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第7章 王立図書館の章
第86話 カールーズ・トルレン
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カールーズ・トルレンは不満だった。自分がアステア王国で魔法士を束ねる魔法省の大臣なのだ。就任して三年になるが特に大過なく熟《こな》して来た。
爵位も今は侯爵だがあと数年大臣を務めあげれば公爵に陞爵《しょうしゃく》するはずだった。
そのカールーズが国王ラムダ・アステア三世から呼び出しを受けたのはアステア歴261年11月5日の事だった。
「お呼びでしょうか、我が国王陛下」
恭《うやうや》しく挨拶しているが、尊敬している訳ではない。国王本人というよりは国王という肩書に敬意を払っているのだ。特に現国王はカールーズよりも10歳若い。
「うむ、そなたを呼んだのは他でもない。王立図書館のことだ」
「図書館ですか?」
「そうじゃ。ツースール館長に話を通して欲しいことがあるのだ」
「館長に?それでしたら王が直接ご命令になられればよいのではありませんか?」
カールーズは少し面倒に感じていた。なぜこの国王はこうも回り諄《くど》いのだ。
「いや、出来ればそなたに頼みたい」
国王はワンナー・ツースール王立図書館長が単純に苦手なのだ。館長はカールーズよりもさらに10歳年上になるので国王より20歳上になる。そして王の幼少期に彼は厳格な家庭教師だったのだ。
「それはよろしいのですが、ツースール館長は追う自らの下賜を望まれておられるのではありませんか?」
カールーズは嫌味だと判っていて王に進言した。王の表情に少し苦々しさが浮かぶ。
「よい、よいのだ。そなたに頼みたい、嫌か?」
王から嫌かなどと言われてはカールーズも断れない。
「判りました。それで何をお伝えすればよろしいのですか?」
王の話は、サーリール・ランドという王の知人を王立図書館最深部の特別所蔵庫に案内するよう館長に伝えることだった。
サーリール・ランドとは何者だろう。カールーズはその名前を聞いたことが無かった。少なくとも王の周辺には居ないはずだ。
「王、失礼を承知でお聞きしますが、そりサーリールという者は一体何者なのですか?」
王は聞かれることを予想はしていたが聞いて欲しくはなかった、という顔をした。しかしカールーズはツースール館長に説明をする必要がある。何処の誰だか判らない者を連れて行く訳にも行かないし、当然館長からも質問があるだろう。
「うむ。何と言えばよいのか。古くからの知り合い、ということには違いないのだが」
「古くからの?しかし、それであれば私も見知っているはずだと思うのですが、その名前には聞き覚えが無いのですが」
王は言い難そうにしている。ただカールーズにしてもちゃんと聞かないと引き受けられない。
「そなたは知らなくて当り前だ。彼の者は王都の者ではない。実はロングウッドの魔法使いなのだ」
「なんと、ロングウッドとはあのロングウッドですか。王よ、なぜあのような魔法使いの巣窟の魔法使いとお知り合いになられたのですか?王都には優秀な魔法使いが大勢居りますものを」
「そうではない。魔法使いとして彼の者に何かを頼んだりしたことはないのだ。だから魔法使いとして彼の者と知り合ったわけではない」
てっきり王が何かの困りごとをロングウッドの魔法使いを使って解決したなどという出会い方だったのか、と思っていたのだが違うらしい。
「実は本当のところは儂の知り合いという訳でも無いのだ」
王はさらに言い難そうにしている。
「と申されますと?」
「先代王の折、彼の者に頼ったことはあったらしい。その関係で内密に王城に出入りを許されていた者なのだ。儂もその際に先代王より彼の者を紹介され、何かの時には頼るように言い遣っておったのだ」
カールーズはそんな話を聞いたことが無かった。王家の秘中の秘事であったのか。
