
見舞い客が訪れたのは確認されているのだが、
その見舞い客が立ち去ったのは誰の記憶にも
無かった。見舞い客は黒ずくめの神父のよう
な風体だった。その後看護婦が様子を見に来
たときにベッドはもぬけの殻になっていた。
それまでの桂田は特に変わった様子は無かっ
た。ただ、見るもの聞くものの総てが珍しい
様子で看護婦に一々質問をしていたようだ。
「そうなんです、綾野先生。利明のやつは帰
ってきてからどうも妙な感じでした。最初は
ショックで言葉数が少なくなってしまったの
かとも思ったんですが、話せば話すほど言葉
の節々に聞きなれない単語が出てきたりし
て。」
「どういうことだと思う?」
それは想像したくなかった。桂田利明をヴ
ーアミタドレス山の洞窟から助け出したと思
っていたのが、もしかしたらツァトゥグアを
この世界に解きはなってしまったのではない
だろうか。ツァトゥグア本体と桂田利明が入
れ替わっていたのか、それとも45%の桂田
と55%のツァトゥグアなのか。
いずれにしても人類はかつて無い最悪の事
態を迎えてしまったのかも知れない。
END
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