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第8章 戦乱の兆し

第101話 戦乱の兆し③

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「と言う次第です、王よ」

 ワンナー館長から仔細を聞いたらむだ・アステア三世は驚きの表情を隠さなかった。

「そんな報告はケルンからは届いてはいない。本当の事なのか?」

 王国の情報部のような存在は暗部とよばれ地方の各都市にも配備されている。そこからの情報が来ていない、という意味だ。

「その辺りはこの者から説明させます」

 ここで俺は初めて国王に紹介された。それまではワンナーの上奏を袖で控えていたのだ。

「その者は?」

「父上、その方が前にお話ししたコータロー様です」

 王の横で控えていたシータ・ラフティア・アストリアスが桶を紹介しくれた。というか、前に話していた?どんな風に王に伝わっているのだろうか、不安だ。王女に悪い印象を与えた心算《つもり》はないが個々の感じ方など他人に判るはずもない。

「そうか、この者がな。よし、直答を許す、予に説明するがよい」

 俺はケルン一党のことを知った経緯を話す。まあ、結局は師匠の情報なんだがな。

「判った。それでエル・ドアンたちに現状を探らせるために明日にでも立たせるというのだな。暗部からの報告がないとなるとケルンの暗部は既に排除されておるかも知れん。ヴァルドアが率いているのであれば安心ではある。お前たちに任せるとしよう」

 王からの信任を得て錦の御旗を立てることになった。なんだか立場的に違和感がある。前世ではアウトローとは言わないが権力とは縁がない人生だったのだ。

「暗部の者も活用するがよい。そして予に報告を怠るでないぞ」

「待ったください、父上」

「なんだ、シータ」

「私《わたくし》が彼らに同行します。父上には私からご報告されていただきます」

「なんだと、そんなことが許されると思っておるのか」

「父上、今回の件は国の一大事であることに間違いがございません。父上は当然王都を離れていただくわけには行きません。だとすると私《わたくし》が行くしかないではありませんか」

 シータは国王の一人娘で息子は居ない。次期国王はシータが婿を迎えて女王に即位するか、同じように国王の弟ジン・アステアの一人娘ハーティー・アステリアスが婿を迎えて女王になるかのどちらかだった。

「お前に万が一のことがあったら」

「私に万が一のことが有ればハーティー姉様がいらっしゃいます。ご心配には及びません」

 ラムダ・アステア三世としては自分の娘に王位を譲る気でいる。姪のハーティーも確かに聡明な女性ではあるが自分の娘とは比べようもない。

「ケルン一党に対して王国の代表として対峙する必要があるのです。その任をどうか私《わたくし》にご下命ください」

 シータの目は真剣だった。王はいままでシータの希望を叶えなかったことが無い。シータが言い出したことはどんなことであれ全て叶えて来た。ただ今までは王の意向に沿わない希望をシータが望んだことなど一度も無かったのだ。

「だが、そうは言っても」

 常日頃は国王は決断の早い王だったが、こればかりは即答することに迷っていた。娘の希望は叶えてやりたいが危険な場所に可愛い娘を送り出すことには当然大きな抵抗がある。

「シータ王女様、国王様もお困りです、どうかここは、この老体に免じてご遠慮いただけませんか?」

 見かねたワンナーが口を挟む。本来国王と王女の会話を遮ることなど不敬と断じられても仕方ないことなのだがワンナー館長であれは誰も咎《とが》めない。

「ワンナー館長、館長は王都の守りをお任せいたします。前線には私《わたくし》が参ります」

 王女の意志は固い。国王の心配も館長の説得も全く効果が無かった。

「判った、判った。ではシータ、お前をシルザールへと向かわせることとしよう。そこでその者と合流し事に当たるが良い。対処については一任しよう、お前が全て判断し決断するがよい、予はその全てを追認しよう」

 シータは国王の代理人として最前線に立つことになる。俺ではなくシータ王女が全権委任を受けるのだ。俺はその補佐をする、ということか。まあ、責任をシータ王女が取ってくれるのであれば有難い。

 ただ王女に安全について責任を持たなければならなくなった。こっちの方が重い問題だ。王女に瑕一つでも付けようものなら、俺の命で償わなければならないだろう。ただ俺の場合、命で償うという意味はかなり軽くなってしまうんだが。

 結局俺とワンナー館長はシータとの打ち合わせを明日にでもすることにして国王の御前を辞した。

「ちょっと大変なことになってしまったな」

 確かにシータ王女をシルザールに派遣するのであれば大げさな隊列になってしまうだろう。
 現地で魔法士隊や騎士団の集団を統率できる自信は無い。しかし勝手気ままに動いてもらう訳にも行かない。命令系統をどうすればいいのか。

 王女の威を借りて魔法士隊や騎士団を俺の指揮下に入れられればいいんだが。

 というところまで考えて俺はふと素に戻った。何だ?俺は何で俺が統率する軍でケルン一党と対峙しようとしているんだ?

 当り前だが、元の世界でそもそもそんなことをしたことは無いし、したいと思ったことも無い。ただ、ただ平凡に暮らしていたのだ。

 それがどうだ、今は魔法を憶えて国王にも会い、王女と同行して反乱勢力を駆除しようとしている。

 何でこうなった?そんなことをやりたかったのか、俺は?

 ただの間違いでこの世界に来て、本来の寿命までは絶対死なないことを発見して魔法を憶えた。ジョシュアとセリスを見守ることになって、その関係で王都まで来て。なんか想像も付かなかった異世界転生人生を歩んでいるな。

 まあ乗りかかった船だ、このまま突き進むしかない。

「まあ、なるようにしかならないでしょう」

「何だ、投げやりだな。王国の命運が掛かっているのだぞ」

「大丈夫です、異世界から転生してきた俺にはこの国がどうなろうとあまり関係がありませんから」

「それは無責任過ぎないか?」

「いいんですよ、相手も転生者なんですから、その感覚は似たようなもんだと思いますから。もしかしたら、その辺りがカギになるかも知れません」

「カギだと?どういう意味だ?」

「いえ、ただ頭に浮かんだことをそのまま言っただけで何の根拠もありませんよ。では俺は準備がありますので、これて失礼します」

 まだ何かを言いたさそうなワンナー館長を置いて俺は帰途に付いた。
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