「ただ」
「ただ?」
「先代王も先々代王から詳細されたと仰っていた」
アステア王の一族は男系男子が代々継いでいる。あくまでそういう事になっている、というだけなのだが少なくとも先々代、先代、当代の王は直系だった。
「それは一体どういうことでしょうか?」
「彼の者が先々代から王家と付き合いがある、ということだ。多分もっとずっと前からな」
「それは本当の事でしょうか。サーリール・ランドとは一体何歳になるというのでしょう」
「知らん。長く長く生きている、ということ以外は知らんのだ。儂は彼の者が恐ろしい。ただ恐ろしいのだ」
王の独白は聞いていい類のものではなかった。カールーズは聞かなかったことにした。ただの独り言だ。
「王よ、これ以上は聞きますまい。判りました、私から館長にお伝えします。タだ、その者の目的はお聞きになられておられますか?」
「聞いておらん。ただ先代からは頼れ、という伝言と同時に頼られれば応えよ、とも言われておったのだ。それに背けば儂は先祖に歯向かうことになってしまう」
王は色んな意味で恐れていたのだ。
王は心底疲れた様子で自室へと戻られた。
「さて、どうしたものか」
取り敢えずはサーリール・ランドの素性だが、ロングウッドの森には知り合いがいない。森の住人が何人いるのかも把握できていなかった。最低でも特級魔法士でないと森の住人には成れない、とも聞いていたのでサーリール・ランドは認定を受けてはいないが特級魔法士並に魔法が使えるのだろう。
特級魔法士が伝説級と呼ばれるようになるには何かの資格や試験が有る訳ではない。かくいうカールーズも特級魔法士ではあったが伝説級とは呼ばれない。
サーリールが伝説級だとするとカールーズでは太刀打ちできない可能性もある。その辺りの見極めが大切だ。王国の秘宝とも言うべき閲覧不可の希覯書を、そう容易くどこの誰とも判らない魔法士に見せる訳には行かない。
これはツースール館長も同意見に違いない。例え王からの下命であってもだ。王を蔑ろに擦る気ではない。王の意志と王国の未来の天秤はどちらが重いのか、判り切った事なだけだった。
爵位も今は侯爵だがあと数年大臣を務めあげれば公爵に陞爵《しょうしゃく》するはずだった。
そのカールーズが国王ラムダ・アステア三世から呼び出しを受けたのはアステア歴261年11月5日の事だった。
「お呼びでしょうか、我が国王陛下」
恭《うやうや》しく挨拶しているが、尊敬している訳ではない。国王本人というよりは国王という肩書に敬意を払っているのだ。特に現国王はカールーズよりも10歳若い。
「うむ、そなたを呼んだのは他でもない。王立図書館のことだ」
「図書館ですか?」
「そうじゃ。ツースール館長に話を通して欲しいことがあるのだ」
「館長に?それでしたら王が直接ご命令になられればよいのではありませんか?」
カールーズは少し面倒に感じていた。なぜこの国王はこうも回り諄《くど》いのだ。
「いや、出来ればそなたに頼みたい」
国王はワンナー・ツースール王立図書館長が単純に苦手なのだ。館長はカールーズよりもさらに10歳年上になるので国王より20歳上になる。そして王の幼少期に彼は厳格な家庭教師だったのだ。
「それはよろしいのですが、ツースール館長は追う自らの下賜を望まれておられるのではありませんか?」
カールーズは嫌味だと判っていて王に進言した。王の表情に少し苦々しさが浮かぶ。
「よい、よいのだ。そなたに頼みたい、嫌か?」
王から嫌かなどと言われてはカールーズも断れない。
「判りました。それで何をお伝えすればよろしいのですか?」
王の話は、サーリール・ランドという王の知人を王立図書館最深部の特別所蔵庫に案内するよう館長に伝えることだった。
サーリール・ランドとは何者だろう。カールーズはその名前を聞いたことが無かった。少なくとも王の周辺には居ないはずだ。
「王、失礼を承知でお聞きしますが、そりサーリールという者は一体何者なのですか?」
王は聞かれることを予想はしていたが聞いて欲しくはなかった、という顔をした。しかしカールーズはツースール館長に説明をする必要がある。何処の誰だか判らない者を連れて行く訳にも行かないし、当然館長からも質問があるだろう。
「うむ。何と言えばよいのか。古くからの知り合い、ということには違いないのだが」
「古くからの?しかし、それであれば私も見知っているはずだと思うのですが、その名前には聞き覚えが無いのですが」
王は言い難そうにしている。ただカールーズにしてもちゃんと聞かないと引き受けられない。
「そなたは知らなくて当り前だ。彼の者は王都の者ではない。実はロングウッドの魔法使いなのだ」
「なんと、ロングウッドとはあのロングウッドですか。王よ、なぜあのような魔法使いの巣窟の魔法使いとお知り合いになられたのですか?王都には優秀な魔法使いが大勢居りますものを」
「そうではない。魔法使いとして彼の者に何かを頼んだりしたことはないのだ。だから魔法使いとして彼の者と知り合ったわけではない」
てっきり王が何かの困りごとをロングウッドの魔法使いを使って解決したなどという出会い方だったのか、と思っていたのだが違うらしい。
「実は本当のところは儂の知り合いという訳でも無いのだ」
王はさらに言い難そうにしている。
「と申されますと?」
「先代王の折、彼の者に頼ったことはあったらしい。その関係で内密に王城に出入りを許されていた者なのだ。儂もその際に先代王より彼の者を紹介され、何かの時には頼るように言い遣っておったのだ」
カールーズはそんな話を聞いたことが無かった。王家の秘中の秘事であったのか。
「ただ」
「ただ?」
「先代王も先々代王から詳細されたと仰っていた」
アステア王の一族は男系男子が代々継いでいる。あくまでそういう事になっている、というだけなのだが少なくとも先々代、先代、当代の王は直系だった。
「それは一体どういうことでしょうか?」
「彼の者が先々代から王家と付き合いがある、ということだ。多分もっとずっと前からな」
「それは本当の事でしょうか。サーリール・ランドとは一体何歳になるというのでしょう」
「知らん。長く長く生きている、ということ以外は知らんのだ。儂は彼の者が恐ろしい。ただ恐ろしいのだ」
王の独白は聞いていい類のものではなかった。カールーズは聞かなかったことにした。ただの独り言だ。
「王よ、これ以上は聞きますまい。判りました、私から館長にお伝えします。タだ、その者の目的はお聞きになられておられますか?」
「聞いておらん。ただ先代からは頼れ、という伝言と同時に頼られれば応えよ、とも言われておったのだ。それに背けば儂は先祖に歯向かうことになってしまう」
王は色んな意味で恐れていたのだ。
王は心底疲れた様子で自室へと戻られた。
「さて、どうしたものか」
取り敢えずはサーリール・ランドの素性だが、ロングウッドの森には知り合いがいない。森の住人が何人いるのかも把握できていなかった。最低でも特級魔法士でないと森の住人には成れない、とも聞いていたのでサーリール・ランドは認定を受けてはいないが特級魔法士並に魔法が使えるのだろう。
特級魔法士が伝説級と呼ばれるようになるには何かの資格や試験が有る訳ではない。かくいうカールーズも特級魔法士ではあったが伝説級とは呼ばれない。
サーリールが伝説級だとするとカールーズでは太刀打ちできない可能性もある。その辺りの見極めが大切だ。王国の秘宝とも言うべき閲覧不可の希覯書を、そう容易くどこの誰とも判らない魔法士に見せる訳には行かない。
これはツースール館長も同意見に違いない。例え王からの下命であってもだ。王を蔑ろに擦る気ではない。王の意志と王国の未来の天秤はどちらが重いのか、判り切った事なだけだった。
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